TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 10・11月大阪錦秋公演『増補忠臣蔵』『艶容女舞衣』『勧進帳』国立文楽劇場

第一部に続けて第二部を鑑賞。

錦秋公演の目玉として『勧進帳』を上演するということで、文楽劇場1Fの資料展示室でも勧進帳の企画が行われていた。モニタには歌舞伎の『勧進帳』と能の『安宅』、そして文楽の『勧進帳』の映像が流されていたのだが、第二部開演待ちのあいだに観ているみなさんの間に「エエからはよ文楽見せえや」オーラがみなぎっていた。

 

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1本目『増補忠臣蔵』。『仮名手本忠臣蔵』殿中刃傷の段で高師直を斬りつけた塩谷判官を抱きとめた加古川本蔵(配役・吉田玉也)の下屋敷に、主君である桃井若狭之助(吉田玉志)が訪ねてくるところから話がはじまる。

しょっぱなから「この人形、絶対阪神ファンだよね?」「阪神って江戸時代からあったんだ〜」としか言いようのない人形(井波伴左衛門、吉田玉佳)が出てきて話がまったく頭に入らずやばかった。なんであんなド派手な格好してんの? 大阪センス? そりゃ三千歳姫(吉田一輔)もすごい勢いでドン引きするよ。と思った。開演前に一応パンフレットのあらすじを読んだのだが、そもそも忠臣蔵のあらすじを理解していないせいで登場人物の関係とか時系列がよくわかんなかったんです……。教養がないというのは本当にあわれなことだ。加古川本蔵と三千歳姫が尺八と琴で合奏するあたりでやっと話が理解できた(最後すぎ)。いやあの阪神ファンがいなくなったからさ……。あと燕三さんが出てたから。

※ちなみにどういう話だったかというあらすじ……若狭之助の近衆(側役)・伊波伴左衛門の言によれば、桃井若狭之助が家老・加古川本蔵の屋敷を訪ねたのは本蔵を処分するためだという。井波は本蔵亡き後若狭之助らをも皆殺しにするため、茶釜へ毒を仕込む。それを物陰からこっそり見ている本蔵。屋敷には桃井若狭之助の妹・三千歳姫が預けられているのだが、姫を気に入っている伴左衛門はモゾモゾと近寄り「チミはポクリンと結婚するんだよ~ん(スリスリ)」と迫ってすごい勢いで姫にドン引きされる。三千歳姫には塩谷判官の弟・縫之助という許嫁がおり、かの一件により姫は彼と引き離されたことを嘆いて暮らしていたのだ。そこへ現れた本蔵がキモすぎる伴左衛門と姫の間に割って入って代わりに抱きつかれ、伴左衛門をたしなめるが、伴左衛門は逆に、かつて若狭之助が高師直に侮辱され斬り捨てようとしたとき(これは殿中刃傷の段より前の話)、本蔵が若狭之助への断りなく師直に賄賂を贈ってことおさめようとしたことで若狭之助は「諂い武士」と他の大名たちから陰口を叩かれるハメになったのだと非難。本蔵が下屋敷へ蟄居の身となったのもこのためだったのだ。そして伴左衛門は若狭之助の命により本蔵に縄をうち、庭へ引き出す。若狭之助は、かつて賄賂の件で彼を責めたとき、松の枝を切って見せて師直を討つよう励ましたではないかと尋ねるが、本蔵はそれは諌言のつもりだった(「松」の文字から「木」をぽきっと取ると「公」が残る、つまりは国家のためと言いたかったらしい)、主君が辱めを受けたいま、自分は死ぬのみと告げる。若狭之助は庭へ歩み出てスラリと刀を振り上げるが、その刃で斬り落とされたのは本蔵の首ではなく伴左衛門の首だった。驚く本蔵の縄を切り落とすと、若狭之助は、あのとき諌めてくれた本蔵のことは忠臣義臣と思っており暇遣いは心苦しいが、本蔵が塩谷判官の家老・大星由良之助に討たれる覚悟であることはわかっている、来世でまた忠義を尽くしてほしいと別れを嘆いた。そして本蔵が茶釜の湯を植木鉢の花にかけると花はたちまち萎れ、伴左衛門の企てが暴露される。若狭之助はさらにその忠義を讃え、餞別として三衣袋・袈裟・尺八、そして由良助への土産にと高師直の屋敷の見取り図を本蔵に与え、由良助の住む山科へ向かわせる。影からそれを見ていた三千歳姫は本蔵の門出の祝いに琴を奏で、虚無僧姿となった本蔵も若狭之助に請われてそれにあわせ尺八を吹くのだった。というお話でした。なお、尺八はお囃子ではなく、舞台下手で演奏家の方が実際に吹いてらっしゃいました。

あと、人形でとある役がトリプルキャストで、詳しくは言えないが、私が行った日は個人的に注目の方が当たっていて「おっ」と思っていたら、後ろの席の爺さんが「いや〜❤️」と盛り上がっておられた。そのとき、爺さんと私の心はひとつであった。

 

 

2本目『艶容女舞衣』。女芸人・三勝(配役・吉田簑助)と別れられず子までなし、妻・お園(桐竹勘十郎)を顧みず父母から勘当された酒屋の倅・半七(吉田勘彌)、お園はそれでも半七を慕っているという内容で、筋書きだけ見ると

「は???????????」

としか言いようのない話だが、出演者の演技力で圧倒という感じだった。なるほど、ありえない話も芸の力でこういう見え方になるのかと感服した。しかしこれ、演者が男性じゃないと無理ですね。お園役の勘十郎さん、これが初役とのことだが、フンワリ可憐な美少女人妻感がすばらしかった。女性がやったら地獄の果てまで追い詰める般若の形相になってしまうであろう、自分も人形も。

夜の部はとてもいい席が取れたため、簑助さんの演技を本当に間近で観られたのには感動した。最後のほう、心中を決意した半七と一緒に三勝が外から茜屋のなかを伺い、三勝がお通(吉田玉征)をもういちど見たさに門扉へすがりついて嘆く場面がちょうど目の前だったのだ。文楽だと人形を3人で操っているわけだけど、目の前で見ていると、まるで人形がひとりでに動いているのを3人がかりでおさえているように見えて……、小さな子供がウゴウゴぐずるのを親がおさえておとなしくさせようとしているようで……。とくに三勝が門扉にしなだれかかるところは簑助さんも右手をはなし、体から人形を遠ざけて演技をしているので、本当に生きているようだった。驚いたというよりも、恐ろしくて鳥肌がたった。三勝は設定的にはいまの感覚からするとどう考えてもド汚れキャラなのに、清楚で透明な、不思議な雰囲気に目が釘付けになり、あまりの美しさに気が狂うかと思った。半七の無茶苦茶な行動が理解できる気品と美貌だった。

ところで、お園の「今頃は半七様……」からはじまるクドキは大変有名で、昔はだれでも知っていたという話をよく聞くが、私は正直「まったく聞いたことねえ…… 昔っていつの話だよ…… 江戸?」と思っていた。ところが錦秋公演に行った数日後、加藤泰監督の『日本侠花伝』(東宝/1973)という映画を観たのだが、なんとここに出てきた。状況を説明するとちょっと長くなるのだが、大正時代が舞台の作品で、主人公の女は故郷・宇和島の大店の長男と駆け落ちして2年が経つが、ある事件に巻き込まれたことがきっかけで実家に居所が知れてしまう。男は宇和島から迎えにきた母と番頭にまったく抵抗せず、むしろコッチを無視してくるので、主人公はここで死ねば思い出は綺麗なまま、心中してくれと掴みかかるが、もみ合ううち本当に崖から海へ転落してしまう。そこへ通りかかった海釣り中の老侠客が海からふたりを救い上げ、自宅で介抱してくれるも、ふたりは目も合わさず無言。ここで彼女らを見守る老侠客・曾我廼家明蝶が「こんなことと知ったらば、去年の秋の煩いに〜♪」と突然歌い出すのだ。この映画、5年前にも観たことがあるのだが、そのときは義太夫をまったく知らなかったので、全然気づかなかった。「酒屋」のクドキって、昔は本当に有名だったんだな……。

 

 

3本目『勧進帳』。

キャアアアアアアアアアアアアアアア玉男様アアアアアアアアアアアアアアア❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️

って感じだった。私と、私の周辺一帯。

……と、結論から書いてしまったが、まず導入を言うと、私、これで初めて『勧進帳』の内容を知った。歌舞伎はさることながら能の『安宅』も観たことがないし、『勧進帳』は私の中で「名前とぱっと見のイメージだけ知っていて、内容をまったく知らないもの」の代表格だったが、こういう話だったのか。わりとストーリーがきっちりある内容だった。そのあらすじは、兄・義朝に疎まれ追われる身となった義経(配役・豊松清十郎)とともに山伏に化けて関所を抜けようとした弁慶(吉田玉男)は、義朝の命を受けた関守・富樫之介正広(吉田和生)の前に引き出され、矢継ぎ早の問答を受けることになるというもの。弁慶って頭いいんだなと思った(バカ感想)。

最後の引っ込みは花道を使った演出で超大盛り上がり。私の座っていた席は前方やや下手なので人形遣いのファンが固まっているのだろうが、みなさんキャーキャー状態だった。場内拍手の嵐の中、「玉男ー!」「玉男さん……❤️」コールが飛んでいた。

弁慶のみ全員出遣いで、左が玉佳さん、足が玉路さんだった。どんな人形でもそうだけど、左遣いのひとって「ぽわ……🌼」と野原にタンポポ一輪……的な感じで佇んでいらっしゃるのかと思っていたが、当たり前だが目がマジでこりゃ大変だわと思った。そうだよね〜、あれだけ人形から距離離れて正面がどうなっているかわからない状態でやってんだから、そりゃ真剣ですよね〜。今回は内容上、ぱっぱっと淀みなく小物の持ち替えをやっていかなくてはならなくて、とくに白紙の勧進帳を取り落とすと興ざめなので真剣そのもの。足遣いのかたは出てきたときから額に汗を滲ませておられ、本当大変だと思った。花道に出る場面だと人形遣いも全員全身が見える状態になるのだが、私の席は前方花道のキワで真横を通り過ぎるため、キャー玉男様ーっていうのもあるのだが、それと同等に、もう本当、足遣いがどれだけがんばっているかがよくわかった。周囲の席の人全員「「「「「足遣いのひと、本当がんばってる!!!!!!!」」」」」と絶賛だった。いやもう本当がんばっておられた。本当。

ほか、義経役の清十郎さんも、紫の薄衣をまとい、顔を笠で隠してさささっと走り去る姿など、とても気品があってよかった。このかた、切り花のような瑞々しい感じの気品が似合うんでしょうね。いっぽう白檀の香のごとき気品の和生さんは大型の人形で大変そうだったが、堂々としておられてさすがだと感じた。

 

文楽劇場には老若男女いろんなお客さんが来ているが、玉男様ガチ恋勢の爺さんたちおもしろすぎ。なぜか毎回私の席の周囲に玉男さんにキャーキャーやってる爺さんがいるのだが、あの爺さんたちホンマ幸せそうでうらやましい。私もあれくらい自由に生きていきたいと思う。いやでも爺さんたちの言う通り、玉男さんが男前で、そして思っていた以上に男前だったのは今回の『勧進帳』でよくわかった。爺さんたちは私の心の友なのだと思う。爺さんたちにはこれからもポックリいくまで思う存分叫んで欲しい。

 

今公演、昼・夜とも、平日上演にも関わらずかなり席が埋まっていて驚いた。やはり大阪はお客さんがみな楽しそうでワーキャーしていて、雰囲気がとてもいい。実際に観る……というか大阪に行くまでは、文楽って観客がこんなにキャッキャしてるとは知らなかったので……。もうちょっと渋い、終始シーンとした感じの芸能かと思っていた。(いや、東京はお客さんあんまりキャッキャしてないですが)

今回はバックステージツアーに参加できたこともあって、本当に楽しかった。大阪公演へ行くたびテンション上がって無闇に大喜びしている私だが、今回はいままででいちばん「大阪まで来てよかった」と思った。