TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

文楽 上方文化講座(2)『妹背山女庭訓』解説 大阪市立大学

f:id:yomota258:20180821122105j:plain

上方文化講座、1日目2限目は、引き続き久堀裕朗先生による「『妹背山婦女庭訓』解説」。全体のおさらいと、構成上の工夫等、戯曲全体にかかる部分について。

 

『妹背山婦女庭訓』解説 INDEX

  

  

 

 

┃ 『妹背山婦女庭訓』概要

初演:1771年(明和8年)正月 竹本座
作者:近松半二、松田ばく、栄善平、近松東南、三好松洛(後見)

 

┃ 外題の意味

f:id:yomota258:20180903213654p:plain

(1)十三鐘
興福寺の子院、菩提院の明七ツ暮六ツの鐘=「三作石子詰」の伝承に基づく。これは13歳の子どもがあやまって神鹿を殺してしまい、石子詰め(穴を掘って罪人を入れ、石を詰める)の刑になったのを弔った鐘のこと。本作では二段目・鹿殺しの段〜芝六住家の段にその趣向が含まれる。

(2)絹懸柳
帝の寵愛を失った采女猿沢池に入水したときに、池のほとりの柳に衣をかけたという伝承に基づく。謡曲采女」で有名。本作では二段目・猿沢池の段にその伝承をモチーフとした展開が盛り込まれている。

(3)妹背山
三段目の内容。 

(4)女庭訓
三〜四段目の内容。

 

┃ ストーリー

飛鳥時代大化の改新(646年)のころ。藤原鎌足による蘇我入鹿討伐を描く。史実とは異なり、奈良平城京を都と設定している。 

 

1. 登場人物のミッション

(1)蘇我入鹿を倒すためのアイテムを集める
爪黒の雌鹿の血 ▶︎二段目/猟師芝六がゲット
擬着の相ある女の血 ▶︎四段目/漁師鱶七がゲット

(2)蘇我一族に奪われた三種の神器を取り戻す
内侍所(神鏡) ▶︎二段目/猟師芝六がゲット
神璽(勾玉) ▶︎二段目/猟師芝六がゲット
十柄の宝剣 ▶︎四段目/藤原淡海がゲット

 

2. 舞台と時間経過

(1)舞台

大和(奈良)各地を舞台に物語が展開する。

 ※四段目「道行恋苧環」で経由する地名は後日別途解説

 

 (2)時間経過

f:id:yomota258:20180904211451p:plain

時間経過としては上の表のように 、冬から物語は始まり、次の冬に終わる約2年間となっているが、一部時制が乱れている箇所があり、設定は厳密とは言えない。

時制が乱れている箇所=大序には「天智天皇の宮居なす。奈良の都の冬木立」という詞章がある。また、二ノ切「芝六忠義」は「誠にこの月は内侍所の御神楽」という詞章があることから12月と推測される*1。ここで問題なのは「芝六忠義」で淡海が「父内大臣鎌足(略)興福寺の後ろなる山上に取り籠り(略)百日の行ひ、即ち今日が満願の終わり」と言うくだりがあること。鎌足は大序で蟄居することになるので、冬である大序の100日後の「芝六忠義」が12月というのは若干の矛盾がある。

 

3. 各段のあらすじ


▶︎初段
  • 内裏
    内裏では盲目の天智天皇に代わり、蘇我蝦夷子が権勢を誇っている。帝位簒奪の疑いをかけられた藤原鎌足はその疑いを晴らすため、蟄居するとして禁裏を退出する。
  • 小松原(小松原の段)
    大判事の子息・久我之助と太宰後室定高の息女・雛鳥が出会い恋に落ちるも、互いの家が不和であることを嘆く。帝の寵愛を受けていた采女の局(鎌足息女)は、息女・橘姫を妃にと望む蝦夷子が鎌足を失脚させたことを悔やみ、帝のもとから出奔する。采女に仕えていた久我之助は処罰を覚悟で彼女を逃す。
  • 蝦夷子館(蝦夷子館の段)
    蝦夷子の子息である入鹿の妻・めどの方は蝦夷子に、夫は父蝦夷子を諌めるため自死の参籠をしていると告げる。逆心を知られたと思った蝦夷子に斬りつけられためどの方は、義父の謀反の意が真実であったことを知らせる狼煙を上げる。するとめどの方の父・行国と大判事が現れ、入鹿が帝へ差し出したという謀反の証拠品をつきつけると、蝦夷子は観念して切腹する。しかし参籠していたはずの入鹿が現れて行国を殺害、反逆の意をあらわし、大判事を伴って禁裏を占拠する。
▶︎二段目
  • 猿沢池猿沢池の段)
    釆女を追って猿沢池を尋ねた天智天皇鎌足子息・淡海と出会う。禁裏が入鹿に占拠されたことを知った淡海は、帝を先導してどこかへ向かう。
  • 葛籠山(葛籠山の段)
    猟師芝六は義理の息子・三作を伴い、禁猟の「爪黒の雌鹿」を殺す。
  • 芝六住家(掛乞の段〜万歳の段〜芝六忠義の段)
    淡海に連れられてきた帝は芝六の家へ居候する。芝六はかつて鎌足に勘当された旧臣・玄上太郎だった。村では鹿殺しの噂が流れ、三作は自ら望んで芝六の身代わりとなり、石子詰の刑になるとして引かれていく。一方、鎌足が送り込んだ偽の詮議人の前で迷いを見せた芝六は、実子・杉松を殺すことで鎌足に心底を見せる。そこに釆女・三作を伴った鎌足が現れ、芝六の勘当を解く。三作は蝦夷子が盗み隠していた神鏡・神璽が石子詰の刑の穴から発見され、許されたのだった。神鏡が戻ったため帝の目は治り、鎌足とともに出陣する。
▶︎三段目
  • 太宰館(太宰館の段)
    大判事と太宰後室定高は長年領地の境界を巡って争っている。しかし、両家の子供同士が恋仲だと知った入鹿は、大判事と定高が天智帝・釆女をかくまっているのではないかと疑いをかけ、無実の証を立てたいならば大判事は息子・久我之助を出仕させ、定高には娘・雛鳥を入内させよと命じる。
  • 妹山背山(妹山背山の段)
    吉野の背山には大判事の邸宅、吉野川を挟んだ妹山には定高の邸宅が建っている。久我之助と雛鳥は川を挟んで再会する。両家の親は、入鹿の命令を聞けば雛鳥は貞節を守って自害し、久我之助は采女の行方を追う入鹿から拷問にあうだろうと考えている。久我之助は大判事の許しを得て切腹し、定高は雛鳥の首を討つ。定高は雛鳥の首を川に流し、背山へ嫁入りさせる。大判事は雛鳥を迎え入れ、久我之助の首を討つ。両家は二人の祝言と死をもって和解する。
▶︎四段目
  • 杉酒屋(井戸替えの段〜杉酒屋の段)
    三輪の里の酒屋の娘・お三輪は隣家に住む烏帽子折・求馬(実は淡海)に恋している。しかし求馬のもとへは同じく求馬を慕う橘姫(入鹿妹)が忍んできている。橘姫は三輪から走り去り、求馬が彼女を追い、さらにお三輪が彼を追う。
  • 道行(道行恋苧環
    三輪から奈良へ、橘姫・求馬・お三輪、三人の道行。求馬は橘姫に、お三輪は求馬に苧環の糸をつけ、後を追う。
  • 入鹿御殿(鱶七上使の段〜姫戻りの段〜金殿の段)
    入鹿御殿に鎌足の使いを自称する漁師・鱶七が現れる。橘姫が入鹿御殿に戻り、続いて現れた求馬から「十柄の剣」を盗みだすよう唆され、兄を裏切ることを決意する。間もなくお三輪が追いつき、橘姫と求馬の祝言に割り込もうとするも官女の妨害にあい激怒。その様子を見ていた鱶七=実は鎌足家臣・金輪五郎がお三輪を刺し、「擬着の相ある女の血」を手に入れる。「擬着の相ある女の血」と「爪黒の雌鹿の血」が注がれた鹿笛の音色を聞いた入鹿は正体をなくす。鎌足らは入鹿の首を掻き切り、橘姫の働きによって十柄の宝剣を取り戻す。
▶︎五段目
  • 志賀内裏
    志賀へ遷都が行われる。その祝いの席で入鹿誅伐に関わった者たちの褒賞が行われ、また、久我之助・雛鳥の追善が行われる。

 

┃ 構想

1. 女庭訓

「女庭訓」とは、女性のための教科書。江戸時代、大量に出版された。「女大学」「女小学」「女今川」とも。本作には女庭訓に書かれていた内容が多数盛り込まれている。

 

(1)貞女
女庭訓には「貞女」であることが説かれている。

  • 三段目 雛鳥
    二夫にまみえず自死を選ぶ。
    =女庭訓に書かれているような「貞女」
  • 四段目 お三輪
    すさまじい嫉妬心を持っている。女庭訓において、「嫉妬」は起こしてはいけない心。七去*2で最も悪いとされる。
    「男がいかやうにあたるとも、女としてうらみず、りんき(嫉妬)いたさず、我が身を清く持つべし。」……『女庭訓御所文庫』女庭訓躾方
    =女庭訓に書かれている「貞女」ではない
    →これが物語のカタルシスに転じる(後述)

 

(2)行事
三段目の雛祭、四段目の七夕は女性の大切な行事とされている。

  • 雛祭:女子の健やかな成長を祈る
  • 七夕:織女にあやかって針を供え、裁縫の上達を祈る

このような行事の執り行ない方やそれにまつわる歌が女庭訓にも載せられていた。

 

(3)和歌
杉酒屋の求馬とのやりとりでお三輪が話す「和歌三神」は、女庭訓にも載せられていた(本によって誰が選定されているかは異なる)。和歌、百人一首は女性の基礎教養だった。

 


2. 先行作品の取り入れ

四段目には「女庭訓」「七夕(苧環を飾る)」に絡ませ、先行作品が巧みに取り入れられている。

 

1. 官女のいじめ

殿上でのたしなみをネタに初心者をいじめる先行作が存在する。

歌舞伎『三十石艠始(さんじゅっこくよふねのはじまり)』1758年(宝暦8年) 初代並木正三・作
禁裏へ参内した花満憲法先輩公家からさまざまないじめを受ける。
→お三輪が入鹿御殿の官女たちから受けるいじめは単なる嫌がらせではない。「女庭訓」である酌取り、謡、琴歌を仕込まれる。

 

2. 苧環と嫉妬

嫉妬、女の死をモチーフとした先行作が存在する。

歌舞伎『大和国井手下紐(やまとのくにいでのしたひも)』1749年(寛延2年) 初代並木正三・作 
築波茂右衛門の妹・お糸は下男に身をやつしていた若殿・泉之助に懸想し、身分違いの恋と知りながら嫉妬に身を焦がしつつ彼に苧環の糸をつけて追っていくが、兄によって身代わりのために殺される
「恋しい、ゆかしい、恨めしいと、腹立ちやと思ふ女の一念が凝り固つて、もはやこの身も鬼に成たか(略)エゝ嫉ましいなア」
「もふこうなるからは、とても連れ添う望みは絶へた。私が添わぬからは、何の人に添はそうふ。(略)取り殺さひで置こうか、アゝ恨めしい」……『大和国井手下紐』台帳
→お糸自身の精神は報われない

  ▼ 影響

浄瑠璃日高川入相花王』1759年(宝暦9年) 竹田小出雲・近松半二ほか作
山伏の安珍(実は桜木親王おだまき姫・庄司の娘清姫三角関係を描く。清姫安珍の裏切りに激怒し、嫉妬のあまり蛇体となる。
「とゝ様のお詞を。誠と思ふて。悋気嫉妬。親王様と聞たらば。こがれ死に死ぬるとも。とふから思い切るものを。それさへあるにおだ巻様と。思ふて切りしひと刀。二人の衆をあやまちし報いはそのままとゝ様の。お手にかゝってわしや嬉しい。死ぬるこの身は厭はねど。二人の女中のお命を。どふぞ助けて下さんせ」……『日高川入相花王』四段目
清姫は嫉妬が昂じて、安珍・おだまき姫と間違って他人を殺してしまった咎で父に殺されることになるが、改悛して二人を助けてほしいと願い、彼女の死と精神は報われる(このあたりうろ覚え。二人って誰だっけ?)。この点が『大和国井手下紐』と異なる。

  ▼ 影響

浄瑠璃『妹背山婦女庭訓』1771年(明和8年) 近松半二ほか作
烏帽子求馬(実は藤原淡海)に恋した町娘・お三輪は、彼と橘姫の仲に嫉妬し、鱶七に刺される。しかし、自らの血が淡海の目的である入鹿誅伐に役立つと知り、納得して息絶える

→『日高川入相花王』と『妹背山婦女庭訓』では、ヒロインたちが女庭訓で戒められている嫉妬心を起こすが、浄瑠璃の中ではそれが最大にプラスに転じるというおもしろさを持っている。

 

3. 対位法

近松半二作品の特徴である対位法が本作にも盛り込まれている。

  • 猟師芝六鎌足旧臣・玄上太郎) × 漁師鱶七鎌足家臣・金輪五郎)
  • 橘姫(入鹿の妹) × お三輪(町娘)
  • 蘇我入鹿(100日の参籠) × 藤原鎌足(100日の蟄居)
  • 妹山(太宰後室定高・雛鳥) × 背山(大判事清澄・久我之助)

 

4. 近松半二のリメイク力

 近松半二は江戸時代からリメイクの名人と言われていた。(『浄るり物語』)

 

−−−−−ここまで講義ノート−−−−−

 

 

おととし初めて文楽劇場へ行ったときに観たのが、この『妹背山婦女庭訓』の通し上演だった。覚えているのは、「小松原の段」で耳に吹き矢をぶっ刺された宮越玄蕃や「掛乞の段」で借用書を和歌と間違えたおっとり大納言がおかしかったこと。「妹山背山の段」や「鹿殺しの段」「芝六忠義の段」で描かれる“死”が人形なのに怖かったこと。「芝六忠義の段」や「金殿の段」での登場人物の思考、すなわちなぜ芝六のあの行動が忠義になるのか、なぜお三輪は自分の死に納得できるのかがわからなかったこと。四段目ではそもそも“苧環”が何かわからなかったこと。「金殿の段」で鱶七が語る入鹿の出生の秘密“鹿の生き血が母の胎内に入って生まれたから入鹿”にへぇ〜っとなったこと。そして簑助さん(雛鳥)とお三輪(勘十郎さん)がまったく違うタイプに可愛かったことかなあ。おお意外とよく覚えている。今こうして内容を振り返ってみると、あんな右も左もわからんときに、ようもこんな難しい趣向が盛り込まれた通し上演観たもんだなと思う。ということをいろいろと思い出した。

あとはやっぱりお三輪が「なにが女庭訓なのか!?」というハチャメチャ娘なのが面白いよね。そこが浄瑠璃(お芝居、つくりごと)としての面白さなのだと改めて学んだ。

次は1日目3限目、文楽自体からは少し離れて、日本中世文学がご専門の大坪亮介先生による「三輪山伝承の系譜」です。

 

 

┃ 参考資料

 

┃ 上方文化講座記事INDEX

上方文化講座2018 カテゴリーの記事一覧 - TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

 

 

おまけ

旅行記その1。京都へも行った。『卅三間堂棟由来』より三十三間堂三十三間堂の歴史や由来を説明するパネル展示に、簑助さんがお柳を遣っている写真が置かれていた。あまりのかわいさに、周囲の参拝客のみなさんに「どうです、かわいいでしょう!!!!!!」と自慢しそうになった(何様)。写真は売店で100円で売られていた柳楊枝。すごいえげつない土産物。

f:id:yomota258:20180831232016j:plain

玉藻前曦袂』より清水寺

f:id:yomota258:20180818165833j:plain

文楽とはもはやまったく関係ない、喫茶ソワレのクリームソーダ

f:id:yomota258:20180831232336j:plain

 

 

保存保存

保存保存

保存保存

保存保存

保存保存

*1:内侍所=三種の神器を置く場所の神楽は毎年12月中旬

*2:しちきょ。礼記にある、女性の7つの悪徳のこと。

*3:タイトルの正確性があやしいです。『浄るり物語』には「講尺」としか表記がなく、「太平記」は口頭補足で聞いたので……

*4:キヌガサは竹かんむりに登