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文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

映画の文楽5 内田吐夢監督『恋や恋なすな恋』― 内田吐夢にとって古典芸能の映画化とは

『浪花の恋の物語』の記事も書きかけだけど、今回はそれを一休み、同じ内田吐夢監督作品の中から、これも同じく浄瑠璃に題材を取った作品について書いてみる。

 

内田吐夢監督作品のうち、古典芸能を原作としたものは4作品がある。『暴れん坊街道』(1957/原作:恋女房染分手綱/脚本:依田義賢)、『浪花の恋の物語』(1959/原作:冥途の飛脚・恋飛脚大和往来・傾城恋飛脚/脚本:成沢昌茂)、『妖刀物語 花の吉原百人斬り』(1960/原作:籠釣瓶花街酔醒/脚本:依田義賢)、そして、最後の作品となるのが、この『恋や恋なすな恋』(1962)だ。

 

恋や恋なすな恋

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『恋や恋なすな恋』THE MAD FOX 予告編

 

 


┃ 映画『恋や恋なすな恋』の概要

本作のストーリーは、浄瑠璃蘆屋道満大内鑑』から取られている。

蘆屋道満大内鑑』は、初演は1734年(享保19年)大坂竹本座、作者は竹田出雲。初演以降全段通し上演がされたことは多くなく、おもに四段目「葛の葉子別れの段」が見取りで上演される(以下、段名表記は文楽準拠)。文楽の場合、「葛の葉子別れの段」のほかには「蘭菊の乱れ(「道行二人の信太妻」の狐葛の葉のパート)」「信太森二人奴の段」が出ることが多い。

見取り上演からはわかりづらいが、『蘆屋道満大内鑑』自体は朝廷内の政治闘争、つまり、善と悪の対立→悪の繁栄・善の衰退→悪の討伐・善の回復を主軸としている。物語全体は、その歴史の巨大な流れによって個人が取り返しのつかない不幸を負う、あるいは歴史的に著名な人物の出自が明かされるという人形浄瑠璃としてオーソドックスな構成だ。

人形浄瑠璃において通し上演は1836年(天保7年)以来断絶しており、『恋や恋なすな恋』公開当時も前述のような見取りで上演が行われていたが、1984年(昭和59年)、国立劇場によって148年ぶりに通し上演が復活され、現在では「大内の段」「加茂館の段」「保名物狂の段」「葛の葉子別れの段」「蘭菊の乱れ」「信太森二人奴の段」が上演可能となっている。この復活は保名に関わる部分を中心としており、道満が実は善の側であることを示す場面など(みぞろが池の段など)が省かれている。実は、この通し上演をした場合の構成は本作の構成にかなり近い。

歌舞伎も簡単に調べてみたが、通し上演は伝わっていないようで、見取りでは文楽同様「葛の葉子別れ」を中心に、「小袖物狂」「信田の森道行」「信田の森稲荷前」を出すことが多いようだった。そんな演目を、当時誰も観たことがなかった通し上演の状態で映画化しようとは、なかなかチャレンジ精神に溢れた試みだ。

↓ 2018年11月大阪公演での「葛の葉子別れの段」感想。原作浄瑠璃の解説も書いているので、本作のあらすじと読み比べてみてください。

 

 

┃ 冗長な王朝ものとしての前半

本作は全五段のうち、一段目「大内の段」「加茂館の段」、二段目「保名物狂の段」、四段目「葛の葉子別れの段」を、一部設定を改変した上で構成されている。プロローグは、以下のような内容。

平安時代。月を白虹が貫き、富士山が噴火するという天変地異が起こり、京は騒然となる。朱雀帝は陰陽師・加茂保憲〈宇佐美淳也〉へ命じ、彼の家に伝わる秘伝書「金烏玉兎集(きんう・ぎょくとしゅう)」を用いて変事の原因と解決策を解明するように命じる。しかしその頃、朝廷では忠臣・小野好古月形龍之介〉と悪臣・岩倉治部〈小沢栄太郎〉が対立しており、この争いが保憲の一家へ影を落とすこととなる。

保憲は自邸の庭の社に祀られた「金烏玉兎集」を確認し、変事の原因は東宮河原崎長一郎〉に御子がないことであると一家へ告げて内裏へ向かう。しかし、その道中、実は岩倉と通じていた家臣・悪右衛門〈山本麟一〉に裏切られ、保憲は殺害される。保憲には二人の弟子、蘆屋道満〈天野新二〉と安倍保名〈大川橋蔵〉がいたが、どちらに跡目を譲るとも告げないままの死だった。このうち道満は岩倉と通じており、保名は小野の家臣だった。さらに保憲の妻〈日高澄子〉は岩倉の妹であり、道満に心を寄せていた。そして保憲の義理の娘・榊の前〈嵯峨美智子〉は保名と恋人関係であり、互いに将来を誓い合っていた。

亡くなった保憲に代わり参内した榊の前は、変事の原因は東宮に御子がないことであることを奏上する。その解決策は「金烏玉兎集」を確認しないとわからず、また、「金烏玉兎集」は正統な後継者でないと中を見ることができないと告げると、大臣らから後継者は誰なのかと問われる。榊の前は、父は保名を後継者に指名していたと言うが、岩倉はそのような事実はなく、道満こそが後継者に相応しいと言う。

この言い争いには決着がつかず、道満・保名二人とも同席のもと、保憲の館で「金烏玉兎集」を開封することになるが、社におさめられていた「金烏玉兎集」の箱をあけると、秘伝書は紛失していた。箱の鍵を持っていた榊の前は責任を問われ、悪右衛門の拷問を受ける。共謀を疑われ座敷牢に捕らえられていた保名は彼女を助けることができず、やっと牢から抜け出たときには榊の前は死んでいた。

「金烏玉兎集」はどこへ行ったのか? 実は「金烏玉兎集」は保憲の奥方があらかじめ盗んで隠し持っており、心をかける道満に譲って跡目にさせようとしていたのだった。榊の前の死に虚ろになっていた保名は、寝所での二人の話を聞いてしまい、奥方へ詰め寄って「金烏玉兎集」を奪う。そして、奥方が倒した燭台の火によって、保憲の館は炎に包まれる。

この映画、途中までは「スター主役の、予算がチョット足りない王朝もの」といった感じのゆるい調子で進行する。特に上記あらすじ部分は観ていてかなり厳しいものがある。絵巻物風のタイトルクレジットは美しいものの、本編がはじまると予算不足感が目立ち、撮影に工夫があるものの引き絵がないのはセットを作れなかったのかなあとか、この時点での嵯峨美智子を娘役にするのは相当無理があるのではないかとか、いろいろな雑念が入ってくる。蘆屋道満が悪役かそうでないかが原作浄瑠璃では重要なポイントとなっているが、その人物像を原作以上に曖昧にしているので、保名の立場もわかりづらい。何より画面や芝居の安っぽさが痛ましく、内田吐夢でもこんなことになっちゃうんだなと感じていた。しかし……

 

 

 

┃「保名狂乱」の清元と舞踊

若い子向けのアイドル映画なのかな〜とぼんやり見ていると、物語はだんだん狂いはじめる。

榊の前を亡くした保名は正気を失い、彼女の小袖を手に信太の里へ迷い出る。信太の里の風景はロケなのだが、突然画面が替わり、周囲は一面の真っ黄色い菜の花畑のスタジオセットとなる。保名の衣装も変わり、清元が流れて大川橋蔵が「保名狂乱」を舞う。背景はあからさまに非現実的な、それこそ昭和の歌番組風の廻り舞台+黄色いホリゾントのセット、保名の扮装もファンタジー時代劇風のポニテカツラから歌舞伎舞踊の豪華な衣装と病鉢巻をして月代を剃ったカツラに変わる。つまり、この場面は登場人物としての保名が舞っているシーンなのではなく、役者・大川橋蔵の「舞台」になっている。そして、舞踊が終わると振り落とし幕が切られて画面は通常の景色へと移行し、物語が進みはじめる。

作り手の自己満足に近い役者の舞踊シーンが唐突に入る映画というのは他にもあるので、多少演出が変でもこの時点では「大川橋蔵ファンへのサービスシーンかな〜」と思っていた。浅葱幕の振り落としを使った場面移行の演出は木下恵介監督『楢山節考』(松竹/1958)に前例がある。『楢山節考』ではシーン(大道具)転換に振り落としが使われているが、本作では幻想世界と現実の転換を振り落とし幕で区切っている。*1

 

 

 

┃ 信太の狐の表現

保名は信太の里で榊の前の父母・信太庄司〈加藤嘉〉とその妻〈松浦築枝〉、榊の前の双子の妹である葛の葉姫〈嵯峨美智子〉と出会い、彼らに保護されて屋敷で静養していた。ある日、散歩中の保名らが百姓たちの祭りを見物していると、悪右衛門が白狐を狩るべく数多の家来を引き連れて信太の里へとやって来る。悪衛門は白狐を見つけたと言って追い立てるが、白狐の姿自体はスクリーンには映らない。逃げ惑う百姓たちに、葛の葉姫も保名を連れて帰ろうとするところへ、肩へ矢を受けた老婆〈毛利菊枝〉がよろめき出でてくる。保名は老婆を介抱し山中にある自宅まで送っていくが、彼女は保名らが家へ入ることを固辞するので、保名は彼女の夫である老爺〈薄田研二〉へ老婆を預け、帰っていく。

が、保名らが帰ったあと、その家の中が映されると、映像は異様な雰囲気となる。老婆と老爺は狐の能面をかけた姿になっている。彼らの正体は狐だったのだ。奇抜な演出ではあるが、おそろしくズタボロなセットとあいまって異様さが板についている。*2

やがて二人の孫娘・おこん〈嵯峨美智子〉も姿を見せ、祖母を助けてくれた保名に感謝する。老爺はおこんに保名らの守護を命じ、自らは仲間を集めると告げる。一方、保名一行は悪右衛門と出くわしてしまい、「金烏玉兎集」を巡ってもみ合いになる。おこんが助けを呼ぶと狐の群れが現れるが、これはファンタジックなアニメーションで表現される。古い時代のものなので素朴ではあるが、逆にアートアニメーションに近い表現のため、日本むかし話的に画面へ馴染んでいた。アニメーションの狐は里に降り立つと狐の面をかけた人間へと姿を変える。結構な人数のエキストラで、よくあれだけの面を用意できたなと思った(クレジットに能面師の名前あり)。

おこんは狐の老爺から決して保名に恋をしてはいけないと言い含められ、古びた小屋で保名の手当てをしていたが、しきりに「榊」と呼んでくる保名に、彼が狂気に陥っていることに気づく。

 

 

 

┃ 「葛の葉子別れ」の義太夫狂言

突然、橙・黒・緑の定式幕が引かれていき、保名住家の大道具が姿をあらわす。「保名狂乱」のような歌番組風スタジオセットではなく、ここは完全に劇場の額縁型の舞台装置で、舞台上手におんぼろい保名住家の屋体、下手側には山道の大道具が出ていて、手前に向かって花道が伸びている。三味線の音とともに義太夫が「〽隣柿の木を、十六七かと思うて覗きやしおらしや、色づいた」と入ってきて、「葛の葉子別れの段」がはじまる。つまり、ここは歌舞伎の義太夫狂言そのままの舞台となっているのだ*3。この演出を事前に一切知らずいきなり映画館で観たので、この演出にはビックリした。

上手の機屋で機織りをしているのは、保名の女房となり、所帯じみた女房のいでたちの狐の葛の葉である。ここでわかった。嵯峨美智子が相当無理めな感じで榊の前や葛の葉姫に配役されていたのは、この狐葛の葉をやらせるためだったのか……。女房役の嵯峨美智子は本当に似合っていて、輝くばかりに美しく、素晴らしかった。老女形の人形と同等の、生身を感じさせない、モノ的な見え方をしている。面長ののっぺりした顔だちと切れ長の目がそれこそ文楽人形を実写にしたかのようで、驚いた。現実感がない。演技も「芝居」にマッチしていて、自然である。

三和会から人が出ているというのは、このシーンだった。義太夫の出演が豊竹つばめ太夫・野澤喜左衛門なのだ。このシーンでは、ナレーション部分は義太夫、セリフ部分は個々の俳優という歌舞伎の義太夫狂言形式で進行する。しかし、セリフ部分にはかなり改変が入っていて、文楽の現行とは展開が異なる(冒頭で保名が在宅している、狐葛の葉が保名に庄司のもとへ行くことを禁じて遠出もさせないようにしているなど)。また、地の文はかなり削られていてセリフ要素が多く、浄瑠璃はブツ切れになる。この状態で三和会もよく引き受けたなと思った。ものすごいもったいない使い方。それでもつばめ太夫は1959年の『浪花の恋の物語』よりあきらかに語りがうまくなっているのが衝撃的。3年程度でここまで変わるものなのか、それとも喜左衛門の力なのか……。*4

後半は葛の葉が妖力で子ども(安倍童子)を浮かび上がらせたり、扉を閉めきるなどして、原作浄瑠璃そのままの展開で進行し、口にくわえた筆で障子へ「恋しくばたずねきてみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」の句を書き、白狐の姿となって去ってゆく。すると、保名と狐葛の葉が暮らした家は白煙とともに倒壊して消え失せ、ただの野っ原になる。保名は立ち尽くしていた信太の庄司らに気づき、正気づく。野原にはひとつの石が残り、その周囲を2つの火の玉が蝶のようにヒラヒラと舞っているところに義太夫が「恋や恋、なすな恋」とかぶってきて、物語は幕を閉じる。*5

原作浄瑠璃ではこのあと、保名も葛の葉姫や童子とともに狐葛の葉を追って信太森へと旅立ち、政治闘争終結に向かって物語が続いていくはずだが、その流れは完全に断ち切られている。このあたり、私はまったく意味が取れず、どういうことなのかと首をかしげた。

 

見終わっていちばん強く感じたのは、「中途半端な映画だな」ということだった。 心意気はわかるけど、全体的に生煮えというか……、なぜこの映画はこんなにも中途半端に感じるのか。

 

 


┃ 『蘆屋道満大内鑑』への新解釈とその失敗

最後に出てくる謎の石は、映画上では何物なのかははっきり描かれていない。しかし、この謎の石、シナリオでの記述を読むと、何を表現しているのかがわかる。

(引用者注:保名、安倍童子を引き取って去っていく葛の葉姫らを見送り)断腸の思いで、見えなくなるまで、見込んで、やがて舞台、中央に戻り、腰をおとして、坐りこむ。地にめりこむように、首をおとす。
やがて、舞台の遠見の山の上が赤く夕焼け。
舞台は暗くなり、
保名のうずくまる姿はそのまま、石と化す。
義太夫の鎮痛な唄
〽恋よ恋、われなか空に、なすな恋
狐火がいつまでも石のまわりから離れようとしない。
(それに、エンディングの音楽、かぶって)

−−『キネマ旬報』1962年2月号掲載/キネマ旬報社

実は石の正体は保名だったのである。映画はシナリオ通りには撮られておらず、石の正体に関する直前の流れが大幅にカットされたため、わからなくなっていたのだ。

当初、私はこの映画は「葛の葉子別れの段」を嵯峨美智子で撮りたいがために作られた企画だと思っていた。しかし、このシナリオを読むうち、テーマは別のところにあるのではないかと気づいた。

 

この映画は、『蘆屋道満大内鑑』を保名の純愛譚として描こうとしたのではないだろうか。これが、製作陣の原作浄瑠璃に対する現代的解釈だったのではないか。

原作浄瑠璃では、保名は榊の前を失って狂気に陥ったあと、信太の里で榊の前にそっくりな葛の葉姫に会ったときに正気を取り戻し、改めて葛の葉姫へ求婚する。その後、保名に恩を感じた狐が葛の葉姫に化けて入れ替わってしまうが、保名はそれに気づかず、狐葛の葉と所帯を持ってしまう。やがて女房葛の葉の正体が狐であると露見すると、保名は狐でもいいから去らないで欲しいと懇願する。つまり、原作の保名は三人の女を何の抵抗もなく次々渡り歩いていってしまっている。そっくりな顔をしてるってだけだろとしか言えないが、文楽・歌舞伎ではもっとすごいクズがどっさり跋扈しているせいで、観客も一瞬えっと思っても深く気にせずスルーする人が大半だと思う。

だが、本作では、保名は信太の里で葛の葉姫と出会ったあとも葛の葉姫を榊だと思い続け、狐が彼女と入れ替わったあとも彼女を榊と思い込んだ狂気のまま。幻想の中で、ずっと一人の女を愛し続ける。正気を取り戻すのは一番最後、女房葛の葉の正体が狐だとわかり、それまでの生活が全てまやかしであったと気づいたときだ。原作浄瑠璃では狐葛の葉を追うはずの保名は、本作では(シナリオにおいては)安倍童子を葛の葉姫に託して自らは信太の里に残り、そのまま石に変じてしまうことになっている。

ここから読み取れるのは、本作の保名は最初から最後まで、榊の前への愛に殉じているということだ。物語前半で保名は榊の前に「私の妻はそなた一人」と語るが、それが最後まで貫き通される。恋人が手の届かない遠くへ行ってしまったことを悲しみ、石に変じるというのは、松浦佐用姫のイメージだろうか。

保名は本来三人の女性に次々言いかける設定になっているのに、この映画ではひとりの女性への愛に殉じる。これは大胆な、そして大変現代的なアレンジだと思う。文楽・歌舞伎を見る人は基本的に『蘆屋道満大内鑑』=「葛の葉子別れ」=「葛の葉かわいそう😢」というイメージを抱いているはずで、少なくとも「葛の葉子別れ」に対し「保名かわいそう」と思う人は、まずいない。かなり思い切った視点変更だと思う。*6

 

しかし、この改変は同時にこの映画の破綻を引き起こし、中途半端な印象を残す原因にもなっている。なぜなら、出演者と演出手法がその方向を向いていなかったからだ。

率直に言って、大川橋蔵にこの映画を支えきれるだけの演技力はなかったと思う。美男だけど、悪い意味で「お人形さん」。原作浄瑠璃通りの、主体性のない二枚目って感じで、文楽でのこの役そのまんまっていうか……。文楽ならそれでいいし(清十郎やってくれ〜)、そういう意味では正しいアイドル映画だが、映画や脚本が求める保名を体現する力がなかったのではないかという印象。

そして、致命傷となったのは、「葛の葉子別れの段」の嵯峨美智子が「はまりすぎた」ことだと思う。ここがあまりに成功したために、逆に映画が中途半端になってしまった。本作では、上記のような「保名の純愛譚としての『蘆屋道満大内鑑』」という改変を行っているため、「葛の葉子別れ」は母子の別れではなく、男女の別れ(狐葛の葉との別れという意味以上に、榊の前との永遠の別れ)を描く場面となっている。というか、なるべきだった。にも関わらず、嵯峨美智子はあまりに「女房葛の葉」で、所帯じみた母としての完成度が高すぎるのだ。浄瑠璃にバチハマりしていて、「葛の葉子別れ」の内容を知っている人は、いや、知らない人も、母子の別れの物語が始まると思ってしまう。しかもここを演出上義太夫狂言として処理しているため、当たり前なんだけど、浄瑠璃の文句は母子の別れ、しかも狐葛の葉視点からの語りに全振りしている。演出的にもいちばん力が入っており、これで母子の別れの物語ではないとするのはかなり無理めだと思う。原作を知っている人ほど、この映画の主旨を読み取れないのではないかと感じる。

 

もうひとつ、この映画を中途半端にしているのは、物語を進行させる原動力であるはずの政治闘争の説明を放棄したことだろう。時代劇としてはそこをしっかり押さえておくべきだったのではないだろうか。出だしがそこなのに、途中で放り投げては意味がわからない。しかし、実はシナリオの段階では、最後に悪右衛門は討たれ、蘆屋道満は捕らえられる展開が盛り込まれている。が、映画にする段階でカットしたようだ。これはこれで紋切り型だけど、全体の構成を含め、時代物としての処理が甘すぎると思う。*7

 

 

内田吐夢作品における浄瑠璃の使用

本作には内田吐夢の実験精神が発揮されていると言われている。それは単なる「やってみました」ではない。本作で清元・歌舞伎舞踊、狐の能面、アニメーション、義太夫狂言といった特殊演出があるのは、保名の気が狂っている間だ。そう考えると、脚本と整合性が取れている。

『浪花の恋の物語』でも特徴的だった浄瑠璃(清元・義太夫)の使い方は、本作にも踏襲されている。内田吐夢にとって浄瑠璃というのは幻想の世界なんだなと改めて思わされた。『浪花の恋の物語』のクライマックス、梅川と忠兵衛の道行(清元・歌舞伎舞踊)、および「新口村」(義太夫人形浄瑠璃)、これらは双方とも幻想の世界を表現している。本作での「保名狂乱」(清元・歌舞伎舞踊)、「葛の葉子別れ」(義太夫義太夫狂言)も同様だ。両方ともここぞというピンポイントで使用しているところに特徴がある。

また、清元と義太夫を区別し、清元→義太夫と移行していくうちに現実感が薄れ、幻想度が高くなっていく使い方も内田吐夢の特徴だと思う。単なる装飾やスノッブ表現ではない邦楽の使い方ってなかなか珍しいと思うが、どうしてこういう考えに至ったんだろう。もうちょっと他の作品でも使われていればより明確になるかと思うが、残念ながら、内田吐夢の古典芸能原作映画はこの『恋や恋なすな恋』が最後となってしまった。
 

 


内田吐夢はなぜ古典芸能題材の作品を撮ったのか

内田吐夢はなぜ古典芸能、しかも歌舞伎(義太夫狂言)を題材に映画を制作したのだろうか。

内田吐夢は戦前より活躍した映画監督だったが、戦中に中国へ渡り、戦後も帰国せず大陸で約10年間を過ごして日本へ戻った。『映画芸術』1962年3月号に掲載されているインタビューによると、この長い中国での生活を経たことによって歌舞伎に民族的な魅力を感じるようになったという。また、内田吐夢は幼い頃、出身地の岡山で、父に連れられて旅芝居の歌舞伎をよく観に行っていて、その芝居幕や下座音楽の記憶が残っていたそうだ*8。なるほど、4作あって題材がすべて歌舞伎なのはそういうわけだったのか。

それではなぜ歌舞伎を映画にすることを考えたのかというと、歌舞伎の世界を古典の世界として映画の中に残しておきたいという考えがあったようだ。これは古典芸能そのものの保護という意味ではなく、古典芸能に描かれている当時の社会風俗(例えば吉原の遊女は悲惨だとか)を保存しておきたいという意味らしい。

このインタビュー記事での内田吐夢の発言で、すごく腑に落ちたものがあった。上記のような考えをシンプルに実行すると、古典芸能を映像資料として残せばいいとも思える。それこそ初期の日本映画のように、舞台中継のように。しかし内田吐夢の目的は単なる保存ではなく、次代への継承にあったようで、映画というメディアを使って古典芸能を継承するとはどういうことかを以下のように話している。

(略)積極的な意味では、日本の民族的な古典を映画という新しい形でとらえ直すという作業でもある。いつたい、古典として今日までつたわつているものは、民間の演劇なら演劇というものが、その時代その時代のひとびとにうけ入れられるように、つねにつくり直されてきたものではないだろうか。むろん、その場合には、古典の真の内容は正しく保存され発展させてきたわけだ。私は、こういう風に日本の古典を伝承する仕事が映画でできればさいわいだと思う。

−同居する二つの映画魂、『映画芸術』1962年3月号/編集プロダクション映芸

 

これを読んだとき、内田吐夢が古典芸能原作映画で描きたかったことがわかった気がした。

時代に合わせた内容の変化があってこそ、古典芸能は継承され続けていく、それが正しい保存といえるというのが、内田吐夢の考えだろう。見取りでしか上演されなくなって、原型を忘れられていた『蘆屋道満大内鑑』を異類婚姻譚や母子の別れという従来の見方ではなく、保名の純愛譚としてとらえ直したのも、このためだったのではないか。もちろん、スター映画としての要請があったことも含めて。

内田吐夢はなぜ『浪花の恋の物語』で近松原作でないはずの「新口村」をクライマックスに持ってきたのか。私はあのような構成に対し、自分なりにひとつの理由を考えていたが、その裏取りができる証言等がなかった。『妖刀物語 花の吉原百人斬り』はあまりに映画自体の出来がよすぎてわからず、この『恋や恋なすな恋』では映画上の欠点があまりに大きすぎてわからなかったが、これで『浪花の恋の物語』に対して自分が考えていたことに、すこし裏付けができたと思う。これらを踏まえて、『浪花の恋の物語』の記事の続きを更新したいと思う。

 

 

 

 

 

*1:撮影を担当した吉田貞次によると、本作は当初、オールセットで制作したいという意図があったようだ。しかし予算上の問題があり、部分的にロケを混ぜたということだった(吉田貞次「『恋や恋なすな恋』の撮影」、『映画撮影』1962年4月号/日本映画撮影監督協会)。個人的には「保名狂乱」、後述の「葛の葉子別れ」の舞台装置セットの異様感を引き立てるため、セットとロケを混ぜているのかと思った。

*2:文楽で「蘭菊の乱れ」が出る場合は、狐葛の葉の人形は狐のかしら・老女方のかしらの早替わりをするが、このきつねのかしら+体は女性の着付のときの見え方が、本作の狐の能面姿と印象が近い気がする。

*3:浄瑠璃原作映画へ演出として義太夫狂言を取り込む先行作には、『仮名手本忠臣蔵』をそのまま映画化した忠臣蔵映画、『大忠臣蔵』(松竹京都/1957)がある。途中までは普通の時代劇映画として話が進んでいくものの、なぜか七段目だけセットが突然舞台装置風になり、義太夫狂言で進行する(義太夫の出演がどうなっていたか忘れたけど、多分本物の竹本)。それが効果的かというと、失敗していたと思う……。歌舞伎の忠臣蔵で茶屋場が人気あるからそうしてみましたという程度なんだと思う。

*4:文楽三和会からのクレジットに「振指導」として桐竹紋十郎、豊澤猿次郎も名前が出ている。保名狂乱の振り付けかと思っていたけど、清元のクレジットに「舞踊振付 藤間勘十郎 、藤間勘五郎」とついていた。ということは紋十郎は何を指導したのか。「葛の葉子別れ」での義太夫に応じた所作ということなのかな。ただし、人形振り等の演出はなし。

*5:「葛の葉子別れ」の特殊演出でめちゃくちゃ怖かったのは、安倍童子が人形だったことだな。安倍童子の役は文楽でも歌舞伎でも5歳児として表現されるが、本作ではなぜかおくるみにくるまった赤ん坊。保名と葛の葉がしきりに抱いて可愛がっているんだけど、顔がなかなか映らず、ちらっと映るとそれはもう完全に作り物まるだしの人形だという……。映画的リアリズムの中に人形の赤ん坊が出てくるとぎょっとする。気が狂っているのは保名だけではなく、狐葛の葉もそうなのではないか。この赤ん坊は家が消えたあとも最後まで出てくる。なぜ人形なのか。本当に謎。

*6:これを裏付けするには、「葛の葉子別れ」で保名が狐葛の葉、あるいは葛の葉姫を何と呼んでいるかの検証が必要だが、このことに気付いたのは観終わってだいぶ経ってからなので、現時点では裏取りができていない。このパートは義太夫狂言として進行するので、設定改変が最も難しい部分のはず。シナリオを読むと狐葛の葉に対しては「女房」と呼んでいる部分が大半だが、「葛の葉」となっている部分もある。また、葛の葉姫をもずっと榊だと思い込んでいる設定なら、信太庄司とともに訪ねてきた葛の葉姫を「葛の葉」と呼ぶのはおかしいのだが、シナリオ上では「葛の葉どの」となっている箇所がある。両方とも、映画化の際にすべて「女房」とする、あるいは叙述トリック的に会話させる(庄司と表面上会話はできているが、実はお互いまったく違うことを指して話している設定にする)ことで回避できる事項だが、どうなっていたかなあ。VHSが出ているようなので、入手できれば確認したいところだが……。

*7:シナリオにあって映画にない要素は、悪衛門の正体が実は狐であったという設定がある。これは、本作ではカットされている「信太森二人奴の段」で悪右衛門が余勘平へ化けた狐(野干平)にやっつけられるという展開の「狐がむくつけ男に化けている」という設定をアレンジして取り込んだものだと思われる。悪右衛門役の山本麟一って余勘平のかしらに似てるので、なんか、わかる(?)。

*8:飯田心美「内田吐夢の自己再建」、『キネマ旬報』1963年4月号/キネマ旬報社