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麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

文楽 『伽羅先代萩』全段のあらすじと整理

2019年 大阪・国立文楽劇場 初春公演 第一部で上演される『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』は、現行の文楽では六段目、「御殿の段」前後の見取りのみが上演されている。

見取り上演の場合、「いきなり話が始まるので勢いについていけない」「『あんた誰』としか言えない登場人物が突然舞台に立っている」という事故が起こりがちなので最近は見取りの場合は事前に全段を読んでいるのだが……、『伽羅先代萩』については全段を読んでもこの六段目は他からはかなり独立しており、トーンも違う部分であることがわかった。独立上演できるのはここくらいで、「まあそりゃ見取りになるよな〜」とは思うのだが、他の段にも魅力的な登場人物が多数登場する。ご観劇の参考に、はならないが、せっかくなので、以下に全段の登場人物とあらすじを紹介する。

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┃ 概要

仙台藩・伊達家のお家騒動をモチーフとして、舞台を鎌倉期・奥州藤原氏の一族に移した時代物。お家転覆を狙う貝田勘解由とその陰謀に対抗する忠臣たちの戦いを描く。大望を抱いて梶原景時をバックにつけ、何事にも臆さない巨悪・勘解由に対し、忠臣たちはみな人間らしくスケールも小粒だが、その覚悟と情念のうねりが最後に奇跡を産む。

伊達騒動をモチーフとした狂言は歌舞伎が先行しており、人形浄瑠璃での『伽羅先代萩』初演は安永6年(1777)4月・大阪・中之芝居。これは歌舞伎の『伽羅先代萩』が原作であったが、その翌年歌舞伎へ移入され、それが江戸へ移って再び人形浄瑠璃へ戻ったものが現行上演になっているようだ(詳細未調査)。

かつて『伽羅先代萩』は、現行上演されている「竹の間」「御殿」「床下」と、現行で『薫樹累物語』の外題で上演されている「豆腐屋」「埴生村」「土橋」が合体した状態で上演されていた。この『薫樹累物語』の部分は歌舞伎『伊達競阿国戯場(だてくらべおくにかぶき)』の見せ場を移入したもので、江戸末期、文政10年ごろから混入してきたらしい。以下に紹介するあらすじは岩波書店日本古典文学大系 浄瑠璃集 下』によるもので、底本は江戸結城座・上総利兵衛版。異本、上演状況の変遷は未確認。

 

 

 

┃ 登場人物

* 印の人物は今回上演部分に登場

[お家サイド]

冠者太郎義綱
陸奥・出羽の五十四州を統べる奥州守だが、佞臣・貝田勘解由に誑かされ、放蕩の呪いをかけられている。ちなみに冠者というのは若い武将につける敬称、太郎は長男の意味。奥州を守る伊達冠者は対馬冠者と対になる探題職*1

秀衡公
名前のみ登場する先君で義綱の祖父。名君であった。愛樹の萩を和泉定倉に託す。

高尾(お種)
島原の傾城。義綱に身請けされ、その妻になる。実家は南禅寺豆腐屋。義綱の子を懐胎している。

貝田源之助
悪臣・貝田勘解由の子息だが父の計略には加担していない。というのも、松嶋と祝言を挙げたころから愚鈍となり、始終ぼ〜っとしているから。父勘解由も「もう、そういう子だから」と諦めモード。が、実は……

松嶋
伊達明衡の娘、源之助の妻。といっても夫婦らしいことは何もしておらず、ひたすら源之助の心配をする毎日。

伊達千賀之助
伊達明衡の長子で松嶋の兄。和泉定倉の娘・文字摺の許嫁。真面目な性格でストーリー中8割くらいは父のことを考えている。父への孝行を大切に思いながらも本当に逆意があれば諫言し、改められなければ父を討って自害しようと考えている。そのため若干文字摺のことが上の空。

稲妻郷助
義綱の忠臣。かつては神浪山左衛門と名乗っており、その頃もうけた娘をお沢に預けたまま行方不明になる。義綱・高尾を守護するうちに偶然その娘と再会するが……

熊川源五兵衛(浮世渡平)
義綱の忠臣。放埓を繰り返す義綱に異見して退けられ、主君のアホさにキレて浪人の身となるも再び臣下に戻る。勘解由に毒湯を浴びせられ大火傷を負うが、面相が変わったのを利用して浮世渡平と名乗って刑部の家臣・大木戸門兵衛に取り入ったり、刑部の息子・鷲五郎の手下として一味に入り込んだりと八面六臂の活躍を見せる。

伊達明衡
千賀之助・松嶋の父で政岡の兄。和泉定倉とともにお家の両輪と呼ばれた忠臣の一人。四角四面な頑固ジジイだと思われていたが、近頃様子がおかしく不忠を噂されており、息子・千賀之助ですら逆心を疑うようになっている。

和泉定倉
伊達明衡と並び称される忠臣。象潟御前の夫、文字摺の父。庭に植えた先君秀衡公の愛樹・萩を大切に守っている。

大場道益
忠義に厚い典薬。渡会銀兵衛の依頼でひとまず毒薬を調合するが、用途を聞いて立ち去ろうとしたところを勘解由に殺され、毒薬を奪われる。

お幾
南禅寺豆腐屋の看板娘で高尾の妹。隣家の重三郎に思いを寄せている。実は豆腐屋一家の実の子どもではない。

お沢
南禅寺豆腐屋の主、高尾・お幾の母。亡夫が秀衡公に仕えていたため、義綱の放蕩を招いた高尾を許さない。

重三郎
源五兵衛の息子。幼い頃養子に出されたが、先方一家がみな亡くなったため、実父を頼って京都へ帰ってくる。お幾と恋仲。

両拳
僧侶、高尾の知り合い。琵琶湖に住むカッパのふりをする。

鶴喜代君 *
義綱の子息、まだちびっこ。乳母政岡とその息子・千松が大好き。幼いながら大名の気風を備えている。

沖の井御前 *
鶴喜代君の後見人だった故・信夫庄司為村の妻。夫の忠義を受け継いだ慧眼の持ち主。

小巻 *
典薬大場道益の妻で夫に劣らぬ医術の心得がある。八汐の手下と思われていたが、実は勘解由に殺された夫の仇を討つ機会を狙って芝居を打っていた。

政岡 *
鶴喜代君の乳母、伊達明衡の妹、千松の母。佞臣たちから鶴喜代君を守るため、食事の世話もすべて自分の手で行う。忠義のためならすべてを捨てる烈女と思われていたが……

千松 *
政岡の息子で鶴喜代君の遊び相手(お伽小姓*2)、兼毒味役。鶴喜代君に仕えるため政岡に食事を抜かれているが、それに耐える健気な子。 

松ヶ枝節之助
鶴喜代君の忠臣だが、佞臣たちの悪計によってお側近くからは遠ざけられていた。怪力の持ち主。

象潟御前
和泉定倉の妻で文字摺の母。しとやかに見えて結構したたか、強気。

文字摺
和泉定倉と象潟御前の娘。千賀之助の許嫁で、祝言の日を夢見ている。

畠山重忠
心ある鎌倉の長官。その慧眼で全てを見抜いており、よきに計らってくれる。はずだが、命と引き換えになにかをさせようとすること2度など、やることが結構怖い。でもってわりかし悠長。

 

[逆臣サイド]

貝田勘解由
奥州の覇権を狙う大望を抱いた悪臣、源之助の父。梶原景時と内通し、刑部を利用してお家転覆を画策する。

錦戸刑部
義綱の叔父で彼を利用して権力を得ようとする悪臣。勘解由に比べるとしょぼい。

常陸之助國雄
義綱の祖父・秀衡に滅ぼされた常陸大掾國香の末子。変幻自在の秘術を会得しており、義綱の首を亡父に手向けんため、勘解由と手を組む。

奇妙院
貝田家に出入りするあやしい山伏。刑部の依頼で義綱に放蕩の呪いをかける。ってことは実は腕は確実?

大木戸門兵衛
錦戸刑部の家臣で、高尾を探して琵琶湖へ遊びにきた。アホ。生き物を殺すことがものすごく苦手。

渡会銀兵衛
鶴喜代君の小姓、のちに御前奉行。八汐の夫。立場を利用して鶴喜代君の食膳に毒を盛ろうとするが、政岡に見抜かれてことごとく失敗する。

八汐 *
渡会銀兵衛の妻。政岡を邪魔に思っている。脇が甘い。

栄御前 *
梶原景時の妻。夫の名代として「頼朝公からの見舞いの菓子」を鎌倉の奥御殿に持ってくる。脇が甘い。

錦戸鷲五郎
錦戸刑部の次男。父の命令で仙台の和泉定倉の屋敷へ赴く。都育ちのくせに身だしなみや言動が粗雑。

梶原景時
巨大な権利を持つ侍所の長官。勘解由の悪計に加担し、この梶原の息がかかっているがゆえに誰もが謀反を告発できないでいた。でも、うっかり連判状に名前を書いちゃったあたりが脇が甘くて可愛い。

 

 

 

 

┃ 一段目 発端・義綱の放蕩と貝田勘解由の陰謀《京都》

  • 奥州守・義綱の放蕩と傾城高尾
  • 家臣・貝田勘解由と錦戸刑部の陰謀、鶴喜代君暗殺計画
  • 家宝「乱髪」の紛失
  • 稲妻郷助、熊川源五兵衛登場
  • 貝田勘解由と常陸之助國雄の共闘宣言

放埓を極める奥州守義綱は寵愛の島原の傾城・高尾を連れ、都の外れ船岡で新婚さんごっこをはじめる。このような遊蕩を勧めていたのは義綱の叔父で彼に悪意を持つ家老・錦戸刑部(ぎょうぶ)だった。その新居へ、家臣・貝田勘解由(かげゆ)の子息・源之助とその妻で伊達明衡の娘・松嶋が訪ねてくる。源之助はまだ若くただでさえ頼りない上にちょっと……いやかなりぼ〜っとしているため、松嶋は気が気でない。国許にいる松嶋の母の依頼で義綱の放蕩に諫言すべくやってきたものの、当然のように刑部に追い返される。そこへ「引っ越しの振る舞い食い放題と聞いて」とやってきたのが熊川源五兵衛。源五兵衛はかつて義綱に異見して退けられ、浪人の身となった旧臣だった。高尾を殺してやると意気込む源五兵衛と刑部は一触即発となるが、そこへ貝田勘解由が割って入る。勘解由は佞臣のみを重用する義綱を嘆き源五兵衛のような忠臣が帰ってきたことを喜んで、源之助・松嶋を供につけて自らの屋敷へ案内させる。それを不思議に思うのは刑部だった。実は刑部と勘解由は内通しており、二人して義綱を幽閉の上、その一子・鶴喜代君に後目を継がせて後見となった後に殺害し、政権を握ろうと画策していたのである。答えて勘解由は源五兵衛を取り込むことによって国元の邪魔な忠臣たちを始末させるつもりだと言う。二人が話していると、稲妻郷助が早駕籠で義綱を迎えにくる。刑部はチャンスとばかりに荒灘風之助に後を追わせる。

そこへ慌てた様子の貝田家の若党がやってくる。源之助が山中で鳥を追ってゆき、行方不明になったというのだ。勘解由は驚いて自ら山中を探し回るが、そこに現れたのは常陸大掾國香の末子・常陸之助國雄だった。國香はかつて義綱の祖父・秀衡と争ったが敗北し、一族はみな討死。当時幼少でひとり生き残った國雄は深山に入って変幻自在の幻術を習得したという。國雄は勘解由の逆意を知っており、その智力と自らの幻術でもって共に義綱を討つことを誘う。勘解由は、元々刑部はその権威を利用していただけであり、ことが済めば始末するつもりだったとして共闘を承諾する。そして、国を混乱させるために家宝の刀「乱髪」をすでに盗んであると告げた。國雄は勘解由に源之助を返し、二人は再会を誓って別れるのだった。

 

 

┃ 二段目 定倉の密書《京都・義綱の上屋敷

  • 義綱の二人の忠臣、伊達明衡と和泉定倉
  • 定倉が稲妻郷助に手紙を託す

義綱の一行は上屋敷に到着するが、いくら声をかけても門は閉ざされたまま。酔いつぶれた義綱を高尾が必死に介抱している。騒ぐ荒灘に、前門の門番・伊達明衡は近所の子どものイタズラとしてますます守りを固くしてしまう。後門に回るとそこを守っていたのは和泉定倉。定倉は一行のなりを見て一家に悪評を立てさせる偽物だというが、なにか様子ありげである。そのとき、酔った義綱の隙をついて荒灘風之助が斬りかかるが、稲妻郷助が刀を打ち落として成敗する。定倉は稲妻を褒め称え、一通の手紙を彼に投げよこす。稲妻はひとまず義綱・高尾を連れて上屋敷を後にする。

 

 

┃ 三段目 若君毒殺計画と源之助の孝行心《京都・貝田の屋敷》

  • 義綱にかけられた伽羅の下駄の呪詛
  • 勘解由、毒薬を入手する
  • 源之助の真実、その孝行心と忠心
  • 源五兵衛、絶体絶命

貝田勘解由は北野の北方に広大な屋敷を構えていた。狂言の稽古をしても冴えない源之助に思い悩む松嶋。源之助は親が決めた許嫁ではあるが、彼女にとってはその以前から心に決めていた男である。しかし祝言を挙げて間もないうちに源之助は「健忘」となり、それ以来様子がおかしいままで、人に侮られていることに悔し涙を流していた。そこに兄・千賀之助が国許へ帰るべく、旅装束で挨拶にやってくる。兄の許嫁で国許では姉妹同然に仲の良かった文字摺に宜しくという松嶋の言葉に返した千賀之助の「源之助殿にもご堅固を」という何気ない返事に当惑しつつ、彼を送り出す松嶋。

一方、座敷では源之助を追いかけて騙り山伏の奇妙院が祈祷の数珠を揉み、それを源五兵衛がからかっていた。源五兵衛はひとしきり笑い話をすると、酔いつぶれて寝てしまう。奇妙院はなおも源之助を追いかけて病魔調伏の祈祷をするが、源之助は彼の術を信じず相手にしない。奇妙院は自らの力を証明すべく、義綱の放蕩は刑部の頼みによって自分が履かせた伽羅の下駄の呪詛によるものであり、自らの懐中にある秘書に記された薬を飲ませればたちまち治るであろうと口を滑らせる。すると源五兵衛がむっくり起きだして奇妙院を殺してしまう。

そのころ、屋敷の奥の書院では、小姓・渡会銀兵衛、典薬・大場道益が勘解由を訪ねてきていた。道益は銀兵衛から依頼されていた毒薬を勘解由に差し出すが、毒薬の用途を聞かされた道益はその忠義から血相を変えてその場を立ち去ろうとする。しかし銀兵衛に道を塞がれ、勘解由に切り捨てられるのだった。

勘解由は松嶋を呼び出し、茶釜の湯で茶を点てさせる。松嶋が茶を差し出すと、勘解由はこの毒を鶴喜代君の食膳に混ぜれば即時に殺すことができるであろうと高笑いし、松嶋に茶を飲むように命じる。勘解由にとって松嶋の父・伊達明衡は計画に邪魔な忠臣であり、その娘は始末しておかねばならない存在だった。松島は舅の命令に逆らうつもりはないが、源之助とは夫婦と言いながらいまだ枕交わさぬ仲であり、無念なので命を助けて欲しいと乞い願う。そこへ慌てた様子の銀兵衛が戻ってくる。鶴喜代君の膳番を買収し食膳に毒を入れたものの乳母政岡に怪しまれ、膳番が首謀者を問い詰められたという。居合わせた刑部が膳番はじめその場にいた者すべてを手討ちにしたため詮議は逃れたが、いま評議の真っ最中と。それを聞いた勘解由は毒殺失敗にため息をつくが、他に逆意ある者を仕立てて罪を着せればよいとして銀兵衛を刑部のもとへ行かせる。

勘解由は松嶋へ向き直り、いよいよ生かしておけないとして刀を振り上げる。しかし逃げ惑う松嶋を斬ったのは突然現れた源之助だった。さらに源之助はその刀を自らの脇腹に突っ込むと、驚く父を前にしていきさつを語りだす。父の逆意を知っていた源之助は、それも子のためのことだと思い、愚鈍になったふりをして父に不忠の罰が下ったと思わせようとした。松嶋を斬ったのは妻に迷って父を妨げるわけではないという覚悟を示してのこと。子に迷って悪事をなし貝田の家名を汚すことのないよう、思い止まってほしい。瀕死の松嶋はその立派な言葉を聞いて喜び、現世の縁は薄くとも未来も夫婦でとすがりつく。しかし勘解由はそれを嘲笑い、子が死のうとも大望を翻すことはないと告げた。

そこへ現れたのは源五兵衛だった。すべてを聞いていた彼は勘解由に掴みかかろうとするが、源之助に取り縋られ、悪人であっても実の親、自分の四十九日までは父を殺すのを待って欲しいと懇願される。源五右衛門は源之助の孝行心に免じて勘解由を見逃すが、庭でその家臣に取り囲まれる。剛力で家臣たちを投げ飛ばす源五兵衛だったが、勘解由に投げつけられた茶釜の毒湯を浴びてしまう。毒におかされ目が眩む源五兵衛は最後のひと暴れと並みいる貝田の家臣たちを投げ殺し、蹴り殺していくのだった。

 

 

┃ 四段目 高尾の懐胎、稲妻郷助の忠義《南禅寺豆腐屋

  • 傾城高尾の実家、母と義妹
  • 隣家の謎の男・浮世渡平の登場
  • 定倉の手紙の中身と稲妻郷助の忠義
  • 義綱の伽羅の下駄の呪詛が解ける
  • 義綱の隠居

京都・南禅寺豆腐屋。店先ではこの家の娘・お幾を隣家の息子・重三郎が手伝い、焼き豆腐を作っている。隣家の主人は浮世渡平といって、火傷で顔が黒光りした素人には見えない男である。その渡平を訪ねてきたのは刑部の家臣・大木戸門兵衛だった。渡平の隣家の豆腐屋は傾城高尾の実家であり、義綱と高尾がここに逃げてきたときには始末して欲しい、そうすれば士分に取り立てると、渡平は屋敷での博奕の際に大木戸に目をつけられていたのだった。大木戸はひととおり念押しをして帰っていく。

ところでお幾と重三郎は恋仲だった。重三郎は以前は養子に出されていたが、その一家がみな亡くなったので実の父を頼ってここに住むようになったのだ。昼間っからイチャイチャするのを中断して、お幾は南禅寺へお参りに行っている母・お沢の迎えの支度をする。

そこへ町人に身をやつした秀綱と高尾が訪ねてくる。酔った秀綱はお幾に下駄を脱がせて足を洗わせ、証として履いていた下駄をやるから妻になるように言いつけ、ふらふらと家へ入る。お幾は姉高尾との久々の再会を喜ぶが、母は高尾のことを言い出すと不機嫌になると話し、なにはともあれ休息をと秀綱・高尾を奥の間へ通す。

その夕方、秀綱と高尾に遅れて稲妻郷助が南禅寺にやって来る。稲妻は豆腐屋を見つけ、ここが目当ての店なのかと来合わせた女に訪ねようとするが、その女は驚いて「神浪山左衛門様」と声をあげる。そして今度は逆に稲妻が「お沢様」と驚く。実は二人は旧知の間柄だった。16年前、稲妻はある女と馴染み女の子を産ませたが、女はほどなく亡くなった。その娘は辰の年・辰の月・辰の日・辰の刻の珍しい生まれだった。お沢は幼い娘がいたことを幸いにその子を引き取って乳を与え、実の子とともに姉妹のように育てたが、稲妻はある日何も言わず失踪してしまった。お沢の亡夫は実の娘も義理の娘も分け隔てなく育てようと言い、お沢は独り身となった今日まで大切にその娘を可愛がってきたという。稲妻は今の身の上を説明し、傾城高尾の親里を訪ねてきたと明かす。するとお沢は高尾は自分の実の娘・お種であると言ってまたお互い驚く。その様子を聞いていたお幾は本物の父に会えたとして稲妻に取り縋る。続いて高尾も走り出でて母との再会を喜ぶが、お沢は高尾を突き飛ばして戸口を締め切ってしまう。驚く高尾、しかし母は身に覚えがあるだろうという厳しい言葉。実はお沢の夫で高尾の父である高橋幸内教俊というのは秀綱の祖父・秀衡の家臣であり、いかに零落しても主君である秀綱に悪名をつけたことは先祖に申し訳が立たない、もう片時も高尾を秀綱と一緒に置いておくわけにはいかないという。馴れ初めの頃は秀綱に異見もしたが、次第にいとしくなって引き止めるようになり、このような自体を招いたと高尾は涙に暮れる。そして自分のお腹には秀衡の胤を宿していることを告白する。高尾はこの子を産むまでは自害もできない、せめて一緒にいさせて欲しいと戸を打ち叩くが、母が許すことはなかった。そこへ突然隣家の渡平が腕を伸ばし、高尾を家に引きずり込む。

深夜。稲妻は畠山重忠からの書状に思い悩んでいた。それは上屋敷を追い出されたときに定倉が投げよこしたあの一通だった。そこに認められているのは、秀綱の放蕩はすでに将軍頼朝の耳に入っており、本来ならお家お取り潰しのところを先祖の戦功を配慮して助けおかれている、その放蕩の原因となった高尾の首を討って家中を固め義綱を補佐すれば、重忠が将軍へ万事執り成すという内意だった。稲妻はお家のためと思ってこれを承諾したが、娘を長年育ててくれた恩人・お沢の実の娘を殺すことはできないと考え、高尾と年輩の近い自分の娘・お幾の首を討って偽首にするしかないと忍び泣き、奥の間へ去る。

入れ替わりに渡平が現れ、こっそり豆腐屋へ入り込んで仕掛けてある酒や田楽をひとしきりつまみ喰いする。そしてなにやら良い匂いがするといって、お幾が義綱から預かった下駄をくすねて戸棚に入り込んでいった。

一方、お沢はお幾に重三郎と別れるように言いつけていた。お幾はうろたえるが、現れた稲妻が親の異見を聞かぬ恩知らずと言って胸ぐらを掴み、外へ引き出そうとする。するとお沢が稲妻を引き止め、偽首が露見してはそれこそただでは済まされないとして、正しく高尾の首を討って欲しいと言う。お沢は先ほどの稲妻の独り言を聞いていたのだ。稲妻とお沢は互いに譲れない義理で争うが、お幾が「姉の身代わりになるので、願いを聞いてほしい」と言いだす。願いというのは身代わりをひと月、あるいは四・五年待って欲しいというものだった。稲妻は未練者と一喝して逃げ惑うお幾の髻を掴み、首を討ち落としてしまう。隣家から飛び出てきた高尾とお沢はお幾の死骸にすがり泣きし、稲妻もまた涙をこぼす。ところがそのとき、稲妻はお幾の髻に手紙が忍ばせてあることに気づく。そこには高尾の身代わりの覚悟はしていたこと、父がいざというとき臆さないよう未練者を演じてわざと首を討たれること、いままで育ててくれたお沢のことは真実の母と思っていること、そして、最後にひとつ願いがあるが、父の手前恥ずかしくここには書けないので推量して欲しい旨が書かれていた。お沢はそれは重三郎のことだろうと言って貧苦の不幸の中死んでいったお幾に涙を流す。

そこに渡平が現れ、奥の間に義綱がいるだろうとして通ろうとするが、怪しんだ稲妻が「証拠があるか」と引き止める。渡平が先ほどの下駄を火鉢へ投げ込むと周囲は伽羅の香に包まれ、伽羅の下駄を履いているのは日本広しといえども義綱よりほかにないと言う。渡平と稲妻は斬り合いになるが、渡平がお幾の死骸で稲妻の刀を受けた拍子に彼女の血が火鉢にかけられた燗酒へ流れ込み、渡平はその酒を提げて奥の間へ消える。それを追う稲妻の前に重三郎が仇と立ちふさがるが、攻防激しく、転んだ拍子に重三郎は一突きにされそうになる。そこへ「早まるな」との声、現れたのは奥の間で泥酔していたはずの義綱と、それを守護する渡平だった。義綱は、佞臣の悪計により正体を失い酒色に溺れていたがやっと正気を取り戻した、忠義のため娘を殺した稲妻には不憫をさせたと語りかける。様子のわからない稲妻だったが、代わりに答えたのは渡平、実はその正体は貝田の屋敷で毒湯を浴び容貌の変じた熊川源五兵衛その人であった。山伏・奇妙院の懐中の書に記された「義綱の呪詛を解く秘薬」とは、辰の月日が揃った生まれの女の肝の臓の血液を酒に合して伽羅で燗したものであり、お幾はまさにその秘薬の核心となる血を持った生まれだったのだ。稲妻と源五兵衛の忠義によって秘薬調合の条件が揃い、義綱にかけられた呪いが解けたのである。

義綱は二人の忠臣を持ったことを喜び、しかしながら家宝「乱髪」紛失の責任を取って鶴喜代君に跡を譲り、自らは砂川に隠居すると告げる。源五兵衛は、高尾は一旦義綱と離したほうがいいとして、重三郎に高尾の供を命じ近江路・真野へ向かわせる。また稲妻は高尾に仕立てたお幾の偽首を持って定倉の屋敷へ向かう。お沢はひとりの娘には生き別れ、ひとりの娘には死に別れ、ただひとり残される身を嘆く。こうして人々はそれぞれに別れ行くのであった。

 

 

┃ 五段目 大木戸門兵衛の琵琶湖漫遊《近江路》

  • 刑部家臣・大木戸門兵衛の高尾探し旅 with 浮世渡平

錦戸刑部の家臣・大木戸門兵衛は、浮世渡平ら家来を連れて近江路へやって来る。というのも、義綱の子を懐胎している高尾は定倉が首を討たせたと聞いているものの、実は落ち延びて近江路のどこかにいるとの間者よりの知らせ。高尾もろとも義綱の子孫を始末するため、刑部から家宝の刀「波の平行安」を預かってこの田舎まではるばるやって来たのであった。しかし大木戸は生き物を殺すのがものすごく苦手だったので、代わりを頼もうと渡平を連れてきたのである。しかし高尾の隠れ家は見つからず、疲れてしまった大木戸はみんなで休憩しようと言い出し、近辺の生まれであるという渡平からこの地に住むというカッパの噂を聞きつつ、浮御堂を眺めてのんびり琵琶湖観光をはじめるのであった。

 

 

┃ 道行  カッパ冠者登場《近江路その2》

  • 高尾・重三郎の旅と僧侶両拳との出会い
  • 琵琶湖に住むカッパ冠者、大木戸のケツの穴をしつこく狙う

重三郎と傾城高尾は夫婦の旅人に身をやつして近江路を急ぎ行くが、二人の心にあるのはそれぞれの恋人のことだった。道中で高尾は旧知の僧侶・両拳と出会い、同道することに。

やがて一行が浮御堂近くに差し掛かると、大木戸門兵衛がドヤって立ちふさがる。大木戸の堂々たる名乗りを無視して重三郎が斬りつけると、その豪剣で大木戸のMY刀はアッサリ折れてしまう。ビビった大木戸は渡平に高尾・重三郎の捕縛を命じ、ダッシュで逃げていく。邪魔者がいなくなると、渡平つまり源五兵衛は息子に何やら耳打ちし、高尾と重三郎に縄をかける。と、大木戸がダッシュで戻ってきて、都へ引っ立てよとドヤる。逃げられては問題になるのでここで討ち首にしようという渡平に、大木戸は人間の首討つとかマジ無理!倒れちゃう!と言い出す。そこで渡平は大木戸に向こうを向いているように言って、ひそかに二人の縄をほどき、傍の畑にあったスイカを叩き斬る。渡平はひたすらナンマンダブと唱えている大木戸に首実検を促すが、大木戸は怖すぎてそれを直視できない。しかし指の隙間からそーっと見てみると、生顔と死顔は相好の変はるもの……とはいえどうも目鼻がないような……っていうかスイカ? 浮御堂の側で血を流した咎で琵琶湖に住むおカッパ様に化かされてる? だから討ち首はヤダって言ったのにぃ〜! と大木戸が独り合点しているところへ家来たちが走り寄ってくる。大木戸はそれをカッパが化けたものと思い込んで騒ぐが、一同の説明でやっと本物の家来と認めてひと安心する。

そして大木戸が帰ろうとしたところへ両拳が立ちふさがる。両拳は浦島太郎十代目の末裔カッパ冠者乗好(のりよし)であると名乗り、大木戸にケツの穴を差し出すことを迫る。びびった大木戸はカッパの氏子?である渡平に金での取りなしを頼むが、カッパ冠者は金(玉)じゃなくてその後ろのケツの穴だと言って譲らない。カッパ冠者と「龍宮詞」で何やら相談した渡平は、龍宮界もおととしの飢饉で米価が上がりおカッパ様も金に困っている、有り金全てと「波の平行安」を差し出せばケツの穴は許してくれるらしいと大木戸に耳打ち。大木戸は有り金全部出すと帰りにソバも食えなくなっちゃうと渋るが、渡平は強引に財布を奪ってカッパ冠者へ差し出す。渡平はこれでカッパ冠者の機嫌が直ったと言い、皆には大福長者になる呪文が授けられるという。そうして渡平の教える“「龍宮詞」は難しいから日本詞に直した呪文”を囃しながら、大木戸一行はテンション高く帰っていった。

 

 

┃ 六段目 乳母政岡の忠義《鎌倉・奥御殿》 *今回上演部分

  • 鶴喜代君とその飯炊きをする乳母政岡、千松
  • 八汐・栄御前の来訪と毒菓子、梶原景時の介入
  • 千松の死と政岡の忠義
  • 家宝の系図書を巨鼠に盗まれる

鎌倉山にある義綱の奥御殿には、幼くして家督を相続した鶴喜代君が暮らしていた。しかし近頃は具合が悪く男性を嫌っているとして家臣らは退けられ、御殿は静まり返っている。

そこへ諸士頭信夫庄司為村の後室・沖の井御前、御前奉行渡会銀兵衛の妻・八汐が幼君の見舞いに訪れる。二人の訪問に、鶴喜代君、その遊び相手で政岡の息子・千松、そして乳母政岡が出迎える。食が進まないという幼君にと沖の井御前が食膳を差し出すと鶴喜代君は喜ぶが、政岡に睨みつけられ、やはりいらないと言う。続いて八汐は典薬大場道益の妻・小巻を招き入れ、夫に劣らぬ医術を心得ている彼女に鶴喜代君の脈を取らせる。すると小巻はこれはもう間もなく死ぬ脈であるという。しかし幼君はいつもと変わらない顔色であったので、沖の井御前や政岡は不審がる。そうやっているうちに沖の井御前が何かに気づき、長押の薙刀を取って天井をひと突きすると、曲者が落ちてくる。縛り上げられた曲者は、鶴喜代君暗殺をある者から依頼されたと告白し、その依頼人は政岡だと告げると、八汐はもともと政岡には目をつけていたと言う。証拠があるのかと問う政岡に、八汐は鶴ヶ岡八幡宮の神木の根元に埋められていた一通の願書を示す。そこには鶴喜代君を亡き者にして我が子を出世させたいという望みと、署名に忠臣であるはずの松ケ枝節之助、そして政岡の名が記されていた。政岡はそれは偽筆であると反論するが、八汐は政岡を牢に打ち込んで糺明し、今日からは彼女に代わって自らが乳母をつとめると告げる。それを聞いた鶴喜代君は自分も政岡と一緒に牢屋に入ると泣き出してしまった。そこに沖の井御前が割って入り、政岡は犯人ではないと言う。政岡は常々若君の側に仕えており殺す機会はいくらでもあるのに刺客を仕立てるのはおかしく、曲者が現れたのも小巻の診断とあまりにタイミングが合いすぎていて怪しい。またそのような大事を企む者が願書に名前が残るような下手を打つわけがない。沖の井御前はそう言い切って、曲者を拷問し真実の黒幕を吐かせるべきだとした。しかし八汐はなおも詮議が必要であるとして、沖の井御前・小巻と共に御前を退出する。

人がいなくなり、鶴喜代君は政岡に八汐の持ってきた食膳を食べたいとねだる。政岡は鶴喜代君が先ほど食膳に手をつけなかったことを褒め、しかし、現在この御殿に出入りする者誰も信用できないと言って、自らが食事の用意をするまで待ってもらえるように、鶴喜代君に空腹を我慢させているぶん千松の食事も一日一食に減らす忠義をさせているのだと話す。千松は武士の子なので「ひもじい」とは言わないと言い、また、鶴喜代君も大名は何も食わずに座っているものだと殊勝なことを言って、政岡の食事の支度を待つ。政岡は飯が炊けるまで千松に歌を歌わせて鶴喜代君の気をそらせようとするが、ひもじさのあまり歌声が涙交じりになってしまう。政岡がそれを紛らわせるように声をかぶせて歌っていると、愛犬の狆がやってくる。鶴喜代君は狆に先ほどの食膳をお下がりとして与えながら、自分も狆になりたいと言う。政岡は奥州を統べる大名である鶴喜代君に畜生に劣る辛抱をさせていることに涙するのであった。

やがて飯も炊き上がり、政岡が千松に毒味をさせていると、梶原平三景時の妻・栄御前が来訪したとの声がかかる。八汐を伴った栄御前は頼朝から鶴喜代君への病気見舞いとして菓子を持参していた。喜んだ鶴喜代君が手をつけようとすると、政岡は病気に障るとしてそれを遮る。栄御前は頼朝の仰せに背くのかと迫るが、奥に下がらされていた千松が走り出てきてその菓子を口に入れる。すると千松は菓子箱を蹴散らして苦しみ出し、それを見た八汐が突然懐剣で千松を刺す。八汐は頼朝公の菓子を足蹴にしたから成敗したと言うが、政岡はとっさに鶴喜代君を自分の部屋に隠しただけで、我が子が目前で死んだというのに顔色を変えない。それを見た栄御前は沖の井御前と八汐を下がらせ、政岡と二人きりになる。栄御前は日頃からの大願が成就したであろうと政岡に擦り寄る。我が子の出世のため、政岡はひそかに千松と鶴喜代君を入れ替えており、目の前で「千松」が死んでも動じなかったのはそのためだろうというのだ。栄御前は政岡も自分たちと同じく奥州守に逆意を持つ者、景時の指図は後ほどとして悠々と去っていった。

そうして政岡は一人きりになる。慎重に周囲を伺った政岡は死骸を抱き上げ、大きく嘆く。死んだ子どもはやはり千松で、幼いながら母が言日頃い聞かせていた忠義を心得て、鶴喜代君が食べるはずだった菓子を毒とわかって先に口に入れたのだ。千松が死んでは鶴喜代君を病死と見せかけて毒殺する計画が露見するため、焦った八汐が毒死する前に千松を刺し殺したのである。我が子が目の前で殺されたことに動じなかった政岡を見て、政岡の取り替え子の噂を耳にしていた栄御前は彼女も味方と独り合点してその奸計を告白して去ってゆき、鶴喜代君と奥州は千松の命によって守られたのだった。親というものは子どもの毒になるものは食べないように叱るはずだが、それとは逆に毒と見れば食べて死んでくれと思っていたという忠義ゆえの自らの非道さを嘆く政岡。烈女と思われていた政岡もまたひとりの母親であった。

だがそれを聞いていた八汐が姿を見せ、計画を聞かれては生かしてはおけないと迫る。しかしさらにそこへ沖の井御前と小巻が現れて、不義不忠の企みを明かせと言う。実は小巻は八汐らの悪計に加担するふりをして勘解由に殺された夫の仇を討つ機会を狙っており、政岡が取り替え子をしているという虚報を流したのも彼女だった。八汐はもはやこれまでと懐剣を抜き政岡に挑みかかるが、政岡に刺されて死ぬ。しかしそのとき縁の下に人の気配がして多数の忍びが姿を見せ、駆けつけた松ヶ枝節之助が応戦する。そのすきに巨大な鼠が家宝の系図書をくわえて走り去ろうとするが、節之助がその頭に向かって小柄を投げると炎が立ち上がり、異形の者が姿を見せる。異形の大鼠はこの系図書が目的であった、大願成就だとして節之助に小柄を投げ返し、姿を消すのであった。

※注 文楽座現行上演は一部相違点あり。詳細は公演感想記事にて。

 


┃ 七段目 忠臣明衡の豹変《奥州》

  • 伊達明衡と和泉定倉の不和
  • 両家の許嫁、千賀之助と文字摺

国許、奥州。今日は秀衡公の命日である。和泉定倉の妻・象潟御前(さきがたごぜん)と娘・文字摺が定倉に代わっての参廟の道中に休憩していたところ、京都からの上使、そのもてなし役の伊達千賀之助と行き合わせる。象潟御前らに同道していた和泉家の家臣・萩原藤治は上使に、旧来よりの定倉の領地が急に伊達明衡の配下に置かれることになった意を尋ね、領地を戻して欲しいと頼む。藤治の意図はこの一件が両家の確執の元になってはと考えてのことからだったが、上使は領地配分は鶴喜代君のみならず梶原景時の内意によるもので、このような尋ねは定倉の差し金であり、後日それなりの沙汰があるだろうと大上段に答える。藤治と上使は一触即発となるが、象潟御前が割って入って取りなし、渋る藤治を定倉のもとへ帰す。上使は象潟御前の茶のもてなしを横柄に断るも、千賀之助が袖の下を渡すと途端にご機嫌となり、象潟御前とともに幕の内へ入っていった。

残されたのは千賀之助と文字摺。千賀之助の父・明衡と文字摺の父・定倉の二人はお家の両輪と言われた忠臣であったが、近頃両者は不和であり、千賀之助は刑部や勘解由といった佞臣らと通じているらしい父の様子に不審を抱き思い悩んでいた。しかし文字摺が気にしているのは千賀之助との婚礼がいつかということで、お家のことばかり考えている千賀之助に恨み泣きする。すると向こうから当の明衡がやってくるではないか。千賀之助はこのような体を見られてはと姿を隠す。出迎えた象潟御前に、和泉家は娘の縁談を利用して領分を取り戻そうとしているのだろうと言う明衡。象潟御前は聞き捨てならないとして懐刀に手をかけて詰め寄るが、明衡はそれを躱し、縁談は破棄すると言って立ち去ろうとする。そこに隠れていた千賀之助が飛び出て、日頃に似合わぬ父の不忠の言動は、よもや勘解由や刑部の陰謀に加担しているのではないかと異見しようとするが、象潟御前が遮って、明衡の本心の善悪がわかるまでは千賀之助を人質にと、千賀之助と恥ずかしがる文字摺をひとつ駕籠に押し込めて館へ向かわせる。

 

 

┃ 八段目 明衡・定倉の本心《奥州・和泉定倉の屋敷》

  • 和泉定倉屋敷の先君遺愛の萩
  • 錦戸鷲五郎の明衡告発
  • 謀反の証拠、連判状の存在
  • 千賀之助・文字摺の覚悟
  • 明衡・定倉の計略と明衡の京都出立

その後日、奥州衣川の和泉定倉の屋敷では、返り咲きした庭の萩の木を眺めながら主人・和泉定倉と千賀之助が庭仕事の休息をとっていた。萩の木は定倉が秀衡公から賜り、自ら手入れしている愛樹だった。そこへ象潟御前と文字摺も加わって一家で一献傾けているところ、文字摺は父に千賀之助との祝言を今夜挙げさせて欲しいと頼み込む。しかし定倉は明衡の本心を見極めてからとして退ける。千賀之助は父明衡の忠心は定倉が一番よく知っているはずであり、しかし父が不忠を働くのであれば定倉から諫言して欲しい、もし父に逆意あれば父を殺して自分も切腹すると言う。定倉はその健気さに感じ入る。

そこへ錦戸刑部の子息・鷲五郎がはるばる京都から訪ねてきたという知らせが入る。鷲五郎を迎えた定倉が来意を尋ねると、国許に潜伏する逆徒を捕縛するためだという。その国賊とは明衡であり、今度の領分変えも梶原景時の名を騙ってのことだと言い、鷲五郎は定倉に武装蜂起を促す。父を侮辱された千賀之助が証拠あってのことかと迫ると、鷲五郎は一通の書状を取り出す。それは明衡が松ヶ枝節之助に宛てたもので、妹・政岡と共謀して鶴喜代君を毒殺せよと命じるものだった。千賀之助は偽筆であると言って逆上し、なおも明衡親子を嘲る鷲五郎と斬り合いになりそうになるが、取り成した定倉が鷲五郎を連れて奥の間へ入る。

しばらく後。庭の萩の木の陰から曲者が現れ、座敷へ入ろうとしたところを奴・栂平(とがへい)が捻り上げる。来合わせた定倉が曲者の落とした書状を開くと、定倉を討てば金子を与えるとした明衡からの証文。するとそこに伊達明衡来訪の知らせが入る。定倉は明衡を迎え入れ、先ほどの書状を突きつけて悪計を白状せよと言うと、明衡は偽筆をもって謀るとは愚かであり、武士ならば勝負せよと言う。二人はついに刀を抜き合わせるが、そこへ象潟御前が割って入り、二人がここで殺しあってはそれこそ不孝不忠であり十分思案すべきであると引き止める。二人は象潟御前の賢慮に刀を納め、別々の部屋に下がる。

一方、庭先では鷲五郎、曲者、栂平が密会していた。実は鷲五郎は刑部の命で定倉・明衡の両人を同士討ちさせるために来訪したのであり、栂平は実はその仕込みのために和泉家へ入り込んだ間者だった。鷲五郎にはもうひとつ目的があり、それは国許に残した謀反の連判状の回収で、栂平の働きによってそれを落手した鷲五郎は定倉に見つからぬようにと曲者に託し、京都の刑部のもとへ届けさせることに。栂平はあとに残り、三者は表へ裏へと別れていった。

一方、明衡と二人きりになった千賀之助は父に差し寄り、先ほど鷲五郎が差し出した偽筆は明衡と定倉を同士討ちさせるための計略であり、本当に逆心がないのなら定倉にそれを打ち明けて共にお家の危急を救って欲しいと涙する。しかし明衡は腕を組んだままで返答をしない。そこへ突然障子を引きあけ定倉が現れる。文字摺が定倉に勘当を願い出たのだ。文字摺はこのようになっては千賀之助との話は破談であり、それなら親と縁を切って武家の義理を捨てても千賀之助と添いたいという。一方、千賀之助は無言の父に業を煮やし、お家に仇なすなら自分を勘当して先祖への忠義を立てさせて欲しいと乞う。すると明衡は弓を射って奥の襖に描かれた雪持ち松に当てれば勘当してやると千賀之助に告げる。また一方、定倉も文字摺を絶縁するか否かは八幡神の教えに従うとして、同じように襖の雪持ち松を射るように命じる。千賀之助、文字摺は涙の中、同時に親子別れを決める弓を取るが、文字摺は的を外し、千賀之助の放った矢は雪持ち松を射抜く。明衡は見事的を射抜いた千賀之助を褒め称え、自らは京都へ赴き、千賀之助は勘当の上その行く末を定倉に任せるという。

驚く千賀之助と文字擦に、二人の父たちはいきさつを語り出す。明衡と定倉は勘解由・刑部の鶴喜代君暗殺の陰謀に気付き、京都の内裏へ注進に向かおうとしていたが、一味が梶原景時と内通しているゆえに非常に危険な役目であり、その忠義をどちらが取るかでは、子どもたちに弓矢の勝負をさせて勝ったほうと約したという。明衡が勘解由らに近づき、定倉との不和を装っていたのは逆臣たちの目を眩ませ時間を稼ぐためであった。明衡は早々に京都へ発つといい、千賀之助は定倉を父と思い、文字摺を妻とせよと告げる。

そこに鷲五郎が現れ、様子を聞いた上は全員を始末するとして狼煙の鉄球を庭に投げつけると、昇り立つ煙とともに萩の木に咲いていた花はすべて散ってしまう。この狼煙を合図に刑部の軍兵が蜂起すると言う鷲五郎だったが、現れた以前の曲者が軍兵は定倉の計らいで全滅した、尋常に観念せよと言う。なんと曲者の正体は熊川源五兵衛であり、かの連判状も彼の手の内となっていた。悔しがる鷲五郎は仕掛けておいた地雷で地獄へ道連れにしてやると凄むが、定倉は萩の返り咲きによって地雷による土中の陽気の異変を察し、密かに衣川の水を引き入れて地雷を破壊していた。さきほど萩の花が急に散ったのは、地雷の陽気を失ったためだったのだ。定倉はお家の凶事を知らせる萩の木に、先君秀衡公への畏敬を込めて「先代萩」と名を付ける。鷲五郎は死にもの狂いで定倉に斬りかかるが、逆に刀を奪い取られて首を討たれてしまう。

これで両家の疑念は晴れたとして、定倉は妻に千賀之助・文字摺の祝言の支度をさせる。明衡は連判状という確かな謀反の証拠を手に入れたからには息子の祝言を待たず京都へ上るというが、定倉はそれを押しとどめて逆臣の中にただ一人十分に注意をされよと言う。千賀之助は国許の守りを固めるとし、勇む源五兵衛は野に伏勢あるときは帰雁列を乱すとして松の枝に潜んでいた栂平を手裏剣で撃ち落とす。こうして明衡は一同に見送られて京都へと旅立つのであった。

 

 

┃ 九段目 お家騒動の評議《京都・決断所》

京都。訴訟の裁判を司る決断所では、幕府の重臣畠山重忠梶原景時の二人を前に、伊達明衡が貝田勘解由の謀反を訴え出ていた。勘解由は明衡の追求に言い逃れを続け、梶原はその肩をもつが、重忠は謀計の証人があるとしてひとりの男を呼び出す。それはあの連判状を携えた熊川源五兵衛だった。重忠はお家転覆に賛同した者の名の入った連判状を披見せよと言うが、焦った梶原は確認するまでもないと押し止めようとする。しかし明衡が巻物を開いてみると、中身はまったくの白紙。梶原は白紙を証拠として決断所を謀るとは大罪であり、明衡ひとりの所存でなく鶴喜代君の指図に違いないと声を荒げる。

一方、貝田家屋敷の奥座敷では鼎を前にした常陸之助國雄がおどろおどろしい姿で呪文を唱えていた。いまこそ奥羽国を転覆し父國香の仇をとる時と、彼のこの呪法こそが連判状を濯ぎ白紙にしたのである。その背後から外記左衛門が國雄を斬ろうとするが、呪法に気圧されて逆に自分が真っ二つになってしまい、その血が流れ込んだ鼎は水が逆巻いて炎が燃え立つ。この血の穢れを受けて國雄の呪法は霧散し、来合わせた松ヶ枝節之助が彼を追い詰める。節之助は鎌倉の奥御殿から家宝の系図書を奪った大鼠の正体もこの國雄であると見破る*3

さらに一方の決断所。梶原はお上を欺く白紙の連判状は鶴喜代君の落ち度であるとして、お家断絶の上、一家もろとも縄をかけて牢に打ち込むようにと言い立てる。しかし重忠は白紙の連判状は明衡ひとりの計略であろうと言い、明衡ひとりが切腹すれば鶴喜代君に累が及ばないように計らうことを示す。明衡は切腹を受け入れ、ほくそ笑む勘解由は介錯を申し出る。明衡が差添に手をかけようとしたそのとき、評議の間に系図書を携えた節之助が駆け込んできてそれを押しとどめる。節之助は、勘解由と手を組んだ國雄を葬ったこと、高尾が義綱の隠居先で無事姫君を産み、それを狙った間者を捕らえたことを告げる。勘解由はなおも白紙の連判状が無実の証拠だと反論するが、節之助は國雄の幻術が解けた今、元通りに文字が戻っているはずだと明衡に促す。明衡が連判状を開いてみるとそこにはまさしく謀反に賛同した者たちの名が連ねられていた。しかしその名前を読み上げ終わらないうちに明衡は勘解由に切り捨てられる。勘解由は飛鳥の如く逃げ、節之助がすかさずそれを追う。あまりの勢いに梶原はドン引きするが、重忠は悠々とあの一刀両断こそ盗まれた名刀「乱髪」の威力であり、勘解由の謀反の証拠だと言う。勘解由と節之助の激しい斬り合いの中、重忠は休憩〜とばかりにノンビリ構えるが、梶原は恐ろしさのあまりものすごい勢いで逃げていった。そして源五兵衛と節之助はついに勘解由を追い詰め、成敗する。重忠は家宝「乱髪」と系図書が無事に戻ったことを喜び、錦戸刑部は遠流の刑に処すとして、源五兵衛・節之助ともどもお家の栄えを寿ぐのだった。(おしまい)

 

 

 

┃ 参考文献

 

 

 

*1:鎌倉〜室町期にあったポジションで、政務について裁決を行う要職、地方に置かれた。

*2:幼君の遊び相手をつとめる小姓のこと。

*3:原文ではそう読めるが、現行上演では貝田勘解由が鼠に化けていたと処理しているようです。