TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

2016年ベストムービー5(旧作だけど)

今年はフィルムセンターの三隅研次特集で三隅作品をまとめて観られたのがよかった。それと新文芸坐内田吐夢特集。いずれも強固な美を感じるすばらしい作品群だった。

ベストムービーは毎年10本選んできたが、今年は特に強く心に残った5本について詳しく書き、他の印象深い作品はメモとして付した。

 

┃ 妖刀物語 花の吉原百人斬り

妖刀物語?花の吉原百人斬り? [VHS]

日本映画のオールタイムベストに挙げている方が多いので気になっていた作品、やっと観ることができた。

出だしから中盤までは随分のどかな話である。田舎の絹商人・次郎左衛門(片岡千恵蔵)は商売熱心で真面目な男で、奉公人や商売仲間らからの信頼も厚く、誰からも尊敬されている。しかし彼の顔には大きな痣があるがため幾度も見合いに失敗し、周囲の者は彼が心を痛めているのではないかと心配していた。あるとき、商売仲間が固い一方の次郎左衛門を吉原へ招待する。その座敷で次郎左衛門は「心にまで痣があるわけではないでしょう」と彼の顔を気にしない遊女・八ツ橋(水谷良重)と出会い、次第に彼女に入れ揚げるようになる。周囲の者はそれを静かに見守っていたが……

……と、ここまで観ただけでは何がどうなって「百人斬り」に落ちるの?と思う。原作は歌舞伎『籠釣瓶花街酔醒』らしいが、調べてびっくり。登場人物設定とオチだけを借用しているようで、肝心の「なぜ百人斬りに至ったのか」の経過が全然違うのである。(※百人斬りってマジ殺人のことね。比喩じゃなくて)

本作で一番上手いのは八ツ橋の設定だ。彼女は岡場所(非合法の下級娼婦)上がりで、お上に捕まり吉原へ入れられた女。周囲の生粋の遊女たちと違い、芸の教養も洗練された美しさもない彼女は見下され馬鹿にされていたが、「松の位(最高位)の太夫になりたい」という野望を持ち、手段を選ばずそれを実現しようとしている。そこへ偶然現れるのが次郎左衛門で、彼はその願いを金の力で叶えてやろうとするのだが……。自分の思いと相手の思惑は本当はまったく違うもののはずなのに、偶然噛み合った一瞬を思い込みでひきずってしまい、取り返しのつかない深みにはまってしまう。次郎左衛門も可哀想だが、正直八ツ橋の心もわかる。別に興味ない相手がちょっとした言葉を勝手な思い込みで良く取って、手前勝手に貢いできただけの、不可抗力といえば不可抗力。それがここまでの惨事を巻き起こすとは考えてもいなかっただろう。いや、ただそれだけでは地獄の扉は開かない。その地獄の門のかんぬきを開けるのは、遊郭の人々、金に支配される浮世のおそろしさ。

ラストシーン、桜舞い散る中、花魁道中の歩む吉原の大門前での立ち回りは壮絶。それまでのリアリズム重視の映像とはうって変わっての虚構の美しさが素晴らしい。花街の装飾で飾られている桜より上の位置から桜の花びらが散ってきてますからね。おそらく歌舞伎の絢爛たる世界をイメージしているのでしょう。のんびりした展開のときのほうが映像がリアルで、修羅場になった途端幻想的な演出となるのが面白い。そして強靭な脚本と演出。日本映画の中で最高峰という人がいるのもわかる。ぜひDVD化してほしい傑作。

 

 

┃ 海魔陸を行く

  • 監督=伊賀山正徳
  • 脚本=松永六郎/原作=今村貞男
  • 製作=ラジオ映画/配給=東映/1950

海中でのどかに暮らしていたタコ「我輩」は魚の行商人に捕らえられ、リヤカーに積まれて陸に挙げられてしまうも、行商人の客先回りの隙をついてニュルリと逃走、なつかしき故郷・海に向かってずんずん地上を這っていくという、本物の生きているタコを主演に迎えて制作された驚異のアニマルアドベンチャー映画。

………………え……??? 気が狂ってる……????? というのが正直なところだが、タコ氏が陸地で出会うクモ、カマキリ、カメ、ヘビなどの生き物たちの生態が精緻な映像で捉えられているのが見どころ。そして、タコ氏の冒険は山あり谷あり、ピンチの連続、手に汗握る展開である(というか、撮影では実際に数匹タコが死んだと思う……)。このうじゅるうじゅる蠢くタコ氏がCV:徳川夢声で英国紳士風のユーモア溢れるエレガントな喋り方というのもすごい。いま制作されたなら、ウケ狙いでしかない悪い意味でのB級映画になるところ、豊かなイマジネーションと気品にあふれたセンスを感じる秀作である。

 


┃ 鬼の棲む館

鬼の棲む館 [DVD]

南北朝時代、京の都の戦火を逃れた盗賊・太郎(勝新太郎)は愛人の白拍子・愛染(新珠三千代)とともに山奥の廃寺に篭っていた。しかしそこへ太郎の妻・楓(高峰秀子)がやって来て、有無を言わさず厨に居座ってしまい、妻妾同居がはじまる。さらに時が流れたある日、その廃寺に旅の上人(佐藤慶)が一夜の宿を乞うてやって来る……。

タイトルの「鬼の棲む館」の「鬼」とは誰のことなのだろう。私が一番恐ろしいのは妻・楓だった。自分から逃げた夫が愛人と暮らす廃寺に上がり込んで住み着いたうえ(この時点で怖すぎ)、正妻であることをタテに新珠三千代を罵倒し被害者ヅラして佐藤慶にすりよるシーンは超名場面。この妻役に高峰秀子とはナイス配役。高峰秀子の女のドロドロ全開の性格最悪女役は増村保造監督『華岡青洲の妻』も最高に素晴らしかったが、本作はそれと双璧をなす性格最悪ぶりでは。

そして、仏の法力が実在するという世界観も超越的。この「仏の法力が実在する」というのがストーリー上の重要なポイントで、「仏の法力が実在する」とわかったとたん、世界ががらりと反転する。本当に信心深かったのは誰か? 南北朝時代の独特の雰囲気も素晴らしい、驚異的な作品。

 

 

┃ 浪花の恋の物語

浪花の恋の物語 [DVD]

歌舞伎・文楽原作の映画化は色々難しいものがあると思う。なんせ大概話が作り話っぽいので……。って、それを言ったらおしまいよ。こらえて観なせえ。となるところ、本作は「原作の元になった事件を近松門左衛門がはたから見ている」というウルトラC(死語)構造で、このストーリーが「作り事」であることを見事逆転着地させている。

客席の寂しい人形浄瑠璃の芝居小屋・竹本座の客席の片隅で、客入りについて旦那衆が座付き作家・近松門左衛門片岡千恵蔵)に嫌味を言うところからこの物語は始まる。その桟敷席に目をやると、見物に来ている飛脚屋のおかみさん・お嬢さんのもとに養子の忠兵衛(中村錦之助)が弁当を届けに現れ、おかみさんに他所の飛脚問屋で封印切りがあったという話をしている。やがて忠兵衛は友人・八右衛門(三島雅夫)に誘われて上がった女郎屋で梅川(有馬稲子)と出会い、物語は次第に『冥途の飛脚』のストーリーに入ってゆく。この『冥途の飛脚』部分の脚本とその演出もすばらしいのだが、二人と深く関わることはないものの、(あっ、いまからネタバレしますよ)その経過をすぐそばでつぶさに見ていた近松がこの世で叶わなかった思いを狂言で遂げさせてやるという構成がすばらしい。現代に残っている浄瑠璃を再解釈すること、それ自体がストーリーとなっている物語構造がまことに見事。なるほど、芝居をそのまんま映画にするのではなく、こういう見せ方もあるのねと思わされた。そして、一部史実を改変しているのもむしろ見所となっている。

重厚で濃度の高い映像が大変に美しい。当時の芝居小屋の内外や中庭を持つ遊郭、忠兵衛の養子先の商店など、あらゆる場所が高レベルの美術で彩られ、登場人物たちが行き交い、呼吸する世界を作り出している。そしてクライマックス、歌舞伎を取り入れた近松のイマジネーションの世界の演出は必見。さらにその理想の世界を表現するラストシーンの美しさには涙。ああなるほど、浄瑠璃の世界の「作り事」っぽさって、こういうことだったんだなあと思わされる。それがどういう演出かは、ぜひとも実際に観ていただきたい。

文楽のシーンは本職の演者=当時の三和会所属の方々が出演し、江戸時代の芝居小屋での「二人三番叟」と「新口村」が結構たっぷり観られる*1。これも結構な見どころで、その美しさに引き込まれた。

 

 

┃ ざ・鬼太鼓座

あの頃映画松竹DVDコレクション ざ・鬼太鼓座[DVD]

今年のフィルメックスでデジタルリマスター版が公開された加藤泰の最後の作品。毀誉褒貶激しい作品だと思うが、褒めている人、認めない人、双方の言い分のわかる複雑な作品だった。

まず、いいところ。とにかく映像が美しい。圧倒的な映像美。個人的には加藤泰の映像面での最高傑作と言って差し支えないと思う。本作は鬼太鼓座の若者たちをとらえた「ドキュメンタリー」と言われているが、実際には「鬼太鼓座」の持っている楽曲のレパートリーをピックアップし、10分程度?のPV風映像をつなぎ合わせた構成。なにをもってPV風と言っているかというと、たとえば最初のほうに入っている剣舞。寺院の長細いお堂(外廊下?)のような場所で演舞をしている映像に、えらいちょうどいいタイミングでいちょうの葉がフワリと舞い上がるのだ。ああこりゃ完全に作ってるんだなと思った。本作の映像美というのは、つまりは作り込んだ映像のことだ。それはたとえば『花と龍』の雪の艀の乱闘シーンや、『明治侠客伝 三代目襲名』の鶴田浩二藤純子の夕焼けの逢引のシーンのように、完全な設計にもとづき撮影されているのだ。単なる撮りっぱのライブ映像ではない。その点でことにすごいのは、佐渡を本拠地とするグループなのに、納得のいく映像美を求めて日本中でロケしていること。土地に根ざしたパフォーマンスをやってるわけではないのか?? いやたしかに唐突に津軽三味線のシーンとかあるので、はじめっからそういう(失礼な言い方をするが)民俗芸能パロディのパフォーマンスなのかもしれないが、それでもなんか本末転倒な気がするが、加藤泰、そこまでやる気だったんだということはわかる。

次によくないところ。出演者のパフォーマンスが映像に追いついていない。太鼓はいいのだが、踊りや和楽器のようなその道のプロフェッショナルが確立している芸の部類が厳しい。芸そのものを見せる目的のグループでないのはわかるが、予想以上に厳しい部分があった。私が一番気になったのは、「櫓のお七」のパート。お七に扮した女性メンバーが人形振りを見せるのだが、この人、踊りをやったことないんじゃないですかねぇ……。この「櫓のお七」はもともと鬼太鼓座のレパートリーにあったが、加藤泰は何らかの理由でその仕上がりに納得がいかず、映画化にあたって舞踊指導をつけたという話が『冬のつらさを』に書いてあったが……。それと、伴奏を津軽三味線の楽曲にしているのだが(メンバーの演奏)、踊りができる人がやるなら意外性があっていいかもしれないけど、踊れない人がやっても双方とも単なる粗雑にしか見えない。でも映像そのものはすごく綺麗なんだよねえ。これはあくまでパフォーマンスであって芸ではないというのが正しいのだろうけど、加藤泰もこれでよかったのだろうか……。他にもこの手の厳しい部分があるのだが、とにかく映像が美しいのですべてどうでもよくなる。

被写体に難色を示され加藤泰の存命中はお蔵入りになったと言われているが、そりゃまあ、これではしゃーないわなと思った。私から見ても、被写体をないがしろにしているレベルで映像そのものを追求しているように感じたので……。しかし、それでもこの映像美は忘れがたく、その点だけでも加藤泰の生涯に残る傑作と言えると思う。

 

 

 

その他、印象に残る作品たち。

  • 『斬る』……最高レベルの時代劇。梅の枝を構えるのが単なる様式美やカッコつけになっていない、それが本当にすごい。
  • 『剣鬼』……花輪和一の漫画のような、あるいはおとぎ話のような世界観のファンタジック時代劇。 この映画がこの世に存在すること自体がすごいと思う。
  • 子連れ狼 三途の川の乳母車』……三隅研次監督の子連れ狼シリーズ、どれもいいのだが、あえて1本選ぶならこれ。上意にのみ生きる刺客たちとの砂漠でのもはや何の意味もない殺し合いが見事。
  • 『炎上』……三島由紀夫金閣寺』の映画化。原作で繰り返し立ち現れてくる美のイデア金閣寺をどう映像化するのか、その一点においてだけでも素晴らしい。邪悪な同級生・仲代達矢もエクセレント。
  • 『ビッグ・マグナム 黒岩先生』……山口和彦は天才だと思う。こんなクソ企画(失礼)でも全力投球でカッコよく仕上げているのだから。
  • 『獅子の座』……伊藤大輔監督、まさかの能もの時代劇。メチャクチャでかい能楽堂のセットがとにかく衝撃的。
  • 『無宿者』……固有名詞を排除するようなクローズアップ多用が印象的。白昼夢の中の世界のような話。
  • 『この天の虹』……企業タイアップ映画ながら木下惠介世界観に満ちた作品。人間のクズにしか見えない技師・田村高廣のキャラクター造形が独特。
  • 『間諜』……不穏な動きを見せる阿波藩に潜入した隠密、内田良平松方弘樹緒形拳を描く時代ものスパイ映画。荒涼とした高温を感じる空気感の描写が見事。
  • 『女番長ブルース 牝蜂の逆襲』……これぞ女子映画。「女の子」の「女の子」である部分を見事に描き切ったプログラムピクチャー。鈴木則文は偉大だった。
  • 文楽 冥途の飛脚』……文楽の舞台の記録映像的な作品で、スタジオ撮影のくせに肝心の人形が写っている部分の色調が最悪なのだが、出演者が豪華なので仕方なく許す。ラピュタでの上映時、客筋がいつもと違っていたのも印象に残る。
  • 『ファンキーハットの快男児 二千万円の腕』……爽やかで明るくてハッピーなSP。若き千葉チャンの溌剌とした健康的な輝きが魅力。
  • 『サラリーマン目白三平』……ほのぼのと、淡々と、庄野潤三の小説を映画化したような、「なんでもない」佳作。
  • 『仇討』……とある仇討事件の顛末を描く衝撃の時代劇。仇討は本人たちは本気だが、ギャラリーは遊び感覚で観に来ている。仇討会場のまわりに出ている出店が凄ぇ。
  • 『越後つついし親不知』……話そのものはよくあるクチだが、オチが普通ではない。
  • 『陸軍諜報33』……イケメン!軍服!拷問!最高!
  • 『海から来た流れ者』……なぜ日活アクションの中で大島は無法地帯なのか。すばらしき日活時空を楽しめる1本。
  • 最後の審判』……ひねくれ者を演じさせたら天下一の仲代達矢主演によるピカレスクロマン。全編に流れる品格がすばらしい。
  • 『温泉みみず芸者』……ピンポイントで恐縮だが、最後の決闘シーンで海岸を這い回るタコを見たヒロインの母が「祖先の霊が助けに来たわ!」というシーン、どうやったらそんなセリフとシチュエーションを思いつくんだ???
  • 『温泉スッポン芸者』……この映画のあらすじを人に話したら、おそらく「こいつ気が狂ったな」と思われるであろう。至上の名品。
  • 刑事物語 東京の迷路』……荒涼とした貧しい街・東京の姿を捉えた刑事もの。ロケ多用が効いている。
  • 『歌え若人達』……木下惠介大先生が描くドリーム炸裂名門大学男子寮物語。話そのものは普通で、主演俳優がおそろしい大根で見ていられないのだが、木下惠介大先生のかわいい男の子大好きハートに胸をうたれる。
  • 恐怖劇場アンバランス「殺しのゲーム」……長谷部安春監督によるテレビドラマ。説明をカットした超スタイリッシュな幕切れがかっこよすぎ。
  • 赤穂浪士』……忠臣蔵初心者の私ですが、これぞ東映と思わされる忠臣蔵映画の決定版だった。既存の「こういうのが忠臣蔵の話だよね」という総意につけ加えられた、二次創作的なオリキャラ・オリジナルエピソードの盛り込み方がうまい。

*1:大夫=豊竹つばめ大夫(当時)、三味線=野澤勝太郎、人形=桐竹紋十郎