TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

文楽 9月東京公演『生写朝顔話』国立劇場小劇場

パンフレットの技芸員紹介ページ、和生さんが上の段にあがっていて感動した。重要無形文化財保持者、芸術院会員、文化功労者のいずれかだと上の段にあがるんですね。f:id:yomota258:20170725180214j:plain

 

宇治川蛍狩りの段。

蛍の舞う宇治川で、大内家家臣・宮城阿曾次郎〈人形役割=吉田玉男〉と芸州岸戸家家老・秋月弓之助の娘・深雪〈吉田一輔〉が出会う。

手前に川、奥が長椅子の置かれた岸辺になっているセットの上手側に、障子の閉じられた御座船が停泊している。

いきなりロマンチックな話の筋と関係なくて恐縮だが、深雪の素直さ、酔っ払いのクソ野郎には「うわ……」みたいな感じで袖で顔を隠していたにもかかわらず、イケメンにはグイグイ追いすがるのが正直すぎて大変好感が持てた。この後の展開を予感させるものがある。あと、蛍が2匹しかいなくて絶滅しそうだった。

 

 

 

明石浦船別れの段。

一度は立ち別れた二人だが、明石浦の船の上で再会する。深雪は阿曾次郎に連れて行ってと頼み彼もそれを承諾するが、深雪が親へ置き手紙を書くため自分の船に戻ると、にわかに吹き出した大風により深雪の船が出航することとなり、再び引き裂かれる。

人形が睦み合っているとき、男の人形が扇子を開いて二人の顔を隠す可愛らしい所作がよくあるが、あれは扇子のうしろで何をやっているのか?と思っていた。今回は船が設置されているのが上手側、自分の席が下手側だったため扇子のうしろが見えたのだが、顔を近づけているだけで特になにもやってないのね。ってそりゃそうか。でも、「宇治川蛍狩りの段」より「明石浦船別れの段」のそれのほうが顔が近かったことを書いておきます。私、イイ仕事する船頭〈桐竹勘介〉よりウオッチしてたので知ってます。

深雪が大きな船の甲板から投げる金の扇子を阿曾次郎がキャッチするところがプチ見所か。けなげな感じにキャッチしていた。それと深雪の乗っていた大きな船の障子に赤い稲光の模様が描かれているのが印象的だった。

 

 

 

浜松小屋の段。今回の上演はここが白眉だと思う。

袖乞いに身を落とした深雪〈吉田簑助〉は偶然通りかかった巡礼姿の乳母浅香〈吉田和生〉から声をかけられるが、我が身を恥じて自分こそが浅香の探し求める深雪だとは言い出せない。

浅香に不本意な嘘をつかざるを得ず苦しむ深雪がひたすら可憐。浅香から大きく顔を反らせ、顎を上げて細い首筋を見せるような仕草が色っぽい。そして、これまでの経緯を語る浅香の話を掛け小屋の入り口にかかったむしろの影から聞いて嘆き震えている所作。かなりむしろの影に隠れているので、大幅に顔を出すところ以外は一部の席の人からしか見えないのだが、その仕草のひそやかな美しさといったらおそろしいものだった。

文楽の人形ってヘンに首が見えると人形は人形でしかないということがバレてしまうから、普通はこういう首を強調する仕草はやらないんじゃないかと思うのだけど、簑助さんはよく首を見せつけるような演技をする。このけっこうギリギリまで首を見せたり傾げたりするのと、人間の動きにはないような体のひねり方や伸び上がり方。その極端な動きが浮世離れした独特の濃厚な可愛さになっている。そういえば、今回のパンフの勘十郎さんのインタビューに興味深いことが書かれていた。それは、人形の動きは人間の動きが基本だが、そこから人間ではありえないような動き、“ちょっと”だけはみだしを作る、そのはみだしに(笑い薬の)おかしさが出るという話だった。それでいうと簑助さんはかなりの部分が人間から逸脱している。しかし、そのありえなさに生命を感じる。文楽の人形はよく「生きているよう」と言われるが、それはかならずしも「人間のように」とは限らない。簑助さんは可愛いんだけど、魔性が宿ったなにか、人形がひとりでに動いている魔物に見える。

乳母浅香役の和生さんもすばらしかった。純粋で娘らしい深雪とは異なる、気品に溢れる姿。 とくに「宇治川蛍狩りの段」で酔いどれ浪人〈吉田簑之、吉田玉延〉に対処するくだりは御座船の主の身分の高さを一発で感じさせる見事なもの。私は時代劇(文楽は全部「時代劇」ですが)は身分の高低が表現できていないとはじまらないと思うので、この部分にはなるほどと思わされた。和生さんと簑助さんの共演は大変豪華で見応えのあるものだった。

 

 

嶋田宿笑い薬の段。

時は流れて阿曾次郎は駒沢家の家督を継ぎ、駒沢次郎左衛門と名を改めていた。その駒沢らが逗留する嶋田宿の宿・戎屋では、駒沢の留守に連れの岩代多喜太〈吉田玉志〉と医師・祐仙〈桐竹勘十郎〉が駒沢に飲ませる薄茶に痺れ薬を盛ろうと画策する。しかし宿の主人・徳右衛門〈桐竹勘壽〉がそれを影から見ていた。

冒頭で宿の手代松兵衛〈吉田玉翔〉が女中・お鍋〈桐竹紋臣〉らにセクハラをはたらく。文楽人形のセクハラ、キモ野郎がおなごのひざに顔を埋めてムギュムギュこすりつける仕草は愛らしいが(人間なら社会的に即死)、しつこくムギュムギュやりすぎて最後は叩かれてた。玉翔さんが。

祐仙がまったりとお茶を点てる仕草が可愛かった。やたらとゆっくりやるのがウザ可愛い。途中、ミスで道具を落としたのをちょっとチラ見するのもキュートだった。気になるよね。笑い転げすぎて手摺から転げ落ちそうになるのも可愛らしい、割り切った遊びの場面。

しかし祐仙が色々と演技しているあいだ岩代と駒沢はピクリとも動かない。じ〜〜〜〜〜〜っとしている。見事なんだけど、玉志さんも玉男さんも(-_-)(-_-)状態のままあまりに動かないのでおもしろくなってきて、笑いそうになった。岩代……というか玉志さんが妙にキビキビしているのもなんかおもしろい(失礼)。ターンが異様にビシッとしていて、あまりにキビキビしているので悪役と気づくのに少々時間がかかったが、悪役でも単なる暗愚ではないということなのね。最後は祐仙にキレていた。

この段、勘十郎さんほか人形は良かったんだけど、語りがちょっと大人しめなのはすこし残念だった。それとも祐仙ってもとからそんなに大笑いしないのかな。

しかしこの段、痺れ薬は解毒できるけど笑い薬には対抗できない下し薬や、「昨日松原で買うておいた笑い薬」ってなんで徳右衛門はそんな微妙なものを買っておいたのか、色々謎がある。とくに笑い薬のもとの用途が気になる。何をしようとしていたのか。今回上演しない笑い薬を買う段にその話が入っているのか

 

 

 

宿屋の段。

自室に戻った駒沢は徳右衛門から聞いた“朝顔”という瞽女を呼び出すが、果たしてそれは深雪〈豊松清十郎〉であった。自分を読んだのが恋する阿曾次郎とも知らず、朝顔は琴を弾きながらこれまでの苦労を唄い語る。

ここだけは昔観たことあるんだよね……。歌舞伎で……。いや歌舞伎の様子をそのまんま撮った状態の映画の映像で……。戦前のフィルムでサイレントだったので何をやってるか一切わからなかったが、こういう話だったのね……。長い時を経てやっと話を理解した。

 

 

 

大井川の段。

戎屋へ自分を呼び出したのが駒沢だとわかり、深雪は出立した彼のあとを追うが、おりしも雨が降り出し、駒沢の渡った大井川が川止めになってしまう。深雪は行く方を悲観し、増水した川へ身を投げようとする。

大井川へ身を投げようとした深雪が袖に詰める石がめちゃデカかった。人形の大きさからするとメガネケースくらいあるビッグな石であった。袖に詰める石、フリだけで小道具としてはないときもあるけど、あるときはお客さんに見せる用にデカイのね。マジで死ぬ気が伝わってきた。

そして、きょうは誰も死ななかったな〜と思っていたら、徳右衛門が突如腹を切ったのでびびった。なるほど駒沢の渡した妙薬を溶く甲子生まれの血の持ち主は爺さんだったのか。このすさまじい都合のよさが、良い。

ここまでわりとおとなしい展開だけど、ここのみ劇的な展開。最後なぜ靖太夫さん?と思ったけどなるほどね。

 

 

 

珍しく個人の気持ちが大きなストーリーを動かす話だった。重苦しい話ではないからか、開演から終演までがいつもより短く感じた。『君の名は』以前のすれ違い話の決定版とのことだったが、本当にすれ違う『君の名は』とは違い、顔を合わせていてもそうとは言えずふたたび別れるのが古典っぽい。この「そうとは言えず」が良いんだよね。『瞼の母』映画版も最後親子と言い合えず終わるパターンが味わいがあって好き。

朝顔は人形三交代だったが、どの方もそれぞれの可愛さがあって良かった。一輔さんは初々しく娘らしい可愛さ。簑助さんは匂い立つ百合の花のような恋を知った女の可愛さ。清十郎さんは儚げで悲壮な可愛さ。しかし清十郎さんのド悲惨感はすごい、正月の袖萩祭文でも目を疑うようなド悲惨感がすごかったけど、今回もド悲惨感がすごすぎてすごかった。何があの悲壮感のみなもとになっているのかはわからねど、あそこまでのド悲惨感をかもしてくる人はほかにいない。宿屋の深雪はもはや武家の娘の面影は薄れ、貧しい暮らしと先の見えない日々に心をやつれさせたあわれな女のようだった。しかし一転大井川では激情を見せ、あのままいくと本当に大井川へ身を投げかねないので、最後一応目が治るくだりがついていてよかったと思う。あの悲壮さが透明感を生んでいるとも言えるがとにかくすごい。最近は人形遣いさんの人による個性の違いがなんとなくわかってきたので、観ていて面白い。

簑助さんは先日の夏休み公演ではすこしお疲れのようで心配だったけど、この朝顔で拝見した簑助さんはとてもお顔色もよく、いきいきとしたご様子で安心した。終始、ふむ!って感じで、余裕ある印象だった。

玉男さんは『君の名は』でいうと佐田啓二の役だった(そのまんま)。よってとくになにかするわけではなく、出ずっぱりながらずっとじーっとしているんですが、まあこういうプリミティブなイケメン役はなかなか他の人にはできないから……(セルフ納得)。

あとはもうすこししっとり語れる太夫さんがもっといればと思う。「宇治川蛍狩りの段」奥・三輪さん、「明石船別れの段」津駒さん、「嶋田宿笑い薬の段」前・芳穂さんは良かった。津駒さんは出だしがよければもっと良かった、初日に近い日に行くと手探りがあるぶん、そういうところはちょっとソン?

 

 

 

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