TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

文楽 7・8月大阪公演『新版歌祭文』『日本振袖始』国立文楽劇場

ところでいま思い出したが、こないだ東京公演で近くに座っていた20歳ばかりのヤング男子が勘壽さんにキャーキャーしていた。本当にモテる男は違うなと感じた。

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『新版歌祭文』野崎村の段。

これ、今回の夏公演イチの注目演目じゃなかろうか。人形もとっても良いんだけど、とにかく津駒さん〜三輪さんにリレーする床が超絶豪華で、この二人ここに固めていいのって感じ。細切れの見取り上演にしている分、配役に注力しているということなのだろうか。演目が発表されたときは、三十三間堂にどちらかの方が回るかと思っていたのだが……。老父久作の慈愛、おみつの優しさとこらえる内面、船路の華やかさの影に光る涙、美しい情景だった。

津駒さんは見台も素敵だった。黒地に金や銀で無数の蝶々が群れ羽ばたいている柄をあしらったもの。土台部分だけでなく、床本を置く台やそれを支えている足部分にも蝶々が羽ばたいており、いっぴきずつ蝶々の模様が違っていた(見すぎるとちょっと怖い)。津駒さんは見台はお声に似合う見台をいつも使われていて、最近使われていた朱塗りのものも似合っていて素敵だった。津駒さんのお声や語りの雰囲気だと、ああいう派手な色味も嫌味にならず、物語の艶やかさを引き立てる。三輪さんは紋をあしらったシンプルなもの。これもお声そのものの美麗さをより引き立てる清楚さがあって良いなと思う。簡素だけど、フサフサを吊るしてる金具にあしらわれた紋が合ってるので、こだわりの一品だと思う。あ、でも今回はみなさん結構演目の内容に合わせてきてる感じだったかな。『大塔宮曦鎧』に出ていた千歳さん(確か……)は、荒れ狂う波に巨大な鳶?鷲?が舞い降りている柄で、狂言の中に出てくる灯籠の柄に合わせていらっしゃるのかなと思った。細かなおしゃれ。

で、三味線は、ここの「前」の三味線が寛治さんです。前回記事『卅三間堂棟由来』の奥の配役を寛治さんと書いてしまったが、実際にはこっちに寛治さん、『卅三間堂棟由来』は清治さんです。なんでそんな間違いすんねんという間違いで本当すみません。過去記事の方も訂正しました。もちろん寛治さんとてもよかった。「田舎の清楚なお爺さんと娘さんが住んでいる、貧しいけど心持ちはすてきなおうち」という時代劇フィクションでしか実現しえない観念が表現されていたと思う。

 

人形ではやはりおみつ役の清十郎さんが抜きん出ている。なんともいえないおみつの透明感ある哀れさ。地味で心優しい娘がやっと報われると思いきや……という悲劇が似合う。あのそこはかとない地味感と悲惨感は貴重。少女漫画のヒロイン気質を感じる。清十郎さんは最近調子がよさそうでよかった。語弊があるが、より一層の不幸オーラを期待する。しかしおみつがなますを乱暴に刻むのはなぜなのだろう。体の悪いお母さんに代わって家事をして、義理のお父さんの食事にも気をつけている孝行娘なので、本当は料理に慣れている子のはず。祝言の準備をといきなり言われて舞い上がって失敗しちゃってるってことなのかな。鏡の中のお染を櫛のお尻でつついたり、厄介者を追い払うおまじない=手ぬぐいを巻いたホウキをひっくり返して立てかけるのは娘らしく愛らしい。こういった仕草が愛らしく見えるのは人形浄瑠璃ならではだなあと思う。人間だったらよほどの演技力がない限り白々しいだろう。

あとはお染の人形が美しかった。人形そのものがとても美しい。ふっくらとしたやわらかな頰や淡い陰影が落ちた目元口元の優美さ、娘と女の中間ぎりぎりのような華美寸前のつややかさのある清楚な輪郭など、まるで生きている人間のような美しさ。いままでに見た娘のかしらとは少し違う印象。双眼鏡でも見てみたけど、相当の寄りで見ても(変な言い方だけど、演技と関係なく)生きているみたいで不思議だった。なんか、ちっちゃい人がいる感じ。時々、twitter文楽公演のアカウントで人形のかしらが技芸員私物等の特殊な出どころの場合は紹介があるが、今公演に関しては情報公開がないので、このかしらが何者なのかはわからないが……、良いものだと思った。

そして、おみつ、お染が出ているあいだはお客さんみんなこの二人の娘役に「かわいい〜」とキャッキャとなっているが、最後にお染ママ・お勝(簑助さん)が出てきた瞬間、客席全員熟女マニアになってしまうのが最高だった。観客の視線一点集中、やっぱ簑助様は美しさがケタ違い、異次元だね。すべてが霞むわ……。残念ながら船に乗ってからは黒衣サンに交代していたのでほんの一瞬の出番だったが、やっぱり舞台の雰囲気が掃き変わる艶やかさがあった。簑助様は「ふむ!」って感じでお元気そうだった。

そして久作役の勘壽さんがとても良かった。おっとりした動きが優しげでのんびりしているふうだけど、おみつのため、久松とお染を諌めて説諭する場面はすこし所作が違っていて、ぴっぴとしたハリのある動きに優しさゆえの厳しさが滲んでいた。メリハリのある無駄のない動きが美しい。あと、体育座りになりながら(人形ってなぜかよく体育座りになるよね)、お灸を据えてもらって「あち、あち、あち」と手足をばたばたしているのが可愛かった。ポイ〜〜〜ンとゆっくり飛んでいくお灸もおもしろい。針金がついていて人間が動かしてるから、動きがなんだかファンシーに……。あれ、本当に点火してるんですね。おみつが持っている点火器具が屋外で線香に火をつけるヤツみたいな仕掛けになっているのだろうか。お灸を据えられるごとにサンカクのてっぺんがどんどん減っていっておかしかった。

最後に出てくる船頭が紋秀さんで爆笑した。そこかい。でも、昨年の若手会で寺子屋の源蔵をされていたとき並みに目が超マジだった。あそこの場面で演技してるの、あの船頭しかいないものね。お客さん全員あの船頭を見てるし……。

あとは久松(またも登場する文昇さん)の着物の柄がめっちゃチラチラして目が痛かった。テレビ中継があったらモアレする柄だと思った。

しかし最後の船で別れ行くところ、2回観たうちの2回目がなぜか三味線バラバラだったのが残念。なぜこんなベーシックな曲でガタガタに??? 途中の交代時のつなぎも2回目に観たときは変えていたような気がしたので、何か演奏に変更等を加えて、その調整をしていたのかしら。

 

 

 

『日本振袖始』大蛇退治の段。

出雲のとある村では、ここ数年、荒ぶる八岐大蛇への生贄として年ごとに美女を捧げる習わしがあった。今年の人身御供は稲田姫〈桐竹紋臣〉。神官〈吉田和馬〉は高棚の周囲の8つの酒壺には毒酒が仕込んであると言い、八岐大蛇が毒酒に酔った隙に大蛇の喉を刺せば、素盞嗚尊が助けに来ると言う。姫は夫・素盞嗚尊から預かった名剣・蠅斬を袖のうちに忍ばせ、怯えながらも大蛇の出現を待つ。夜が更けるうち、にわかに轟々とした嵐が訪れ、不思議な女〈桐竹勘十郎〉が姿を見せる。女、岩長姫は邪智深き大蛇の化身であった。岩長姫は稲田姫をひと飲みにしようとするが、酒の香りに気がつき、魅入られたように次々と毒酒を飲み干してしまう。やがて酒と毒が回った岩長姫はついに蛇身の姿を顕し、抵抗する稲田姫を飲み込んでしまう。しかしそこに素盞嗚尊〈吉田玉助〉が現れ、八岐大蛇と格闘になる。素盞嗚尊が大蛇を斬り伏せると、その胴体から、かつて八岐大蛇に奪われた名剣・十握の宝剣と蠅斬のふた振りの剣を掲げた稲田姫が傷ひとつない姿で現れる。周囲の山々に雲が立ち込める名剣の威徳に、尊は名剣を「天の叢雲」と名付けるのであった。

これ、勘十郎さんありきの企画だね。今回のこの『日本振袖始』は国立劇場歌舞伎鑑賞教室との提携上演だったり、大蛇は石見神楽から借りたりといろいろ企画性を持たせていることは理解するし、立ち回りの演出などで場を盛り上げようとする意図はわかるけど、そんなものはまったく意味をなさない。途中、毒酒に酔った岩長姫が踊る部分……、そこがもっとも重要で、勘十郎さんの舞踊の技術が上演のすべてを支えている。あの間を持たせられる人はほかにいない。勘十郎さんがいなければ上演が成立しないと感じた。文楽ではスターありきの演目編成は難しいと思うが、本作はそれだと思う。

目を引くのはやはり岩長姫の妖しい美しさ。悪意が人の形をなしたような美。自分自身の毒気に当てられて乱れる姿。通常の娘の人形とは違う少し縮れて広がった髪、三角のウロコ模様の黒い振袖から覗く大蛇の舌のような赤い襟元や袖口、振り乱す帯の揺れが不気味で麗しい。あれだけ技量と表現力があったら、わざわざガブのかしらを使わなくても、普通の娘のかしらで十分妖しさが伝わる思う。岩長姫が魔性の者であることは演技のみで理解できる。鬼女の姿にもなっていたが、それも人形を差し替える以上の演技力が勘十郎さんにあるので、そこまでしなくてもいい演出だと私は感じた。勘十郎さんは普通のちょっと野暮ったい娘さん役も好きなんだけど、やっぱり人工的な美しさの狂人、魔性役が映える。『シグルイ』を文楽化したら伊良子清玄は絶対勘十郎さんに演じて欲しい(実現するまで永遠に言い続ける)。

とはいえ稲田姫の紋臣さんはとても良かった。邪智に満ち人工的な美しさと光輝を放つ岩長姫とは対照的に、神話の時代の豊かさ、おおらかさを感じる柔らかな美しさ。白い振袖の着物と化粧気のない下ろし髪姿が暗闇で清楚に輝いていた。ヤマタノオロチの巣?の前に連れてこられて心細さにおびえる様や、岩長姫の恐ろしさに逃げ惑う仕草などとても良かった。途中、岩長姫が踊っている間はずっと端っこで倒れっぱなし(人形遣いも離れる)なのはちょっと残念だったけど、最後大蛇の腹を割いて出てきたのは「自己解決!?!?!?!? 素盞嗚尊おらんでよくない!?!?!?!」とびびった。さすが文楽業界イチの平野耕太ヒロインタイプは違う。

あと、天の叢雲になったのは蠅斬ではなく十握の剣のほうということでよろしゅうございますか(国立劇場や老舗百貨店の係員口調)。

13日の金曜日と言えばヤマタノオロチ、の、ヤマタノオロチの首が4本しかなかったのは少々残念だった。8本の首がニョロニョロするところを見たかったのに……。これが文楽の限界(人形遣いの人数的な意味で)だろうか。でも、ニョロののたうち自体はよかったし、いっぴきずつの造形が細かく違っていて、細密で美しいつくりが文楽人形にも似合っており、とても良かった。こんなもの作る金あったのか、にしても細工のクオリティが通常の美術に比べて高すぎないかと思ったら、どうも外部から借りたものらしい。そのニョロのレンタルもとの石見神楽では、昔は1本しかいなかったが、大阪万博に出展したときに8本にしたら大いにウケて、以降、ニョロは8本になったとの噂。国立劇場・歌舞伎鑑賞教室の『日本振袖始』観に行かれた方によると、歌舞伎では岩長姫(中村時蔵)と7人の分身役者たちという編成でヤマタノオロチを表現していたそうだ。衣装や演技も工夫されていたそうで、なるほど歌舞伎には歌舞伎の工夫があるのだなと思った。

 参考、石見神楽「大蛇」の動画。残念ながら文楽では火は吹いてくれませんでした。

なにはともあれ、話があまりに日本神話まんまで素直なので、岩長姫の技巧を観るための演目だと思う。勘十郎さん個人の舞台だと思えば満足だけども、文楽で上演する意味がよくわからなかった。セットも特別誂えでお金をかけているようだったし(手前に置いてあるツボがでかすぎて紋臣さんが見えずポクリン大ショック、人形は見えたからいいけど)、配役を花形でと工夫しているということなんでしょうが、なんというか……、技芸員さんの頑張りに見合わない演目のように思う。床のみなさんも、ここにだけ出すのは勿体無いんじゃないと思ったし……。希さんとか清楚で可憐な稲田姫で良かったですけど……。勘十郎さんもこの演目よりはるかに技量を発揮できる演目、配役されるべき役がもっといっぱいあるんじゃないでしょうか……。やるならもう近松うんたらを放棄して新作にリニューアルして、素盞嗚尊の役をなくして、岩長姫と稲田姫の百合物にして欲しい(突然のただの願望)。

 

 

 

 

というわけで、今年の夏休み公演も楽しかった。技芸員さんみなさんパフォーマンスが高くて、最近は毎公演なにかしらの発見がある気がする。千歳さんは以前は回によって波があることが多かった気がするが(頑張りすぎて会期の途中から声が枯れるという意味で)、最近はかなり安定していて、毎回滞りなく楽しませてもらえる。何かを体得されたのだろうか。

ただ、プログラム編成としては、あんり細かく刻んだ見取り上演は逆に飽きるので、少なくとも半通しなどにして欲しい。そりゃ個々人に良い配役で出演して欲しくて、そうなると見取りのほうが配役が良くなりやすいのはあるんだけど……、文楽の醍醐味は物語自体にあると思うので、 ストーリーに没入できる半通しや通しでの上演を希望する。

 

 

 

おやつに食べたたこ焼き。今回は道路挟んで劇場向かいのお店で、ソース&マヨネーズ味を。アツアツほろほろでおいしかった。

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大阪市、こんな施策やってるんですね……。900円引きとは……。この1日フリー乗車券、平日800円・土日祝600円なんでしょ? 文楽劇場行くときどうせ地下鉄乗るし、完璧モト取れるやん……。この券買った人、絶対文楽観たほうがいいと思うわ……。*1

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*1:ちなみに文楽劇場友の会、年会費1,000円に入っている私は20%OFFで3,760円です✌️(自分をはげます)