TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 3月地方公演『妹背山婦女庭訓』『近頃河原の達引』府中の森芸術劇場

地方公演、10月にも行っただろと言われそうだが、配役が変わったのでもう一度行った。

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会場となる「府中の森芸術劇場」は、最寄駅は京王線の東府中、そこから大きい道なりに徒歩7分程度と、地図で見るぶんにはわかりやすげな場所なのだが、駅に「府中の森芸術劇場 右の北口出て左に曲がり横断歩道渡って右に曲がって横断歩道ウンヌンカンヌン」と、金殿の豆腐の御用が教えてくるお清所の場所かよっていう文章での案内が出ており、混乱させられた。

府中の森芸術劇場」はオーケストラピットのあるコンサートホールを含めた複数のホールを持つ大型の劇場施設。文楽はそのうち「ふるさとホール」という伝統芸能等を上演する小さめのホールが会場で、文楽劇場のように左右両翼に桟敷席が設置されていた。定式幕を引ける構造になっているものの、道行で吊るす浅葱幕を落とすことができないようで、引き上げで対処していた。

 

 

昼の部は『妹背山婦女庭訓』。人形の配役はお三輪=豊松清十郎、求馬=吉田和生、橘姫=吉田文昇、鱶七=吉田玉也。

お三輪は10月公演(桐竹勘十郎)より、より幼く、透明感のあるいたいけな感じだった。勘十郎さんは(杉酒屋の時点では)おっとりしたお嬢さん風だったが、清十郎さんは等身大の少女的な感じ。和生さんの求馬は優柔不断のクソ野郎にはならず、なんらかの意図があってそうしていることを匂わせる、ぴんとした印象だった。貴公子感が相当あった。

杉酒屋の段。お三輪が不穏な様子。子太郎(吉田玉勢)が余計なこと吹き込むあたりが一番不穏な様子なのだが、手の震えはそれはそわそわや不安を表現しているのか、それとも何らかの不本意な理由によってそうなってしまっているのか。背中に差していたうちわを手鏡のようにかかげるところ、かしらはしっかりしているのだが、持ったうちわがカタカタしているのが目立ってしまっており、後者なら心配。もしそうなら本当、お忙しいのはわかっているがなにより大事なお身体、ご無理のないようにしてほしい。意図だとしたら、求馬の言い訳を聞いた後(〽さすがはおぼこの解けやすく)以降は普通にしているのと、身分が違い仕草も異なる橘姫が出てくると差異が際立つので意図はわかるのだが、少々やりすぎのように感じる。

杉酒屋の床は咲太夫さん・燕三さん。最後、お三輪を追いかけてお三輪ママが駆け出すと、ママの帯に結わえつけられた酒樽の栓が抜けるところ、コポコポコポ〜酒がこぼれるぅ〜ああもったいないぃ〜って感じの三味線でよかった。

 

道行恋苧環。三味線が良かった。2月本公演より良かった。それにしても10月勘十郎さんのお三輪は相当やばい女で、あれに二股かけたら道行で一緒に踊らずその場で求馬がメッタ刺しにされても仕方ない感あったな。勘彌さんの橘姫を袖でおもいっきりぶったたいてキーッてやってたし。いや勘彌さんも負けじとぶったたいていたが。今回のおふたりはポンっと当てる程度でかわいらしかった。

 

姫戻りの段、金殿の段。10月勘十郎さんは相当エキサイトしていたが、今回の清十郎さんは金殿ではだいぶかわいそげな感じで、官女にいびられるところもかなりシオシオしているが、とくに鱶七に刺されたあとはもう死んでるのかなってくらいおとなしい。勘十郎さんは官女にいびられたあと相当狂乱していて鱶七にも楯突いていたが……。演技の組み立ては人によって違うのだなと思った。今回はお三輪がおとなしい分、最後に鱶七が正体をあらわす場面が際立っていた。冒頭に登場する豆腐の御用(吉田簑二郎)はお局様感のあるゲスでよかった。

金殿は我がお気に入り、津駒太夫さんが出演されていた。津駒さん、床が回った瞬間から (>_<) って感じの必死な表情と申しますか、トイレに行きたそうな表情なのがいつも気になっていたが、今回、かなり上手寄りで床がよく見える席になったのでじっと津駒さんを見ていたら、なにもはじめから必死なわけではなく、おそらくもともと必死感のあるお顔立ちで、上演前からお顔が (>_<) って感じになっているのは、単にパチクリまばたきされているだけのご様子だった。いや上演中は本当一生懸命でいらっしゃいましたが。上手に座ると気づくことが多いなと感じた。

 

 

夜の部は『近頃河原の達引』。人形の配役は与次郎=吉田玉男、伝兵衛=吉田簑二郎、おしゅん=吉田和生。

堀川猿回しの段、帰宅してきた与次郎がかぶっているてぬぐいがネコミミ状でかわいかった。与次郎は帰宅後、母に薬湯(お茶?)を飲ませる、今日のあがりを数える、お茶をわかす、たばこを吸う、ご飯を食べるなどやることが多いが、やることそのものは同じでも、10月の勘十郎さんと内容が違っていておもしろかった。ご飯を食べるところでは、勘十郎さんは「おひつからごはんをよそおうとするが、お弁当の残りがあることに気づいて、お弁当の残りのおにぎりをつつましく食べつつ、わずかなおかずである梅干しを酸っぱそうにちょびちょび食べる」みたいな庶民的な姿を表現する流れにしていたと思うが、玉男さんは「まずはお弁当の残りのおにぎりを食い、おひつのごはんもすべてさらえて残さず食う。でも梅干しはちょっとかじっただけで微妙な顔になり、即座に皿に戻す×2回」という流れだった。玉男さんの与次郎は自然体に生きておられるようだが、梅干しはお嫌いなようだ。よく見ると何かやるごとにひんぱんに眉毛をぴこぴこしていて、チャーミングな印象だった。

それはともかく、与次郎が足拍子を踏むたび、その振動で七輪の箱の上に乗った急須がぴょんぴょん飛び上がり、カタカタだんだん傾いてきてひっくり返りそうになっていたのでドキドキした。後ろの席の人は、最後、マンガみたいに急須が傾いたとき、「はっ」と声を出してしまっていた。あと一回足拍子が入っていたら玉男様がギャグになってしまうところだった。

和生さんのおしゅんの気品はさすがだった。掃き溜めに鶴。どうしてあの兄にこんな妹がいるんですかねって感じだった。

堀川の冒頭で、与次郎の母(吉田文昇)が三味線を習いに来ている女の子(稽古娘おつる=吉田玉彦)と合奏するところ、見ているとさすがにベテランの文昇さんのほうが三味線弾いてる感ある遣い方。バチを持つ手の腕の張り方と三味線への引っ掛け方、バチを弦に当てる角度がうまく、人形が持っているのは拵えものの三味線なのに、本当に音が鳴っていそうだと感じた。

そういえば10月に見たときはどうなっているのかわからなかった七輪の箱の火の粉、やっぱりあれは本当に火がついているんですね。与次郎が七輪の箱をうちわであおぐと、ほんのりと炭が燃えるような香りがした。たばこも本当に火がついているようで、杯を落とすとき、灰が落ちきるまできせるをカタカタ打ちつけていた。

 

 

公演日が3月11日だったため、冒頭の解説では東日本大震災の被災者のかたへのお見舞いの言葉があった。

解説は昼は靖太夫さん、夜は咲寿太夫さんで、双方で解説の組み立てが違っており、それぞれ独自に考えているんだなと思った。夜のほうは解説中、字幕立看板のGマークくんに独自の字幕(セリフ)を流していたが、あの字幕の内容も咲寿さんが考えたのかな。

会場規模は国立劇場小劇場くらい。客席に適度な傾斜がついていて人形が見やすかった。昼夜ともほぼ満席で、お客さん年齢層は本公演より若め。特に夜の部は(当社比)若い人のほうが多いほど。浄瑠璃の詞章や人形の仕草ひとつひとつにみなさんキャッキャと盛り上がっておられ、暖かい雰囲気だった。咲寿さんが解説で「文楽を初めてご覧になるかた?」と会場に尋ねておられたが、挙手されたのは3割くらいか。でもこれで文楽初めて観るっていいですよね。出演者も豪華だし、人に土産話を話せるような演目や内容ですからね。

今回はチケットをプレイガイドで取ったため席が指定できず、昼夜とも本公演では取らないような床の間近の席になった。やっぱり床に近いほうが三味線の音が綺麗に聞こえるな。離れた席とは音の澄みきり感やピンとした緊張感が違い、大変な贅沢感があった。これから本公演でもときどきは床の前の席にしようかしらん。でも人形は少々見づらいね。いや、人形は見えるのだが、人形遣いが見えない。昼の部、橘姫が衣をかついでいるときの文昇さん、夜の部の官左衛門役の玉也さん、お姿が人形に隠れてよく見えなかった。

 

10月地方公演(横浜公演)の感想はこちら 

 

 

  • 『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』杉酒屋の段、道行恋苧環、姫戻りの段、金殿の段  
  • 『近頃河原の達引(ちがごろかわらのたてひき)』四条河原の段、堀川猿廻しの段