TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『女舞剣紅楓』一巻目 誓願寺十夜参りの段

ここしばらく、くずし字を勉強している。

そのくずし字の学習の一環として、翻刻が出ていない浄瑠璃を、一般公開されている義太夫正本をもとに翻字してみようと考えている。

まずは、自分がくずし字を学ぶきっかけになった『女舞剣紅楓(おんなまいつるぎのもみじ)』を翻字しようと思う。

『女舞剣紅楓』は『艶容女舞衣』の先行作で、『艶容女舞衣』には語られていないお園とお通の関係等が描かれており、『艶容女舞衣』の理解には欠かせない作品だ。いろいろと調べてみたが、『女舞剣紅楓』は翻刻が一般書籍として刊行されたことはないようで、全容を知るには正本(丸本、院本)で読むしかない。現在、義太夫正本は様々な図書館が蔵書をデジタル化してオンライン公開しており、『女舞剣紅楓』も早稲田大学演劇博物館、東京大学大阪府立図書館、広島文教大学が蔵書のデジタル画像を公開しているので非常に容易に内容を確認することができる。しかし、いくら簡単に閲覧できても、くずし字が読めなければ『女舞剣紅楓』の内容を知ることはできない。これがくずし字を学ぼうと思ったきっかけだった。

そういうわけで、昨年11月の半ばごろからくずし字を勉強しはじめ、いまではおおざっぱにでも正本を読むことができるようになってきた。まだ読めない文字はたくさんあるし、誤読も多いかと思うが、自分の学習の記録として、ここに翻字を公開する。自分で気づいた間違いは随時修正していくが、誤読、誤字等はコメント欄でご指摘等いただければと思う。

 

翻字について

 

 

 

 

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浮名茜染/五十年忌 女舞剣紅楓 作春草堂

(一巻目)

にぎはひは仏を出しに京中が十夜参りの人らんじね所
は名高き誓願寺。夜見世のあんどあり/\と手の筋占
辻放下。売物ぞろへめつた的あたる上るりはやりうた。
引もちぎらぬ其中に。出合の色や釣者や思ひ/\が二人づれ。
男を尻に敷金の付た女房が足引の山鳥の尾の長刀。
こじりとがめの酒機嫌。罪もむくひも忘れたる心はすぐに極*1

 

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楽の。庭は往来の山なせり。なまいたんやほく/\ほうど行合。ヤイ/\
眼つぶれめ待チあがれ。人に行当つて挨拶もせずおのりやどこへ
うせる。何とがざみよ。どぶよ。なめたつらじやないか。べら/\いはずと
ふいてしまへ。サア誤つたら四つばひに。二三べんまいあがれと。ぶいぶい/\作り
の二三人前後にはさみのさばれば。ハヽヽヽヽいやはや笑止ながらくた共。コリヤわいら
がやうに鯛くはぬ骨とは違ふぞよ。忝くも大坂の北浜の水のん
で。ちつとほねのかたい男。悪うばたつくと。手足をぽき/\へし折て。居

風呂の焚付にする。サアかた付イて返せ/\。ヘヽヽテモぬかしたは/\。コリヤ大
坂の者しや迸。きりばんで茶漬はくふまいし。がた/\ぬかすあごたぼね。
ぶち砕て仕廻んと。掴かゝるむなぐらの。手首を取て打かへせば。二人が一度
にぶちかゝる。両手をしめ上蹴倒すひま。又取かゝるをひつかづきどうとなぐ
れば三人が。ほう/\起て。イヤコリヤ何ンとするのじや。ヲヽ何ン共せぬかうすると。
首筋つかんで二人を打付。足にしつかとふみ付ケて。一人を捻上投とばし。何と北浜
のあんばいは覚へたか。アヽ覚へました/\。モどうも此通りでは済まされぬ。すりやまだ。

 

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あんばいが見たいかと立かゝれば。アヽ勿体ない/\。こなさんの事じやない。どこぞで弱そふ
なやつを捕らへて。此しかへしをせにやおかぬと。へらず口にて三人は。腰をのしかねあいタヽヽ。ても
ゑらいめにあはせおつた。アヽどふやらいぬのに拍子がぬけた。ヱイハはやしかけていんでくりよ
と。顔をしかめて拍子とり。万小間物京やが娘としは廿三其名はおすへ。サアサよい
やさ/\。まけぬ顔して立帰る。テモよはいめんざい共。是から東へ出かけふと。立行後へ申シ
/\。誰じや。フン長九郎か。おそい/\。よい慰が有たにと。投た自慢をしかくれば。アヽたし
なましやませ。誰レ有ふ大和の。作左衛門様の御子息。善右衛門様。共有ふお方がぶい/\中カ

間の付合申御仁体に似合ぬ/\。惣体よしない事に力立するは。血気の勇と言
て。まさかの時に臆病の基。魏の曹操が様な勇者でも。孔明という軍
者には勝れぬ/\。ハテ剣を学ぶ者は敵四五人に過キずといふて。せいさい強いが百人力。謀
を以て勝時は天下も一挙に平呑する。此道理以ツて。剣を学ぶ者は敵四五人に過キず。
何ンと聞へましたかと。なりに似合ぬ学問に。もてあましてぞ見へにける。ヱゝ長九郎おけ/\。いかに
わが宇治やの手代で。学問が好じや迚。阿蘭陀人の睦言聞クやうで。おりやすつきり
合点かいかぬ。シテ謀/\といふが。彼ぐわいどふじや/\。サそこが拙者蜀の孔明あぢを

 

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やつたと思しめせ。やんがておまへの思しめす儘。スリヤあんばいがよいか。よい共/\極上飛切。それでマア
落着イた。市蔵が此京へ登つて。ぽんと町み居る内。どふぞこんたんせうと思ひ。それておれも
登てきた。そんならいさいゐは。ぽんと町で一ぱい引かけ。万ン事の評定。然らばお出と何事やら。互イ
に呑込悪事のさゝやき打つれてこそ立帰る。夜も早なかば。ふけ行けば。売リ物店もちり/“\
に。空すみ渡る町つゞき。風ひや/\と月かげに十夜参りの悪あがき。溝板はづし駒よせの竹
でぐはた/\戸をたゝき。会所へ判持てごんせ。今じや/\と門々に。忌札はつて行道へ。石塔すた/\
さし荷ひ軒に立かけ行も有リ。女子一人リを四五人が引ずり引ぱる念仏は。十夜のおかげと見へ

にける。道へゑい/\/\/\と。大勢づれが隣町の番部屋かいて打おつし。テモよふねる夜番じや。
四五町が間かいてくるに鼻息もしおらぬ。太平な代の印シじやと皆言。打捨テ逃て行。夜半
過れば八ツ時を。酉の辻からどん/\と町の番太が打てくる。太鼓の音が聞こへてや。夜番箱から
太鼓さげ。ぬつと出たる大あくび。空を眺て。ハアなむ三八つじや。四つからぐつと一寝入。夜半をとん
と打たなんだ。アヽヱイハ夜半と八つと押込に。打てこまそと現半分。どん/\と打出す向ふへ又どん
/\。べつたり行合恟りし。ヤイ/\人の町へ儕は何て太鼓打てあるく。イヤ儕レ何でこちの町を
あるきおる。ヤこちの町とはどうしてぬかす。儕レはどふしてぬかしおる。ヤうろたへ者め目を明おれ。儕レ

 

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からマア目を明おれ。イヤ儕レから。われからと。互イにせり合ねぼけ共。さらにたはいはなかりけり。コリヤ
やい謹で承はれと。しかつべらしくこは作る。忝くも拙僧は。夜番には二代の後胤。宵寝の
仁助と名を取て。つゐにふかくを取ぬ男。先鉄棒の引ずるあんばい。りんのふりやう。太鼓の
拍子。われ竹拍子木の廻り。酒酔捨子の捌やう迄おそらく。夜番一通りなら。コリヤ
番銭持てけいこにこいと。撥しやにかまへばはりひぢし。さもさう/\とぞ語りける。ハア丶やりおつた
/\。儕レが寝てゐる番部屋を。かゝれて来たもしらぬざまで。夜番の因縁おかしうして。臍
が有馬へ湯治すると打笑へば。あたりを見。ヤアなむ三こりや誓願寺じや。おれが町とは

五町違ふた。扨は夢ではなかつたかと。まつげぬらし[革可]*2居る。顔をつく/“\月夜かげ。わりや大
坂の勝次郎じやないか。そふいふわれはごろたの彦六。ても。/\。是はと太鼓で拍子。扨はわれ
も夜番か。サアわれも。何を思ひあふた事ではないか。イヤもふどうで悪い事でもうけてはのし
がない。それでふつつりもふけ事の数珠切つた。腰のわるいやつでは有ル。此勝次郎はいんまに止
ぬ/\。五つ六つから勘当しられはへぬきの手ながゑび。こんな名な女郎が大坂に有ツた。いくつに成ツ
ても故郷はなつかしい。昔咄しもなじみだけ。同し友呼ならひかや。すりや勝よ。いんまにわりや
止めぬか。止めぬ共/\。ヲ丶たのもしい毒をくはゞ皿とやら。数珠切たとはわれが心をついて見るこんたん。

 

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何と一もふけ有ががいかぬかい。縄俵の入ル事か。そりやこちでくめんする近年にないよい仕事。そ
りや耳よりな面白い。かういふ事を聞ふはしか番部屋の丁子頭。そんならふてうは。二つ割。
合点か。合点じや。どん/\/\。とんと太鼓のうつゝなく打つれ。てこそいそぎ行

(二巻目に続く)

 

 

 

 

*1:注:東京大学所蔵本は左下「極」の文字部分にページ損傷があり、次のページの文字が透けてしまっている。大阪府立図書館、早稲田大学所蔵本のほうがコンディションが良いが、東大所蔵本はクリエイティブ・コモンズで自由に使用できるため、便宜上この画像を使っている。

*2:あきれ(呆)。革+可で一字。