TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 2月東京公演『義経千本桜』国立劇場 小劇場

何年前になるだろうか、フィルムセンターで早稲田大学所蔵の日本映画最初期の作品が解説付きで上映されるイベントがあった。最初期も最初期の作品なので、もはや撮りっぱなし状態。それで何を撮っているかと言えば、歌舞伎。解説の講師も歌舞伎関連の方で、かなり丁寧な作品内容の解説をして下さるのをノートに取っていたのだが、古典芸能に疎い自分はそれに全然ついていけなかった。解説者の方は歌舞伎を知らない人向けにも易しく楽しく話してくださるのだが、そもそも『菅原伝授手習鑑』とか『生写朝顔話』とかの基本的な作品タイトルが漢字で書けず、自分自身のあまりのアホさに涙が出た。別にこれだけの話ではないが、古い日本映画を観ていく上では古典芸能の教養は必須だ。むかしの映画には、歌舞伎や能の劇中劇シーンが入っていたり、古典芸能が原作のものも多い。古典芸能に理解がないと、意味の取れないシーンがあったりする。

いい歳こいてこんな無教養なのはまずかろうと思いはや数年。そう思ったことも忘れて日々の忙しさとしがらみに絡めとられ無為に過ごしていた昨年、渡世上の義理ある写真家の方が自主制作の写真展を開くということでチラシを頂いた。そこに載っていたのが今の吉田玉男さんをモデルにした写真。ものすごく印象的だった。写真そのものがとても素敵なのと、あまりに玉男さんが格好良くて衝撃的で、この人はなんなの?と驚いた……。そして、シンプルに、文楽の演者って、こんな格好いい人がいるんだ……。と(急激に知性が低下)。

その時は文楽業界のシステムについてわかっておらず、文楽も歌舞伎や能のような家元制度的なものがあると思っていたので、玉男さんはどこぞのご宗家かと思った。気品がありすぎて。そして、その写真家さんが「文楽の撮影のために普段の仕事をしているくらい」と仰っていて、この厳しい方にそこまで言わせる文楽って何なのか、と思った。

(ちなみに頂いたのはこのチラシ http://www.diapositive.jp ここの「EXHIBITION」を選んで表示される上から2枚目。玉男様がかっこよすぎていまでもクリアファイルに挟んで保存しています。個人的には公演のポスターも撮り下し可能ならこの方の写真にして欲しいですステマ

日々の雑事に押し流されそこからさらに半年ほど経ち、今年の年明け。渡世の義理である古典芸能について調べる用事があり、これが心当たり一切なしだったためイチから勉強することになり、エライ思いをした。もう本当にいい歳こいてこの無教養ではいけないと思ったとき、その写真家の方のことを思い出し、観るなら文楽にしようと手近な2月東京公演の夜の部のチケットを思いつきで購入した。*1

 

 

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初めて文楽を見ていちばん驚いたのは、人形の動きのスムーズさ。

実際に見るまではもうちょっと単純な、子ども向け人形劇のような簡潔な大ぶりの動きをイメージしてたが、かなり動きが細かい。一般的な人形劇とは動きのセオリーがまったく違っていて、ディズニーやピクサーなどのアニメーションの、異様なまでの滑らかな動きに近いイメージ。例えば右側に歩いていくとしたら、直前に一瞬左を向いてクルっと反動をつけてから歩いていくような……。人間の動きのトレースではなく、よりそれらしくなるようにデフォルメして舞踊的な華麗さ・優雅さを足していて、全身で表現している。とにかくあまりの洗練ぶりに驚いた。まるで絵巻物が動いているような感覚。

それと、動き・テンポが結構速い。古典芸能全般のイメージから、もうちょっとゆっくりしてる(日舞的な感じ)と勝手に思っていた。あんまりマッタリしているのは性に合わないので、これはよかった。また、よく言われるような、出遣い(紋付姿の主遣いが常に見えている状態)や、黒衣が2人ついていることへの違和感は私はなかった。人形の演技を見ていればほぼ目につかなくなるので。

なにはともあれ、一目惚れした。あまり深く考えずいきなり観に行ってよかった。

 

先述の通りこの世の果てのような無教養の上、まっ……たく文楽の知識がなかったので話そのものについていけるかが心配だったが、字幕表示を見れば問題なし。中高時代の古文の授業がこんなところで活きてくるとは、やはり勉強って大事だと感じた。

話も古典らしく現代の物語のセオリーや倫理観とは全く違うものだが、文楽だと人形が演じているのがいい。生身の人間じゃない良さを感じる。歌舞伎と同じ演目でも人形でやっている理由がわかる。登場人物(人形)の台詞も全て義太夫節の中に組み込まれているのも良い。

観劇そのものに関して別に難しいことはなかったが、初心者的には拍手のタイミングに迷った。まあ周囲の人に合わせて拍手すりゃいいのだが、幕が開いて太夫さん・三味線さんが出てくるときと終わりの幕が閉まるときに拍手するのはわかるけど、人形の演技(浄瑠璃の内容)に合わせての拍手のタイミングがはかれない。人形の出で拍手するしないはともかく、内容合わせの拍手は古典なので決まった見所があるのだろうが、初心者なんでその見所がわからない。ただ「道行初音旅」で静御前が後ろ向きに扇を放り投げて狐忠信がキャッチするところは思わず拍手。聞くところによると成功率は9割程度、結構高く投げるのにうまくキャッチできるものなのね。

それで思い出したが、狐の動きがやたらリアルで驚いた。確かに動物ってこういう動きしますよね〜……耳カイカイとか……っていうか犬寄りだなという感じで、人形=人間の動きより現実に寄せている印象動物愛(?)を感じた

 

あと、床が回転する仕組みについては「何故こうなった??????」と今でもよくわからない。義太夫節そのものについては元々語り物の芸能に興味があったからか、違和感なくなじめた。逆に、初心者でも結構聞き取れるもんだなと。字幕のありがたさをさきほど書いたが、実際には意外と字幕なくても何言ってるかわかる。

 

このときはとりあえず2等席を取ったが、2等席って最後列なのか。最後列からだとさすがに人形が見辛いので(見えないことはないけど、人形の顔までは見えない)、1000円程度しか変わらないならこれからは絶対一等席にしよ、と思った。

ちなみにこの夜の部、あれだけ「いや〜❤かっこいい〜❤」と騒いでいた玉男さんは出てませんでした(←何も考えずに取ったバカ)。 

*1:朝の部、昼の部は完売で取れなかったため。このときはまだ東京公演の土休日チケット争奪戦の激しさを知らなかった