TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

 ヘアピン・サーカス


ヘアピン・サーカス [DVD]


■ 
 夜を駆ける美しい映像。そのスピードとモーター音に心ときめく。本作は夜の首都高、および横浜〜東京の一般道を主戦場にする街道レーサーたちの「走り」を中心に据えた映画だ。
 以前DVDで見てあまりの映像の美しさに興奮、絶対スクリーンで観たい、しかも最前列センターで観たい!!と思っていたら、ラピュタ阿佐ヶ谷の東京映画特集でかかったので、すかさず行ってきた。



 冒頭、コンクリートの塀が両サイドにある、灰色のざらついた地面の、登りの坂道が映る。え、どこ?と思うと同時にエンジンがかかる音、画面がレーシングゲームのプレイ画面のように動きだす。坂道を上がると、そこは首都高。路面から数十cmの超低位置の車載カメラから捉えた首都高の流れるような映像。おそろしく静かにハイスピードで左右に流れ去ってゆく景色、走行車を追い越し、狭い隙間をすり抜け、ジャンクションを走り抜ける。どんどん飛ばしてゆく「視線」のなめらかさ、華麗さ。強引な車線変更や追い抜きはかなり恐いのだけれど、スリルを通り越して快感。
 私は車に一切興味なし、免許持ってない、ヒトに車に乗せてもらうと大喜びというタチなのだが、この映画があんまりにもカッコよすぎて、免許取りたくなりました。いや、公道でこんな走行実際にやったら、マジで行く先は「赤い着物か白い着物か」*1になっちゃうと思いますが。



 ストーリー自体は極めてシンプル。
 元プロレーサーの島尾(見崎清志)は、ライバルを事故に追いやり死亡させたことからレースを引退、現在は自動車教習所の教官となり、静かに暮らしている。ある日、彼はかつての教え子・美樹(江夏夕子)と再会する。ブルジョアの彼女はボンボン仲間とつるみ、夜間の首都高において危険な走行で一般車両を煽り、埠頭の魔のカーブで事故を誘発させるという行為を繰り返していた。まったく悪びれず、起こした事故の数を誇る菊のペイントを車に入れる彼らの運転を見兼ねた主人公は、再びハンドルを握る。
 本作は役者を運転技術優先で選んでいるらしく、主演のヒトはプロレーサーだったりして、演技がおそろしくヘタ。が、この映画では、普通の映画でいうところの「ドラマ」は、走行シーンに振り替えられている。というか、人間の演技シーンは極力カット! 本編の大半が走行シーンで占められており、かつ、そのほとんどが夜間撮影。当時は夜間撮影の技術も進んでいなかったろうに、どうやって撮影したのか、極めてクリアで怜悧な映像。漆黒の闇に浮かぶ青白い街灯や赤・橙のランプ、濡れた路面に映る黄色や桃色の光が美しい。



 本編で使用されている車載カメラ映像は、流麗なタイトルバックとはうって変わって、モーター音と共に激しく振動し続け、景色はブレまくる。フロントガラスの向こうに何があるのか、わずかにわかるくらい。深夜の首都高を駆け抜け、路駐されまくりの道幅せっまい商店街を高速で通過し、閑散とした一般道を経てあの湾岸地帯へ。女性的な高揚感と言ったらいいのか、爆発的高揚はないんだけど、ずっと高まっている状態が持続するような映像。単調ながら吸い込まれる、ストイックかつ官能的な映像の美しさに尽きる*2
 そして、大音量で響き続けるモーターの重低音が心地いい。そのここよろい轟音を邪魔しない菊地雅章によるジャズBGMがときどきハッと耳に入ってくるのがカッコよく、走行シーンを盛り上げる。



 ヒロインが乗っているトヨタ2000GTという高級スポーツカーが超カッコイイ。イエローのボディがいつもぴかぴかに磨き上げられていて、その流麗なボディに夜の首都高の街灯が映るさまが実に華麗。主人公はかつての仕事仲間(レースチームのリーダー)からサバンナRX-3という車を借りて彼女に挑むのだが、これは無骨な印象の、今から見ればいかにもクラシックという角張ったデザインの車で、白と黒のペイントがオシャレ、こっちもカッコよし。



 普通の映画ならマイナス点になるんだろうけど、出演者の皆さんがものすっごく地味なのが実にイイ!!
 主演の見崎清志は前述の通り俳優ではなくプロのドライバーなのだが、始終暗い目をしていて、そのわりに目が据わっているのがメッチャ恐いという安藤昇状態。台詞もあまり抑揚のない口調で、演技力がないのが幸いして(失礼)、全てを捨てている虚無的な男の雰囲気がよく出ている。ヒロインの江夏夕子も煌めくように華麗な美女というタイプではなく、クソ生意気なまだあか抜けていない小娘の役柄そのもの。でもだんだんとカワイく思えてくるんだよなあ。主人公に惚れているのに異様に高圧的に出てくる、すっごいツンデレっぷりが最高。さらにはヒロインの連れている車好きおぼっちゃま3人がもうほんとにイモで地味なのがねえ、うわ〜、いそういそうと思わされる、嫌なリアルさで大好きです。



 いやーでもスポーツカーって超カッコイイですよね。私、『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』でヒロイン・ウテナがレーシングカーに変身するシーンとか、ウテナだとTV版本編でもキラッキラの "王子様" 暁男さんが真っ赤なスポーツカーに乗ってて、ウテナを送り迎えしてくれるのとか、好きだったなあ。深作欣二監督の『いつかギラギラする日』で男の子がこぎたないビニールシートをバッと引いたら、シートの下に真っ赤なピッカピカのスポーツカーが隠してあったというシーン、大好きなんですが、こっちについては知人のほとんどに「ダセェ!!」とダメ出しされました。ウテナのほうはけっこう同意してもらえるんですけど。ダメですかいつかギラギラする日。イェーイ!ロックンロール!!!





┃ 参考

*1:仁侠映画に頻出する決まり文句で、やくざ稼業の行き先は赤い着物(=囚人服は赤だった、つまり刑務所)か白い着物(=死装束)の、いずれも破滅であるということを示す言葉

*2:しかし最後のイメージカットはいらなかった……。あれがないほうが純粋に走りの美しさが出たと思う。まんま車のCMみたいで、あそこで我に返ってしまうよ。この監督さんの作品、ベッドシーンなんかにああいうわけのわからんイメージカットがよく入る気がするんですが、正直、カッコイイというより先に珍奇なものを観たという感想が涌いてまいります……