TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

『旧劇 太功記十段目 尼ヶ崎の段』弁士説明付上映(弁士・大蔵貢)

現在行われている東京国立近代美術館フィルムセンターの上映企画「発掘された映画たち2018」で、1908年(明治41年)にMパテー商会によって制作されたサイレント映画『旧劇 太功記十段目 尼ヶ崎の段』が上映された。

映像自体はフィルムセンターがすでに所蔵していたものであるが、これに対し、弁士説明の音声を合成した新規上映用プリントを制作したというのが今回の企画である。

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http://www.momat.go.jp/fc/exhibition/hakkutsu2018-2/

旧劇 太功記十段目 尼ヶ崎の段[弁士説明版](17分・HDCAM-SR・白黒)
1908(Mパテー商会)(出)市川左喜次、中村歌扇、中村歌江(弁士)大蔵貢

http://www.momat.go.jp/fc/exhibition/hakkutsu2018-2/#ex-18795

 

 

 

日本映画黎明期には歌舞伎をそのまんま撮りました的な映画が制作されていたが、それって映画館で上映するときどういう活弁をつけていたの?というのがかねてより疑問だった。特に義太夫狂言のように、映画の台本でない、一般庶民にも共有された「もともとの語り」が存在しているものは映像に合わせてそのもとの物語を語っていたのだろうか?と。調べりゃわかるんだろうけど、アホゆえになんも調べずのうのうと数年を過ごしてきたが、本特集の上映の中に『絵本太功記』の映画版『旧劇 太功記十段目 尼崎の段』が紛れ込んでいることに気づき、スハ天下の一大事とばかりにスタコラとフィルムセンターに行ってきた。

上映用素材の成り立ちとしては、1908年制作の映像に対し、1950〜70年代に文部省芸術祭主催公演として行われていた「映画の歴史を見る会」での1962年の弁士説明付上映の音声を合成している状態。なので、実際にはサイレント期そのままの録音なわけではない(サイレント期を再現しているわけではない)。また、当時上映に使われたフィルムはすでに失われており、フィルムセンターが所蔵するフィルムに無理矢理(!?)合成しているため、映像もしくは音声がジャンプする箇所がある。という状態だった。また、前述では歌舞伎と書いたが、本作の「旧劇」というのはいま松竹が興行しているもののような意味での歌舞伎ではない。いまの感覚からすると一般の演劇、大衆演劇的なものかしらん。

 

 

 

結論から言うと、活弁義太夫だった。

活弁の形式はメインの男性弁士(光秀、操、秀吉)+サブの女性弁士(さつき、初菊、十次郎)+太棹三味線の伴奏。ほかにツケ打ちの音が入っていた。

歌舞伎の義太夫狂言って、だいたい人物のセリフは俳優が普通に喋る/ナレーション部分は太夫義太夫節で語るという形式だと思うけど、この録音の場合はセリフも文楽のように節回しをつけて語る、ほぼ全編義太夫節状態だった。ほとんど文楽感覚というか……。ただ、登場人物の名前や一部のセリフは文楽にはないものだから、歌舞伎の台本なのかな。歌舞伎で絵本太功記観たことないからわかんないけど……。それともオリジナルアレンジか。

内容としては『絵本太功記』十段目、尼ヶ崎の段の、光秀の出(ここに刈り取る真柴垣〜)からだいたい最後まで(〜睨み別るる二人の勇者)が入っていた。上映時間17分に。

17分!?

文楽でやったら40分くらいかかるのでは!? って感じだが、ものすごい勢いで巻きまくっていて、超速かった。当時の映画の上映時間限界の長さにおさめるための対処だと思うが、すごい根性を感じた。しかしそのおかげで有名な部分は全部入っているので、せわしないけどぎゅっと楽しめるとも言える。まずテンポ自体が速めなのと、義太夫節だと言葉の末尾にかなり長い伸ばしが入ったりするけど、そういった要素は切り詰めて、映像に合わせて次々にぽんぽん語っていく。時代物っぽくない。加えて三味線だけで演奏表現する部分(例えば人物が泣き崩れるさまを三味線で表現している部分)を全部切っていた。そのためか、三味線の伴奏はかなりオリジナルになっているようだった。末尾のほうはおそろしく巻きまくっていて、特に初菊はセリフがかなり切られていて「この女、誰?」って感じの謎キャラのまま、何がなんだかわからないうちに光秀と秀吉が別れて終わっていった。最後の最後は義太夫の体をなしてなかったので、追いつかなくなってオリジナルでつけていたのかもしれない。

 

映画自体に関して。フィルムセンターの所蔵作品検索では武智光秀と操、さつきしか配役が出ていなかったけど、実際には初菊と十次郎、真柴秀吉(久吉)、加藤正清も登場する。どこかの庭先で撮ったみたいで、スタンダード・FIXの画角の中に登場人物とセットがびっしりひしめいていてやばかった。すんごい狭い画角のため、さつき、まじ、侘び住い状態。せめて母御のご最後に「善心に立ち返る」とたった一言聞かしてたべ。って感じだった。その掘っ建て小屋の右横に卒爾ながらという感じでにょっとほっそい松が生えており、その横に小さな切り株みたいなのがあるので何かなと思ったら、物見の場面でその切り株に光秀がチョコンと乗っかっていて可愛かった。映像が荒れているので細かいところは見えないんだけど、衣装等はちゃんとしたもののようだった。また、残念ながら十次郎が戻って来る場面の前半は映像が欠落していた。音声はあったので、60年代にはその部分があるプリントが存在していたんだろうな。

 

 

しかし今回、一番気になっていたことは義太夫云々と別のところにあった。プログラムに書かれた「弁士音声・大蔵貢」の文字。

大蔵貢って……………あの新東宝の……??? と思っていたら本当にあの新東宝大蔵貢で、上映前のトークショーでご子息・大蔵満彦氏が登壇され、大蔵貢の興行師としての経歴を紹介された。それによると、若い頃に父が田舎を追放された都合(?)で上京し、さーて何やって食ってくかなーとなったとき、当時は浪曲の絶頂期で、よく通る声を活かして浪曲師になろうとしたそうだ。しかし、弟子入りを断られたので、その頃流行りはじめていた活動弁士になり、そして色々と事業を盛り立てていくうち、新東宝を任されることになった。ということだった。大蔵貢はどんな広い場所でもマイクなしで大丈夫だったというその声の良さを活かして義太夫に凝り始め、衣装を作ったり、会を開いたりしていたらしい。義太夫の稽古を自宅でやられるのはたまったもんじゃなかったそうで、家族は逃げ出したそうだが、なんとその義太夫竹本津太夫に習っていたらしい。えええええええーーーーーーーーーーーーーーー!!! じゃあ津太夫がやってよって感じだった。いや、ド下手ではないんだけど。大蔵貢がメインの弁士だったんだけど、サブでついている女性の弁士の方は義太夫結構うまい(というか、聴きやすい)と思った。

 

 

 

サイレント期に制作されていた義太夫狂言の映画の伴奏は果たして義太夫だったのか?という疑問が完全に解決されたわけではないが、その一端として義太夫活弁を聴くことができてなかなか面白い体験であった。要するにシネマ歌舞伎ではあるんだけど、そのころは映画館でかかっていたら観に行くほどに、一般の人も有名な義太夫狂言を知っていたんだろうなと思った。

 

今回上映されたプリントでは、親切なことに、頭に「3分でわかる❤️絵本太功記十段目のあらすじ☺️✌️」みたいなミニ説明がついていた。文楽鑑賞教室で技芸員さんがパワポで説明してくる感じのやつ。フィルムの原本を所持している川喜多記念映画文化財団が制作したものっぽかったが、この映画が制作された当時はどんな人でも絵本太功記を知ってたんだろうなあ、でも今や映画好きの人(戦前の作品を観るような、ある程度ムカシのことにも教養がある)ですらこんな説明をつけないともう話がわかんなくなってるんだなあと思った。私も文楽で観てなかったら1ミリも話わかんなかったと思う。弁士説明の音声には会場の音も入っているのだが、その音声を聞いていると文楽でも拍手が入るようなところ(操のクドキなどの名場面)で拍手が入っていて、60年代には義太夫ってまだメジャーだったのかなと思った。ああいう「聴きどころ」で拍手するのって、どこで拍手するかわかってないとできないよね……。

先述の通り録音音声は太棹三味線の伴奏付きという豪華なもので、一緒に上映された他の作品でもなかなか立派な楽団伴奏付きった。現在ここまで豪華な弁士付きサイレント上映は存在しないが、国立劇場あたり金にものを言わせてやってほしいものである。いや、去年、小劇場でやってたな。あれは生伴奏付いてたのかしらん。

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