TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 上方文化講座2019(1)文楽案内–現在の文楽と近松[1] 大阪市立大学

毎夏大阪市立大学文学部が開催する、文楽と周辺文化を学ぶ公開授業「上方文化講座」に今年も参加することができた。

2019年度講座「心中天網島」:大阪市立大学文学部・文学研究科

今年の開催日程は8/20(火)〜22(木)で、テーマ演目は『心中天網島』。世話物を取り扱うのは久しぶり(第1回の『曾根崎心中』以来?)で、例年よりも多数の受講希望の応募がきたそうだ。

今年も数回にわたり、授業ノートを記事として公開しようと思う。昨年と同じく、記事は授業レジュメや実際の進行通りに記載しているわけではなく、あくまで私のノートなので、適宜編集・補足を行っている。

まず1日目、8/20の1限目は、久堀裕郎先生(日本近世文学)による「文楽案内–現在の文楽近松」。この講義に関しては解説が長いので、記事を二分割する。

まずは、近松演目の現行上演状況、その内容の実際、現行においてなぜ近松初演ママで上演ができないのかについて。

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現在、国立劇場および国立文楽劇場近松作品を上演する場合、「近松門左衛門=作」という冠をつけて上演している。しかしその内実は、非・近松の、別作者による後世の改作、あるいは近代に入ってから手を加えられた作品であることも多い。
何故こんなにも改作が作られ、改変が行われたのか。それには「近松作品はイマジネーションを刺激するから」以外の、上演可否自体に直結する理由も存在する。原文に手を入れた理由、何を目的として変更を行ったのかを、近松初演当時とその後世〜現代の上演様式の比較で検討する。

 

 

文楽案内–現在の文楽近松[1] INDEX

 

 

┃ 平成時代の国立文楽劇場(大阪)公演で上演された近松作品

近松演目はしょっちゅうやっているような気がするが、実はそんなに多いわけではない。文楽劇場は、近年は定番作品を上演し、当たらなかったものは再演していない。

  • 7回 『曾根崎心中』
  • 6回 『女殺油地獄』『心中天網島』『冥途の飛脚』『鑓の権三重帷子』
  • 5回 『心中宵庚申』『平家女護島』
  • 4回 『傾城反魂香』『国性爺合戦』『嫗山姥』
  • 2回 『五十年忌歌念仏』『大経師昔暦』『日本振袖始』
  • 1回 『心中重井筒』『信州川中島合戦』『松風村雨束帯鑑』

参考 上演回数が多い演目
通し上演で多いのは1位『妹背山女庭訓』『仮名手本忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑』、4位『義経千本桜』、5位『伊賀越道中双六』『本朝廿四孝』、7位『一谷嫩軍記』『絵本太功記』。
半通し上演で多いのは1位『双蝶々曲輪日記』、2位『摂州合邦辻』『国性爺合戦』、4位『蘆屋道満大内鑑』『加賀見山旧錦絵』『鬼一法眼三略巻』『新薄雪物語』『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』。
単発で多いのは『寿式三番叟』『壷坂観音霊験記』『花競四季寿』『桂川連理柵』『傾城恋飛脚』など。
近松作品はあまりランクインしていない。

 

 


┃ 現行上演での近松作品の「内容」

近松作品では、原作(詞章・曲)そのままで上演されているものは少ない。改作および近代の復活(復活時点で詞章に手入れ、新規作曲)が多く、正確な意味での原作(初演ママ)である作品は多くはないのだ。その上演状況は大変複雑で、いままで「上方文化講座」で近松の世話物をほとんど取り上げられなかったのはそのためでもある。
上演内容は、本文/曲(三味線の演奏)それぞれで以下のように分類することができる。

  • 上演本文
    [原作ママ]カットありを含む。
    [江戸時代の改作]
    [近代・松竹時代の脚色・補綴]

  • [江戸時代からの伝承曲]初演ママとは限らない。江戸時代のあいだでの復曲や、江戸時代の三味線譜をもとにした近代以降の復曲を含む。
    [近代・松竹時代の作曲]
    国立劇場時代の作曲]
     国立劇場企画による復曲は、上演本文を原作にして、原型に近しくしているものもある。

 

1. 比較的原作に近いもの

近世以来の曲が残り、文章もほぼ原作通りで上演しているもの

▶︎冥途の飛脚

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淡路町の段、封印切の段
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[江戸時代からの伝承曲]
道行相合かご
 2種が存在。
 ①改変タイプ
  上演本文:[近代・松竹時代の脚色・補綴]
  曲   :[近代・松竹時代の作曲]野澤松之輔
 ②原作に近いタイプ
  上演本文:[原作ママ]
  曲   :[江戸時代からの伝承曲]

  • 現行曲は19世紀の復活上演をもとにしているため、初演当時ママというわけではない。
  • 原作「新口村の段」は断絶。改作『傾城恋飛脚』「新口村の段」は現行あり。現在は差し替え上演は行わない。

 

▶︎国性爺合戦

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初段、三段目
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[江戸時代からの伝承曲]
二段目
 上演本文:[近代・松竹時代の脚色・補綴]
 曲   :[近代・松竹時代の作曲]野澤松之輔

 

▶︎心中宵庚申

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上田村の段
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[江戸時代からの伝承曲]
八百屋の段
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[近代・松竹時代の作曲]二世野澤喜左衛門
道行思ひの短夜
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[近代・松竹時代の作曲]野澤松之輔

 

▶︎嫗山姥、心中重井筒、信州川中島合戦

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 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[江戸時代からの伝承曲]

  • 『心中重井筒』現行曲は江戸後期の曲

 

▶︎平家女護島

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六波羅の段、舟路の道行、敷名の浦の段
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :国立劇場時代の作曲]三世野澤喜左衛門
鬼界が島の段
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[江戸時代からの伝承曲]

  • 講義では原作ママ/江戸時代からの伝承曲として紹介されたが、それは「鬼界が島の段」のみのことかと思う。一応、現行では「六波羅の段」「舟路の道行より敷名の浦の段」も上演可能になっている。とはいえ基本「鬼界が島」しか上演されないので、自分の判断でここに足しました。


2. 近世の改作を含むもの

江戸時代に作られた改作(本来は別外題のもの)を近松名義で上演しているもの。

▶︎心中天網島

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北新地河庄の段
 上演本文:[江戸時代の改作]
 曲   :[江戸時代からの伝承曲(改作)]
紙屋内の段、大和屋の段
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[近代・松竹時代の作曲]

  • 「北新地河庄の段」現行は、改作『心中紙屋治兵衛』「茶屋の段」を上演している。
  • 「紙屋内の段」「大和屋の段」は大正6年の復活上演に際する作曲時、一部江戸時代の朱を使っている可能性あり。まだ研究が進んでいない。
  • 「紙屋内の段」は改作『天網島時雨炬燵』あり。現在は差し替え上演は行わない

 

▶︎傾城反魂香

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土佐少監閑居の段
 上演本文:[江戸時代の改作]
 曲   :[江戸時代からの伝承曲(改作)]

  • 現行、実際には改作『名筆傾城鑑』を上演している

 


3. 昭和以降の復活

主に昭和30年代以降。松竹が文楽を所有していた時代、または国立劇場設立後に復活されたもの。

▶︎曾根崎心中

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 上演本文:[近代・松竹時代の脚色・補綴]
 曲   :[近代・松竹時代の作曲]野澤松之輔

 

▶︎女殺油地獄

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徳庵堤の段、河内屋内の段
 上演本文:[近代・松竹時代の脚色・補綴]
 曲   :[近代・松竹時代の作曲]野澤松之輔
豊島屋油店の段
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :[近代・松竹時代の作曲]八世竹本綱太夫・十世竹澤弥七
逮夜の段
 上演本文:[原作ママ]
 曲   :国立劇場時代の作曲]五世鶴澤燕三

 

▶︎鑓の権三重帷子

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 上演本文:[近代・松竹時代の脚色・補綴]
 曲   :[近代・松竹時代の作曲]野澤松之輔

 

▶︎大経師昔暦

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 上演本文:[原作ママ]
 曲   :国立劇場時代の作曲]五世鶴澤燕三

 

 

┃ なぜそのまま伝承されず、改作されたり、途絶えたものが多かったのか?

近松の初演時とそれ以降(18世紀後半以降)は舞台様式や上演方法が異なる部分が多く、原作ママでの上演は問題が起こる。以下にその問題点を挙げる。

 

1. 登場人物の多さ

近松作品は登場人物が多い。初演時は人形が一人遣いだったためそれが可能だったと思われるが、三人遣いになると舞台の広さや人手都合でできなくなる。

例『冥途の飛脚』封印切の段
現行では朋輩女郎の人数調整を行っている

[原作]
冒頭部、舞台上手にある二階に、現行では梅川・鳴戸瀬・千代歳・禿の4人がいるが、原作に即すると朋輩女郎があと2人いるはず。

  • 現行でも二階には人形遣いが12人もいてビッシリしているのに、これ以上は不可能。また、禿も「禿ども」となっているので複数いる可能性がある。*1

 

2.  登場人物の急な登場・退場

原作ママでは登場人物がものすごくいきなり出てきて、ものすごくいきなり引っ込み、人形の移動時間やそれに伴う芝居の時間が確保されていない。現在のような人形三人遣いでは、動きが追いつかない。

例『曽根崎心中』生玉社前、冒頭部
現行では徳兵衛・お初の移動・芝居の時間が確保がされている

[原作]
生玉の社にこそはつきにけれ。出茶屋の床より女の声「ありゃ徳様ではないかいの。徳様/\」と手をたゝけば徳兵衛。合点してうちうなづき。「コレ長蔵(略)道頓堀へ寄りやんなや」と影見ゆるまで見送り/\。簾をあげて「コレお初ぢゃないか。(後略)」

[現行]
生玉の社にこそは着きにけれ。出茶屋の床に女の顔、初と知るより、徳兵衛はそれと合点し立止まり「オゝこれはしたり。大事の用を忘れてのけた。アゝコレ長蔵(略)道頓堀へ寄りやんなや」と細々配る気遣いも、恋がいはせる付け詞。「アイ/\合点」と長蔵の行く影見送りて、「初ぢゃないか、初、初」と呼ぶにお初は走り寄り、「ノウ徳さまや、どうしてぞ」と逢へば恨みも口のうち、目にもの言はすばかりなり。

  • 原作では、徳兵衛とお初が即座に対面する展開になっている。そのままやってしまうと、お初と徳兵衛はものすごい勢いで出茶屋と屋外を移動することになり、また、長蔵(徳兵衛が連れている丁稚)が引っ込む時間がない。改変された現行では、詞章を追加し、お初・徳兵衛・長蔵の人形が移動したり、演技したりする間が設けられている。下線部がその改変部分。

 

3. 一段(道具替りのない一場)における場所の不明確さ

初演当時は舞台装置が非常に簡素だったと推測される。そのため、文中に人物の居場所、視線の先などの「どこで」という指示があまりない。当時のシンプルな舞台だと、たとえ人形が大きく移動しなくても、そこが屋外にもなったり、屋内にもなったりしたと考えられる(能舞台みたいな感じ?)。
後世〜現在の写実的な舞台装置では、人物がどこにいるかを明確にしないと芝居ができない(あるいは場所移動が間に合わない)、また、観客にもわかりづらいため、改作ではあらかじめ場所の指示がなされた演出になっている。

例『心中天の網島』北新地河庄の段、治兵衛の戒めを孫右衛門が解いたあと
→治兵衛・小春・孫右衛門が芝居をする場所の定義が行われている

[原作]
(河庄の外の格子のところで)人立すけば侍立寄って縛り目解き。(略)「兄じゃ人。面目なや」と<治兵衛はその場で>どうと伏し。土にひれ伏し泣きゐたる。「さては兄様かいの」と<河庄の中から外へ>走り出づる小春が胸ぐら取って引き据ゑ(後略)

  • 芝居の中心は「屋外」。<>内は現行舞台で上演する場合に補足解釈しなくてはならなくなる箇所。 

[改作・現行]
(河庄の外の格子のところで)人立透けば侍。立ち寄って縛りめとき。(略)「ヱ兄者人」と。逃げんとすれば引きとゞめ。「ヤうごきおるまいうぬ。いふ事がある。うせふ」と引つ立て内に引居れば。「兄者人。(略)面目なや」とどうと座し。畳に。ひれ伏し泣き居たる。「扨は兄御様かいの」と(後略)

  • 芝居の中心は「屋外→屋内」へ移動する設計。写実的な舞台装置を出している状態で、外で大騒ぎし続けるのが不自然なためか。

 

 


–––––講義ノートここまで、次回に続く–––––

 

今回は講義の前にアウトラインの提示があり、話に入っていきやすかった。また、今年は頑張って結構予習していったのが功を奏した。やはり予習は大切。大人になってわかる予習の大切さ(遅)。


文楽公演における近松作品の検証をしていくうえで、まず「原作」という言葉の使い方に気をつけなくてはいけないと思った。

一般では、詞章が近松原文ママという意味で「原作」という言葉が使われることが多いと思う。しかしそれは相当ゆふわな言い方で、義太夫として演奏される以上、節回しの指示(初演者の考えたもの)や三味線の演奏にも当然「原作」が存在する。この講義の時点では気づかなかったが、のちのち、津駒さん・清介さんの話を聞いているうち、技芸員が発言する場合、特に演奏者は曲節そのものを含めて「原作」=「初演時に近い状態」と言っている場合があるので、発言の読み取りには十分な注意が必要だと思った。

 

今回、久堀先生から、現行『女殺油地獄』などは相当な改変が行われているといえども、現状では近松作品が完全原作ママ(ここでは詞章が原文ママの意)で上演されるのは難しいだろうというお話があった。文楽劇場は客が入らない演目はやらない。現行の近松上演(改変作)は客が入っている。劇場はこの観客の反応を認め、重視している。観客が変わることがなければ、現状のままだろうということだった。

個人的には、観客が「高尚」になる云々以前に、文楽座が「原作(初演)の再現」をすべきかどうかという問題があると思う。原文の文学的な価値と、現代の舞台にかける価値を切り分けて考えなくてはいけない。

私は、文楽座や技芸員が初演時の再現をするために存在しているとは考えていない。講義中に、勘十郎さんと簑二郎さんが、一人遣いの人形の再現をしている映像が流された。私は、勘十郎さんと簑二郎さんにそういうことをやらせるべきなのか?と思う。勘十郎さんの演技を見ている感じ、現行の三人遣いの技法(女方の肩の落とし方など)を一人遣いの人形へ落とし込もうとしているように思ったが、現行の技法を歪めて古いものに合わせること自体がなんだかおかしく感じる。勘十郎さんの工夫やご本人の真面目な取り組み姿勢はわかる。三人遣いの繊細な演技を、一人遣いの人形であってもお客さんに見てもらいたいという気持ちもわかる。でも、普通に本来の技芸をより一層磨いたほうがいい。勘十郎さんや簑二郎さんの人生の時間は限られているのに、こっちの身勝手な欲望に従わせている気がした。少なくとも普通の公演ではこういう「曲芸」はやって欲しくない。

太夫や三味線にしてもそうで、よく言われる「近松の文章は七五調ではないので、まとめるなり、産み字を追加するなりで曲に合わせる」というのは、現行の演奏技法に古風な文に乗せようとするからそうなるのであれば、なんだかものすごく不自然なことのように思う。今後、またなにか近松復曲をするとして、太夫さんなり三味線さんの素質を歪めてまでやる必要があるのかどうか。

このあたりは、自分でも、もうちょっとよく考えてみたいと思う。

 

いままでお話し会などで伺った限り、技芸員さん方は「原作上演」にシビアな考えを持っているように感じる。復活演目の出来や、そうやって上演した演目の客入りに対しての考えが非常に冷徹。

勘十郎さんが国立劇場の復活させた『出世景清』の曲を疑問視していたり(国立劇場が先代燕三師匠へ古い曲のように作曲してくれと頼んだ結果、地味すぎて「え?」みたいな仕上がりになった事態に対して)、和生さんが『大経師昔暦』の復活で、それまでの段と最後の段に不整合があること(なぜ復活時に整理しなかったのか、上演しないという方法もあるはずということ)を言っているのを聞いて、この人ら、「“原作通り”になってない!」とわめいている部外者よりよっぽどシビアで怖いこと言うなと思った。

私も公演を観て、『出世景清』『大経師』、『平家女護島』の鬼界ヶ島前後の段は上演されなくなったのは当然だと感じた。『出世景清』は昨年、曲を新しい印象に変えて再復活されたが、その取り組みは本当に立派なことだと思う。

 

 

 

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*1:という解説があったが、この「ども」って複数形ではなく、愛称的にひっついてるやつじゃないのかな? 「女房ども」とか、文楽ではよく言いますよね。江戸初期だと語法が違うのかな。