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文楽 上方文化講座(3)三輪山伝承の系譜 大阪市立大学

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上方文化講座、1日目3限目は趣向が変わって、日本中世文学・大坪亮介先生による「三輪山伝承の系譜」。

三輪山伝承は『妹背山』四段目の題材となっているとよく言われるが、ではその三輪山伝承とは具体的にどのようなものなのか。古典文学や類似した伝承・民話を辿りつつ、民俗学的・文化人類学的見地からその系譜を見ていく。

ただ『妹背山』からはかなり話が遠く、類推が多いので、ご興味のある方はという感じです。

 

三輪山伝承の系譜 INDEX

 

 

┃ はじめに

本項では、四段目にまつわる以下のモチーフを、三輪山伝承をはじめとした説話という視点から分析する。

  • 正体不明の男(求馬)
  • 女(お三輪)
  • 苧環
  • 嫉妬

 

┃ 三輪山伝承の源流…[上代苧環と神と蛇

お三輪=三輪山の麓に住む娘 という点から、まずは三輪山伝承といわれる説話を探っていく。

 

1. 『古事記』中巻「崇神天皇

活玉依毘売(いくたまよりびめ)のもとに夜ごと通ってくる容姿端麗な男がいて、毘売は身ごもった。両親は男の正体を確かめるため、巻いた麻糸を針に通して、男の衣に刺した。翌朝になると、糸は戸の鍵穴を通り抜けていて、そのあとを辿ると三輪山の神の社に続いていた。男は三輪山の神・大物主であった。毘売の家に残った麻糸が“3勾(みわ。3巻き分)”だったことから、その地は「三輪」と呼ばれることになった。

  • 正体不明の男
  • 男の衣に糸をつける
  • 男の正体は神

三輪山伝承の基本形。
 

2.『新撰姓氏録大和国神別の伝承
新撰姓氏録』とは、古代の氏族について記した文献。815年成立。

玉櫛姫は大国主命の末裔・大神(おおみわ)朝臣と結婚したが、夫は夜明け前になると去ってゆく。そこで姫は夫の衣に糸をつけてそのあとを辿っていくと、真穂御諸山(まほみわやま=三輪山)へ至った。糸が3榮(みわ)残ったので、この姓を「大三榮」という。

  • 正体不明の男
  • 男の衣に糸をつける
  • 男の正体は神

 

3. 『日本書紀』巻五 崇神天皇十年九月条

倭迹迹日百襲姫命(やまとととももそびめのみこと)は大物主神の妻となったが、夫は夜にしか訪れない。姫が顔を見せてくれるように頼むと、夫は「あすの朝、櫛笥(くしげ)の中を覗きななさい。しかし驚いてはならない」と告げる。翌朝、姫が櫛笥を開けると、中には蛇が入っていた。姫が思わず声を上げると、大物主は怒って御諸山(三輪山)へ帰っていった。

  • 正体不明の男
  • 男の正体は蛇体の神

→蛇=三輪山伝承では重要なモチーフ。三輪の神は蛇体の男神といわれることも。

 

4. 『肥前国風土記松浦郡

弟日姫子(おとひめこ=松浦佐用姫)のもとに、任那朝鮮半島)へ渡った夫・狭手彦(さてひこ)によく似た男が通ってくるようになった。不思議に思った姫が男の衣に糸をつけてそのあとを辿っていくと、沼に着いた。そこで姫が見たものはの姿だった。蛇は男の姿となり、恋の歌を詠む。姫の従女が親族にこのことを知らせ、人々が沼へ向かうと、そこには姫と思われる死体があった。

  • 正体不明の男
  • 男の衣に糸をつける
  • 男の正体は蛇

 →三輪山伝承の変形版。

 

 

┃ 三輪山伝承の展開…[中世]苧環と蛇体の神

1. 『平家物語』巻八 緒環

豊後緒方氏(緒方維義)の起源が書かれている。

豊後国の山里にいた娘のもとに夜毎通ってくる男がいて、やがて娘は身ごもった。娘は母の教えに従って男の衣に苧環の糸をつけ、そのあとを辿っていくと、大きな岩屋の前についた。娘が呼びかけると、「わたしは人の姿ではない、会えば驚くだろう。すぐに帰りなさい。お腹の子は男子で、武芸で九州・壱岐対馬にならぶ者はいないであろう」という声が返ってくる。岩屋の奥にいたのはハチャメチャに巨大な蛇であった。家に帰った女は大蛇の言葉通り男子を産んだ。その子は顔が長く、背が高かった。また、蛇のうろこのようなあかぎれが年中絶えなかったので、「あかがり大太(だいた)」と呼ばれた。父である大蛇は日向国・高知尾明神(高千穂神社)の神体であった。緒方維義はここから五代の孫である。

  • 正体不明の男
  • 男の衣に糸をつける
  • 男の正体は蛇

→延慶本『平家物語』巻八「伊栄之祖先事」にはさらに「背中に蛇の尾のようなあざがあった。ここから、姓を「尾形」といった」という記述がある。
→あかがり大太=大神惟基(おおが・これもと)。大和大神氏の子孫と言われている。

 

 

2. 謡曲『三輪』

金春善竹の作とされる『三輪』*1は、『妹背山婦女庭訓』の典拠と言われている。

三輪山の麓に庵を結ぶ僧侶・玄賓のもとに、毎日樒と水を持って通ってくる里女がいる。里女は玄賓に自らの罪を助けて欲しいと願う。玄賓から衣を一枚もらった里女は、自分の住居は三輪山麓の「杉立てる門」であると言って姿を消した。玄賓は里人から、里女に与えた衣が三輪山の神木にかかっていたことを聞き、三輪明神へ向かう。玄賓が神木のもとに到着すると確かに衣がかかっており、衣には三輪明神の神詠が記されていた。その木陰から三輪明神が女神(巫女)の姿で現れ、衆生済度の方便として神である自らが受ける苦しみから救って欲しいと訴える。そして、この国では神が濁世に交わることがあるとして、大和国に住んでいた夫婦の物語を語る。それは、このような神と人間との婚姻譚であった。夫婦は長年連れ添っていたが、夫は夜にしか通ってこない。妻が昼間も来て欲しいと頼むと、夫は「わたしは恥ずかしい姿をしているので、もうここに通うのはやめる」と言う。悲しんだ妻は夫の衣に苧環の糸を縫いつけ、そのあとを辿っていくと、その糸は三輪の神域の杉の木の下で終わっており、妻は夫が三輪明神であったことを知る。苧環の糸が3輪残っていたので、その杉は三輪のしるしの杉と呼ばれるようになった。続けて三輪の女神は、神代の時代、天照大神が天の岩戸に隠れたとき、大神を外に出そうとして多くの神々が舞ったことを語り、神楽の舞を見せる。また、伊勢の神(天照大神)と三輪の神は本来一体であったことを語る。やがて夜が開け始め、玄賓はこの夢のお告げが覚めてしまうことを名残惜しく思うのだった。

  • 正体不明の男
  • 男の衣に糸をつける
  • 男の正体は神

→ただし謡曲中にメインで登場する三輪明神は女神の設定となっている。 これは中世の神仏観、神祗観によるもの。(フリーダム・ジャパン)

 

 

▶︎備考 浄瑠璃『妹背山婦女庭訓』と謡曲『三輪』の類似箇所の例

  • 『妹背山』岩戸隠れし神様は、誰とねゝしてとこ闇の夜(四段目・道行恋苧環の冒頭)
  • 『三輪』 天岩戸を引き立てて、は跡なく入り給へば、常闇の世とはやなりぬ。
  • 『妹背山』昼をば何と。うば玉の夜計りなる通い路は(四段目・道行恋苧環の中間あたり)
  • 『三輪』 昼をばなにとうばたまの、夜ならで通ひ給わぬは、いと不審多きことなり。
  • 『妹背山』思へば伊勢とお三輪が菩提。賤の苧環、繰言を、繰り返したる言の葉を。末に伝へし物語。(四段目・入鹿討伐の段の末尾)
  • 『三輪』 思へば伊勢と三輪の神、一体分身のおんこと……

 

┃ 『妹背山婦女庭訓』の基盤…[中世]蛇と嫉妬深い女

お三輪=疑着の相ある女……嫉妬深い性格 という点から、女と嫉妬に関連する説話を探る。

 

1. 『発心集』巻五・三

ある国に、女と再婚相手の夫、女と先夫との間に生まれた娘がいた。女は再婚相手と娘を結婚させ、自分は家の一間にこもって念仏して過ごしたいという。再婚相手と娘は反対したが、女の決意は固く、その通りにすることになった。しかし、年月が経つうちに女の様子がおかしくなってくる。娘が尋ねても女は口を開こうとしなかったが、ついにこのようなことを言った。「この家の状況は心から願って勧めたことなので、誰も恨みに思わない。しかし、時々心が動揺することがある。この胸の騒ぎは愚かであると思っていたが、やがて深い罪となってこのような浅ましい姿となってしまった」。女が両手を差し出すと、親指と人差し指が蛇に変わり、舌をちろちろと差し出していた。女の他人をそねむ心、妬む心は罪深い報いを得る。

  • 嫉妬した女が蛇体に変わる

 

2. 道成寺縁起

安珍清姫伝承の原型。『日高川入相花王』等にも取り込まれた有名な説話。

醍醐天皇の頃、奥州から熊野詣に訪れた青年僧に人妻が恋をする。青年僧は嘘をついてそれを逃れるが、人妻は嫉妬に狂い彼を追いかける。次第にその身は火を吐く蛇体となって日高川を渡り、ついに道成寺の鐘の中に隠れた青年僧を焼き殺す。しかし道成寺の僧侶たちの供養によって二人は天人となった。

  • 嫉妬した女が蛇体に変わる 

道成寺縁起、安珍清姫伝承をもとにした浄瑠璃日高川入相花王』は先述の通り近松半二作。『妹背山』の先行作のひとつとも取ることができる。

 

 

┃ まとめ

四段目のモチーフ、およびお三輪の人物造形は、以下の2つの伝承を複合させたものと思われる。

1. 三輪山伝承系
正体不明の男につけた苧環の糸を辿ると、その正体が神/蛇であることが知れる

2. 道成寺伝承系*2
嫉妬に狂った女が蛇体と化す f:id:yomota258:20180903213958p:plain

 

 

  

 

▶︎備考 民話のなかに見られる類話

三輪山伝承に見られるモチーフは民話に同じ形態のものが多数存在し、このような異類婚姻譚の中では、「蛇聟入」のうち「苧環型」と呼ばれる。

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  • 水乞型……男は水を引いてくれた蛇に娘を嫁がせようとするが、娘は瓢箪と針で蛇を殺す(突然のバイオレンス)
  • 蛙報恩型……蛇に食われそうになっている蛙を助けるため、男は娘を蛇に嫁がせようとするが、娘は瓢箪と針で蛇を殺す(突然の無茶振り)(突然のバイオレンス)
  • 苧環……娘のもとに通ってくる男の正体を突き止めるため、両親は男に糸をつけるが、その糸を辿っていくと蛇の住処に到達する。そこでの蛇の話を立ち聞きして、娘を堕胎させる(まだわかる)

類話は世界的に存在し、このような話はこれまで中国大陸・朝鮮半島に源流があると考えられてきた。しかし、最近の研究によれば、細部が異なっていることから、台湾・東南アジアといったオーストロネシアン(環太平洋地域)から伝来したのではないかと類推されている。

[例1]台湾・タイヤル族「結婚したが姿を見せない夫。妻は義母から夫の正体は蛇であると聞く」
[例2]台湾・ツォウ族「娘は嫁入り先で夫からこの扉を開けてはならないと言われる。娘がこっそり扉を開けると、中には無数の蛇が蠢いていた。夫も大蛇に変じ、娘を追いかけてきた」

国文学では日本と中国で同じ話があるとすぐに中国起源だと思われがちだが、このように必ずしも中国由来とは限らないため、慎重に検証する必要がある。

 

 

−−−−−講義ノートここまで−−−−−

ここからは私の補足。この点、視点を引いていって逆に言ってみれば、『妹背山』四段目に散らばっている「正体不明の男」「女」「苧環」「嫉妬」といったモチーフをブリッジさせるのが、『妹背山』には出てこない「蛇」であるということかな。「蛇」を抜いているのがうまいというか……。

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ただこの一連の話、あくまで切り口のひとつであり、実際にはかなり牽強付会だと思う。先日記事にした「『妹背山婦女庭訓』解説」の通り、『妹背山』に直接的な影響を与えているのは直近の浄瑠璃等だろう。正体不明の男、苧環、女、嫉妬の関連はそこから来ているのだろう。この正体不明の男が貴種流離譚というのも重要なポイントのひとつのはずである。

 

それにしても、中世の物語って、いまとストーリー展開のセオリーが違っているせいか、ときに奇異に思えて、面白い。自分が謡曲(能)に惹かれるのはその部分が大きいと思う。

『発心集』の中にある再婚相手と娘を結婚させる女の話なんか、そもそもの設定が狂いすぎていて、蛇になるとか誤差にすぎないと思った(素直感想)。

それと、『道成寺縁起』の絵をスライドで見せてもらったが、「次第に蛇になる」というのが、いつのまにかウロコが生えて、腕が縮みはじめ足がくっつき一本になり、気づいたら……とかじゃなくて、まず顔がイグアナのように長くなって、次に上半身がガチ蛇になって(着物の裾から出ている下半身は人間のまま)、最終的に火を吐く蛇になるという展開で、「そういう順番なんだ!?!?」と思った。それを考えると文楽の『日高川入相花王』は本当によくできていると思う。清姫の姿が蛇体に変じるのは川の中にいるときだけで、かつ、人形自体は人間の姿のままで、水中に引いているゆらめく帯であたかも大蛇かのように見えるということだよね。男のために激流を渡るほどのすさまじい執念が彼女を大蛇に見せているという点が面白い。初めて見たとき、あの演出はすごいと思ったもの。人の姿がどう見えるかは恣意であって、『紅の豚』のポルコは本当に豚なのか?に近い話というか……。あと、『道成寺縁起』は最後、青年僧がこんがり黒焦げになっているのが味がありすぎ。実在する道成寺にはこの絵を使ったグッズがいろいろ売っているらしいので(蛇体に化けるよりやばいセンス)、買いに行きたい。

 

 

この講義はいかにも大学の授業〜って感じだった。レジュメに空欄があって、レジュメを読みながら授業中にそれを埋める言葉を教えていく進行。ほかの古典芸能のレクチャーでも大学の先生だとこういうことする人いるんだけど、まあ……、本当に大学1〜2年生の子向けな感じ……。自分ではなんも考えなくていいというか……。理解力・思考力に差のある不特定多数の学生を相手に授業をしなくてはいけないのって大変だと思った。

お若くて熱心で、一生懸命学生に向き合おうとしている感じの先生だったからこういうことを書くのは忍びないし、久堀先生を含めほかの先生もそうだったのですべての授業に言いたいことだけど、その授業が何を目的として何を話すのか、前提として先に言ってもらいたかったな〜。記事の頭に書いている「講義の目的」的な文章は私が記事化するときに補足しているのだが、本来は授業冒頭で宣言してほしいことである。

もはや学校を卒業して幾星霜、すっかり渡世人となってしまった私としては、プレゼン等で長時間話をする場合は先に結論から言うのが当たり前という認識になっているので……。大学は余裕のある学びの場であれかしと思うけれど、今してる話がなんのためのもので、どこに注意して聞いていいかわかるようにしてから授業を進めて欲しいな。私、目的のわからない長話は文楽人形以外からは聞く気力がもうなくて……。あ、長話もうまい太夫人形遣いが配役されてないと聞けないです……。あれがしょうもないときは、「〇〇さんアホ毛立ってはるわ」とか技芸員さんの髪型チェックをしています(要するに長話は聞けない)。

ちなみに大坪先生は真面目らしく、きちんと四段目のあらすじと苧環の役割を説明しておられました。えらいっ!!!

次は1日目4限目から2日目1限目にかけて行われた「『妹背山女庭訓』講読」です。

 

 

┃ 参考文献

  • 謡曲名作選  下』天野文雄/KADOKAWA/2018
  • 『新編 日本古典文学全集77 浄瑠璃集』鳥越文蔵他・校注訳/小学館/2002

 

┃ 上方文化講座記事INDEX

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旅行記その2。京都へ行ったあとは、先日記事にした湖北を回って、敦賀舞鶴を経て天橋立へ。先日の豪雨被害で西舞鶴から天橋立方面への京都丹後鉄道が一部区間不通になっており、代行バスで移動。バスから復旧区間への乗り換えがすごいのんびりで、相当ほのぼのしていた。

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天橋立。行きは歩いて渡ってみたが、思っていたより長かった……。のろのろ歩いて50分くらいかかった。

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*1:講義ではここで「(里女は)さては疑ひもなき当社明神にてござあらうずるにて候。それをいかにと申すに、まづ当寺は女体にてござ候。また承り候らへば、神も五衰三熱の苦しみござあると申し候へば……」という詞章を引用し、「三熱=竜・蛇などが受けるという三つの苦悩」という言葉上の定義から、蛇体である三輪明神を暗示しているという話があったが、調べてみたところこれ間狂言だな。間狂言謡曲本体がどのような成立関係にあるのかわからないし、間狂言を引用するなら間狂言を引用していると言って欲しい。一応、古典文学では「三熱」という言葉は蛇に関係なく使用される言葉ではあると補足があったが、そっちの「転じて神の受ける苦しみを言う」の意味のほうが明らかに強いのでは。中途半端な類推はちょっと。

*2:厳密な言葉ではないが、便宜上、道成寺伝承系と分類します。