TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

文楽 上方文化講座(4)『妹背山婦女庭訓』(四段目)講読 大阪市立大学

寛治さんのこと、昨日、蝠聚会で清介さんからもご報告があった。8月に拝聴したばかり。寛治さんはしんからの芸人さんだったんだなと思う。

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上方文化講座、1日目4限目と2日目1限目は久堀裕朗先生による「『妹背山婦女庭訓』(四段目)講読」。「杉酒屋の段」と「金殿の段」を中心に床本を読むという内容。

講読なので、実際の授業では原文を読みながら言葉の意味・掛詞等のレトリック説明や人形の出入り・見せ場の解説、原文(=初演当時の丸本)と現行文楽の違いを説明していくのだが、それそのままの記事化は難しいため、エッセンス的な部分のみをまとめたいと思う。言葉の解説や対訳にご興味のある方は、小学館から出ている『新編 日本古典文学全集77 浄瑠璃集』に妹背山の全文校注・現代語訳が載っているので、そちらを参照されたい。言葉等の解説はそれとほぼ同じでした。私も予習で使いましたが、注が充実していてわかりやすいのでおすすめです。

 

『妹背山婦女庭訓』(四段目)講読 INDEX

 

 

 

┃ 浄瑠璃原文の読み方

文学全集等に掲載されている原文の右肩についている記号の読み方の一例を以下に示す。

  • 例1 詞/地の移行
  • 例2 謡がかり

古典文学全集に載っている詞章は基本的に丸本から引用されており、現行文楽とは語り方が異なる(現行と照らし合わせるとその記号が意味をなさない)ことがあるので注意。

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┃ キーワード

詞章の中に登場するキーワードについて、重要なものを解説する。

▶︎井戸替

井戸の中の水をすべて汲み出し、底を浚えて掃除する行事。7月7日、七夕の日に行われることが多かった。 

 

▶︎七夕に供へ祭りし二つの苧環 

当時の七夕では、女性は織女にあやかり、裁縫の上達を願って針と糸関係のアイテムを供えていた。供えるアイテムは説によって様々だったが、お三輪が寺子屋で習ったという苧環は、その七夕道具の一種。

  • 『四季仮名往来』1678年(延宝6年)
    七夕祭の事は、七日の夜、御殿の庭に机四脚たて、燈台九本をともし、机の上に色々の物を向け、琴に柱たてゝをく。(略)たらひに水をいれて大空の星をうつす。牽牛織女二つの星あひあふ夜なり。香花を供へ歌文などを庭に起き、棹の端に五色の糸をかけて、一色を祈る。富を祈り、寿(長寿)を祈り、また子なき(子をもうける)を祈る。一色を三とせ折れば、必ずかなふと申し伝へ候。女はその夜、かの星に向かひて、針に糸を通し、ものをよくぬふ事を祈るゆへに願いの糸とも申すなり。

 

▶︎道行の地名

「道行恋苧環」には「芝村」「箸中村」「釜が口」「柳本」「帯解の里」「布留の八代」「葛城の峰」「奈良坂」といった多くの地名が織り込まれている。移動としては、三輪から奈良市街へ北上していく形になるが、地名の並び順は必ずしもまっすぐ一本線にはなっておらず、若干ガタガタしている。現在の地名表記とあわせて確認されたい。

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※奈良坂は時代によって指し示す場所が変化するので注意。

 

 

 

┃ 戯曲としての仕掛け

▶︎恋のため肉親を裏切る姫君

近松半二作品に何度も見られるモチーフ。

  • 『本朝廿四孝』1766年(明和3年)……八重垣姫(長尾謙信の娘)
    武田勝頼から、父・長尾謙信を裏切り、離れにまつってある諏訪明神の宝物「法性の兜」を盗むよう迫られる。
  •  『太平頭鍪飾(たいへいかぶとのかざり)』1770年(明和7年)……時姫(北条時政の娘)
    現行『鎌倉三代記』の原型となる作品。三浦之助から、父・北条時政を討つように迫られる。

 

▶︎鹿笛

入鹿に正体を失わせるキーアイテム・鹿笛も、牝鹿は秋に鹿笛の音を牡鹿の鳴き声と思って恋に悩む……といったような、鹿系生命体を惑わせる道具として当時認識されていたようだ。

  • 徒然草』第九段
    されば、女の髪すぢを縒れる綱には、大象もよく繋がれ、女のはける足駄にて作れる笛には、秋の鹿、必ずよるとぞ言ひ伝へ侍る。自ら戒めて、恐るべく、慎むべきは、この惑ひなり。
  •  浄瑠璃『入鹿大臣皇都諍(いるかだいじんみやこあらそい)』第四
    鹿の生血を取て薬に合せ。入鹿が母に呑せしかば。案のごとく健やかなる男子出生。鹿の血の胎内に入りしを以て入鹿と呼は此謂(中略)幼少の時分より笛の音を聞と余念なし。誠や秋鹿の妻乞笛。いよいよ畜生と推量し。古き諺に美人のはける足駄にて。鹿笛を作れば異なる音色を出すと有り。美人といふは万人の目にみめよしと見る女。其器量を尋ねん為傾城町を赦せし所。鳴川の傾城春日野。万人の好風情。彼が足駄を取り寄せ。鹿笛は勿論横笛のせみに入れさせ。試み吹て聞かせばそのしるし。六天魔王と荒れたる時も。たちまちしづまる笛の妙音。足駄さへなづむ入鹿。
    →『入鹿大臣皇都諍』は1743年(寛保3年)、竹田出雲作。『妹背山』の先行作の一つ。

鹿笛の形状について、『妹背山』劇中では横笛だが、鹿笛というのはどうも本来横笛ではないらしい。『入鹿大臣』が横笛に設定したのを受けて『妹背山』でも横笛を小道具として使っているようだ。

 

 

 

┃ 大道具について

おまけ。近代以降の「道行恋苧環」「山の段」の大道具(美術)の変遷について、道具帳(大道具の設計スケッチ)を見ながら検証していく。 

▶︎道行恋苧環〜神社の鳥居〜

「道行恋苧環」の舞台ではどこかの神社の鳥居前らしい書割が設置され、橘姫・求馬・お三輪がその前で踊っているが、この神社はどこなのか。結論から言うと、前述の通り、詞章からするとこの神社は布留の社=石上神宮(いそのかみじんぐう)である。

このとき注目したいのは神社の鳥居の形。実は過去の道具帳を辿っていくと、鳥居の形が2種類あることがわかる。平成以降の最近の上演で多いのは普通の鳥居(明神鳥居)だが、時折、あるいは明治期の記録を見ると、鳥居の両足の左右にさらにプチな鳥居がくっついたデラックス感ある鳥居が描かれていることがある。以下の図の左、明治31年御霊文楽座公演の鳥居をよく見ていただきたい。

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※2016年文楽劇場公演の実際の舞台写真(関西舞台株式会社webサイト)

これは「三ツ鳥居」というもので、実はこれは三輪山をまつる大神神社(おおみわじんじゃ)を象徴する特殊な形状の鳥居である。詞章の上ではここは石上神宮のはずであり、石上神宮は通常の明神鳥居なので三ツ鳥居になっているのはおかしいのだが、前半の舞台が三輪であり、三輪伝承をもとにしたストーリーであることから、意図的に三ツ鳥居が描かれていたと考えられる。

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初演時の番付より(レジュメのスキャンなので書き込みがあってすいません)。ここに描かれているのは三ツ鳥居。もっとも、これは道行の場面をそのまま写実的に描いたわけではなく、イメージイラストになっているそうだ。求馬(左)と橘姫(右)のあいだにいる苧環を持った不審者は鱶七とのこと。

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▶︎山の段〜吉野川の川幅〜

TPO(?)によって変化する大道具はほかにもある。これは久堀先生的には劇場に憚って触れることを遠慮しているとのことだが、書いちゃう。三段目の「山の段」の美術が吉野川を挟んで上手に背山、下手に妹山が配置されたシンメトリーであることはこれまでに述べてきた通りであるが、注目したいのはこの二つの山を隔てる吉野川である。明治期の道具帳といまの大道具をよく見比べてもらいたい。

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※2016年文楽劇場公演の実際の舞台写真(関西舞台株式会社webサイト)

 

……………………吉野川の川幅が狭まってるぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!

明治時代にはステージ間口いっぱいにまであった川幅が今や三分の一っ!!!! 人類のエゴによる環境破壊の影響でしょうかっ!?!?!??!?

これ、時代を追ってつぶさに道具帳を見ていくと、近年の上演になるに従ってどんどん川幅が狭まってきているらしいのだが、理由は謎のようだ。最近は川岸に岩があって、より狭く見える様子。

私個人の考えを書かせてもらうと、人形の川岸での演技がかなり多いので川岸を広めに設計しているのではないか、そもそも文楽劇場はステージの間口が広すぎなので川幅は昔から狭まってなくても相対的に狭く見えるのではないか、……と、そう理由を想像している。川幅が広いのは美術としては確かに見栄えがするけど、じゃあ肝心の人形さんが演技すると、川幅のせいで人形の見栄えが下がるんじゃ……?となるもんね。今後、吉野川の川幅がどうなっていくのか、注目していきたい。

おまけ。江戸時代の人形浄瑠璃版「山の段」の錦絵を国立劇場が所蔵しているらしくて、文化デジタルライブラリーで閲覧することができる。これだと妙に川幅が狭くて笑います。

www2.ntj.jac.go.jp


 

 

−−−−講義ノートここまで−−−−

 

 

講義の最後に、参考として「道行恋苧環」の古い映像の上映があった。1921年(大正10年)1月松竹蒲田制作の『日本の人形劇』という作品で、フランスのアルベール・カーン博物館が所蔵しているフィルムから起こされたものだという。無論当時はサイレントだが、無理矢理別音源を合成されていた。大正時代のフィルムというと損傷が激しいものも多いが、これは結構綺麗でスクラッチやジャンプも少なく、お三輪・求馬・橘姫が三人揃って可愛らしく踊る様子がよくわかった。よくこんな綺麗な状態で残ってたな。フランスよありがよう。人形遣いはそれぞれ吉田文五郎、三代目吉田玉造、初代吉田栄三で、全員肩衣姿だった。でもやっぱりいまと人形の遣い方が違いますね。動きがゆったりしていておおらかで、言ってみればあんまり揃っていない。いまよりも舞踊感が薄く、ナチュラルな動き。人形の遣い方って戦後のある時期から急速に洗練されるように思う。その前の、原型の姿。

このフィルム自体は国内に存在せず(複写等もなし)、また、これが現存で文楽最古の映像であるらしい。この映像自体は『二世豊竹古靱太夫義太夫名演集』の付録DVDに全編収録されているそうだ。『日本の人形劇』といっても実は文楽だけで、楽屋風景や十種香・奥庭も入っているとのこと(以下リンク先、Amazonの商品情報に収録内容の詳細あり)。

二世豊竹古靱太夫(山城少掾)義太夫名演集(DVD付)

二世豊竹古靱太夫(山城少掾)義太夫名演集(DVD付)

 

ところで、映画保存協会が毎年「映画の復元と保存に関するワークショップ」というのを行なっているが、今年はその題目に文楽の『伽羅先代萩』の修復作業に関する話があったようだ。これはいつのものなのだろう? 今年は京都開催なのでまったくのノーチェックだった。修復が完了したら国立映画アーカイブで上映するか、早稲田の演劇博物館で観られるようにして欲しい。*1

第13回映画の復元と保存に関するワークショップ|映画保存協会(FPS)

 

次回は技芸員さんのトークショー形式の講義「『妹背山女庭訓』−太夫・三味線の芸」で、津駒さん&清介さんのご登場です。

 

※2日目2限目には中国演劇ご専門の松浦恆夫先生による「『妹背山婦女庭訓』と中国演劇」という講義があったのだが、大変興味深い内容だったものの、趣旨が『妹背山』からかなり離れているため、記事化は割愛する。内容としては、中国伝統演劇・越劇(伝統とは言ってもわりと近代発祥)で有名な『梁祝化蝶』という演目と、その元となった「人が/女性のスカートが蝶になる」等のモチーフを含む説話について。中国史・中国文学等の知識がないので、ついていくだけで精一杯だった。本当、勉強しなくてはいけないことって、たくさんあるね。

 

 

┃ 参考文献

  • 『新編 日本古典文学全集77 浄瑠璃集』鳥越文蔵他・校注訳/小学館/2002

 

┃ 上方文化講座記事INDEX

上方文化講座2018 カテゴリーの記事一覧 - TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

 

 

旅行記その3。天橋立から北上、舟屋で有名な伊根へ行った。海沿いに立ち並ぶ建物がほぼすべて舟屋。陸側(道路側)から見ると一般住宅のように見えるのだが、海側から見ると舟屋になっている。舟屋というのはどうも離れの一種のようで、海と反対側に道路挟んで向かい側に母屋があり、そこと舟屋をラフなスタイルで行き来している方々を見かけた。

伊根は知名度が上がり始めたのが最近&交通がかなり不便なためか、あまり観光化されておらずとても穏やかで静かな町。訪問した日には祭りの準備が行われていて公民館からは賑やかな声が上がっていて、舟屋内で漁具の手入れをする漁師さん、軒先で煮干しを干しているお母さんの様子などが見らる、ごくふつうの漁師町という風情。

ただ、クソ凶暴なトンビが遊覧船に乗っている人間を狙って飛んでくるのがやばい。船上からカモメへのえさやりがOKになっていて、船内でかっぱえびせんを売っており、そのかっぱえびせんを狙っているのである。まじ、『良弁杉由来』の志賀の里のワシみたいな勢いで巨大トンビが飛来し、子供にガンガン襲いかかっていた。

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*1:フィルムセンター、歌舞伎の記録映像上映はやるのに文楽はやらないの、恨。しかも大ホールでやるとか。いや、そもそも文楽の映像自体がほとんどないんだろうけど、逆恨みしてます。写真美術館は『冥途の飛脚』上映したのでえらい。えらすぎる。