TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 2月東京公演『心中宵庚申』国立劇場小劇場

11月大阪公演で観てあまりのありがたさに合掌しそうになったかんたま『心中宵庚申』、再び。

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今回は、11月大阪公演での同演目と比較しつつ、再度観劇して改めて感じたことなどを書いていこうと思う。

↓ 2017年11月大阪公演レポ。

 

 

 

上田村の段では、11月大阪公演配役から父平右衛門=吉田和生→吉田玉也、姉おかる=吉田簑助→豊松清十郎に変更。この配役変更にそれぞれの人形遣いの個性の差が出ていてよかった。

11月の和生さん平右衛門は「病気を気の強さで抑えているのか、それとも無理に気丈に見せているのか」と感じさせる、シャキッとした線の強い偉丈夫風の姿だったが(大百姓感がすさまじかった。武家の出ですかって感じ)、玉也さんの平右衛門は障子が開いたときから体を伏せ気味に、巻いた布団にかなりもたれかかって病の重さを感じさせる姿勢。その後のやりとりでもしんどそうにしている。可愛い娘が帰ってきて辛そうにしているのを、自分が苦しい中でも放っておけない父親のイメージだろうか。お千代のこととなると辛いであろうに姿勢を正して向かい合い、在所の強気の爺さん感が出ていた。

一方の姉おかる、清十郎さんは真面目でおとなしげなお姉さん。きちんとしてそうな居住まいは良いんだけど、人形の表情が少しきついように思われて、あんまり本調子でいらっしゃらないのかな。ピントが合いきっていない感じがした。清十郎さんはお千代タイプなんだろうな。なんかそこはかとなく悲壮な感じがするし。

11月から変わらずの勘十郎さんお千代は打ち沈み、疲れたような表情で駕籠から降りてくるのが心を掴む。暗く凍った心もさることながら、在所の冷たい風で肌も冷え切っているようだった。別に普通のかしらなんだと思うけど、面痩せて見えて顔色も青白いかのように感じる。「しぱ…しぱ…」とした伏目のまばたきが哀れを誘う。よく見ているとけっこうリアリスティックなまばたき。国立劇場小劇場って、文楽劇場よりステージが客席と近い気がして、同じような席でも細かいところまで見られた気がする。

 

 

 

八百屋の段。

伊右衛門女房=吉田簑二郎→吉田文司、八百屋伊右衛門は吉田簑一郎で変わらず。『心中宵庚申』は初週と最終週の2回観たのだが、文司さんの因業ババアぶりがパワーアップしていて笑った。初週に観たときは、武智豊子のごとき因業ババアぶりを発揮していた簑二郎さんとは異なり、もうちょっと大御所女優のコミカル演技風で清川虹子?って感じだった。なのでお千代がかなり悲惨な感じに思えて怖かったのだが、最終週では文司さんも乗ってこられたのか、ちょっとおちゃめさのある因業ババアになっておられた。最後、半兵衛がお千代に離縁状を突きつけたあと去っていくのが上手の別の間でなく、のれんの奥側というのも簑二郎さんとは違う点。文司さんは、一度のれんをくぐった後も、もう一度半兵衛たちのほうを気にするように人形を少し悲しげに振り返らせておられた。

この段の途中、ウキウキと小走りに嫁ぎ先へ帰ってくるお千代の表情が上田村よりもぱあっと明るいのが印象的だが、まるで娘のように可愛らしい(本来のお千代の人となりであろう)演技に加えて、ここの段になると襟が変わるのね。上田村にはなかった蛍光オレンジ色の襟を胸元に覗かせている。それでお人形の顔が明るく見えるのかしらん。桃色に上気したほおに若々しさが溢れ、みずみずしくはずんでいるように見える。上田村では襟はくすんだピンクとグレイッシュな水色だけだったはずだから、同じお人形を使っているかと思いきや、胴を交換しておられるのかな。

半兵衛も優しい旦那さん風でとても良かった。これはもともとの玉男さんの持ち味なのか、大阪、東京共通しての良い点だった。お千代の背中を抱いてぽんぽんしてやる手つきが自然で優しく、男性不信になっていてもおかしくない境遇の彼女が一心に信じている人というのがよくわかる。ちょっとしたしぐさなんだけど、この手つきだけで半兵衛がどういう人なのかわかるのが良い。最後に柱にしがみついて泣き崩れるところは今回観た回のほうがより印象的だった。客席から見えないくらいにまでずり落ちて体を小さく伏せていて、本当にお人形が泣いているみたいでかわいそうだった。

床も大阪から変わらずの千歳太夫さん&富助さん。千歳さん絶好調、最終週はお声が心配だったけど大元気であられました。短スパンでの2回目ともなると体力管理も万全か。

 

 

道行思ひの短夜。

ここはやっぱり床の配役、三輪太夫さんがお千代っていうのが良いよね。お声の良さもさることながら、心からしぼり出されたような語り口でお千代の哀切が身に沁みて感じられる。三輪さんって女声なわけじゃないし、作り声してるわけじゃないけど、本当に女性が喋ってるみたいじゃない? 人形の声? と、魔性を得た人形が喋っている声のように思えて、どきっとすることがある。この段は三輪さんだけじゃなく、太夫さん三味線さんともに雰囲気づくりがとってもよかったと思う。やっと二人きりになれた半兵衛とお千代がお互いにだけ聞こえるように囁きあっているような、静かな雰囲気がとても良かった。客席全体に聞こえてるんだから小声というわけではないんだけど、囁き声に聞こえるような語り方。観客みんなが二人の囁きにそっと耳を傾けている、とても良い時間だった。

そしてやっぱり心中って綺麗事じゃなくて、人を刺して殺したりするわけだから、綺麗事では済まず生々しいことなんだと思った。血が吹き出て一面にたまっていくのがわかるよう。これ人形だから綺麗事じゃなく演じているけど、生身の人間が演じるとここまで出来ないと思う。

さて、大阪でよくわからなかった半兵衛が矢立を銜える仕掛けだが、わかった。矢立の軸にΩ型の細い針金のフックがついていて、それを半開きの人形の口に引っ掛けてるのね。これも国立劇場の近さだからわかったことだと思う。

ところで冒頭に出てくる庚申参りのカップル、玉翔さんと簑太郎さんだったんだけど、まったくカップルに見えなくておもしろかった(失礼)。いや、お二人とも愛くるしくて、お姉ちゃんとその尻に敷かれてる弟って感じだった。

 

 

 

大阪公演の感想の繰り返しになるが、お千代と半兵衛、ふたりの絆を感じさせるしみじみと良い舞台だった。なんで心中までするのか? お互いが良くて周囲が許さないだけなら、駆け落ちでもすればいいのではないか? という話ではあるんだけど、それがなんとなくわかるような。お千代も半兵衛も、それまで苦しいことばかりだったけど、やっとお互いの中に安息の地を見つけて安らいでいたのに、引き離されてもとの地獄に戻るなら……。半兵衛ママの冷たさもはいはいわかりましたわかりました〜ってかわし切れない二人の繊細さ純粋さゆえの悲しさを感じた。

 

 

 

今日はバレンタイン💖そんな今日、紹介するのは一組の夫婦愛を描く『心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)』だよ✨ と言って「#バレンタイン」タグをつけながら心中宵庚申の写真貼ってくる国立劇場のインスタ。そりゃ病気のおとっつぁんと孝行娘の図だよ。変なところで世間にガンガン便乗しようとしてくるのがやばい。Twitterのほうはバレンタインタグをつけて心中シーンを貼っていたので、インスタのほうがまだましか……。

 

 

 

 

吉田玉男インタビュー『心中宵庚申』編。ちょっとだけ人形遣ってるカットも入っている。この動画を見すぎて、玉男さんは人間国宝になるだろうか、認定されたら、認定式はともかく宮中のお茶会に呼ばれたとき、陛下とちゃんとお話しできるだろうかと、自分の人生には一切関係のないことで悩みはじめて眠れなくなった。


国立劇場2月文楽公演『心中宵庚申』吉田玉男インタビュー

 

 

 

 

 

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