TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

『鉄砲玉の美学』と渡瀬恒彦のチャーム

人によって評価の分かれる映画がある。

鹿島茂『甦る昭和脇役名画館』という本があって、これはいまでは『昭和怪優伝 帰ってきた昭和脇役名画館』というタイトルで中公文庫に入っている。1960〜70年代の邦画プログラムピクチャーで活躍した俳優……例えば荒木一郎成田三樹夫芹明香ら……について書かれた本で、基本的には愛すべきそして同意できる内容なのだが、渡瀬恒彦の項だけはどうかと思った。というのも私と評価が真逆、見ているところが違いすぎたからである。何が書いてあったかというと、いわく、『鉄砲玉の美学』では渡瀬恒彦の魅力はくすぶっていて不十分であったが、のちの『仁義なき戦い 代理戦争』ではその真価がいかんなく発揮されていたと。

はぁ〜〜〜っ!?!?

いや『仁義なき戦い 代理戦争』はすごく良い映画ですよ。でもそれは笠原和夫の脚本の完成度の話であって、個々の俳優のやることがどれだけ派手か(ストーリー上の行動結果の成功、不成功)を基準にして『鉄砲玉の美学』の渡瀬恒彦はよくない、『仁義なき戦い 代理戦争』のほうがいいって文脈、おかしくないか!?

……とぶち切れたんですが、『鉄砲玉の美学』の評価が人によって相当分かれるのは知っていた。『鉄砲玉の美学』は時々名画座で上映されるので、上映時期にtwitterを検索すると結構な数の感想が引っかかってくる。絶賛している人もいるのだが、「派手な抗争シーンがなく地味」とまったく評価しない人もかなりいる。そりゃATGで自主制作同然なんだから予算ないよ。地味で当然だよ。っていうか抗争を見せる映画じゃないから。と思うのだが、逆に、絶賛している人がなぜ絶賛しているかといえば、おそらく「共感/感情移入」によるものだろう。

共感。感情移入。

私はふだん、共感できるとか感情移入できるとかを映画の評価軸にはしていない。話がすこしそれるが、『鉄砲玉の美学』の監督、中島貞夫が映画のシナリオ術をレクチャーする『映画の四日間』という本がある。その中にトークショーでの学生との質疑応答が収録されており、監督はデビュー作で自身が脚本を書いている『893愚連隊』について学生からの「共感できなかったのですが?」という質問を受け、「共感を目的としていません」と返す。『893愚連隊』は登場人物の言動に共感できないことがストーリーの鍵になっているので、共感できないほうが本来的な意味ではおもしろく観られるはずだ。

しかし、『鉄砲玉の美学』では主人公の渡瀬恒彦に共感できるか、感情移入できるかが評価の分かれ目だろうなと思う。私はもちろん、「共感できる」「感情移入できる」ほうだ。

 

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『鉄砲玉の美学』

 

小池清(渡瀬恒彦)は繁華街の路地で“大きくならないウサギ”を売っているしがないチンピラである。大きくならないウサギ……もちろんこれは嘘で、エサをほんのちょっとしか食わせず、大きくなれないようにしているだけ。ヤクザ・天佑会の下っ端であるかれはすべてが冴えない男で、賭け麻雀に興じてボロ負け、即金払いできず仲間と揉めて、情婦でトルコ嬢の森みつるに金をせびるクズ。しかし自己評価だけは異様に高く、自分より弱いと判断したものに対しては徹底的に尊大な態度に出て暴力をふるう、ゴミクズが服を着て歩いているようなヤツだ。ろくな稼ぎもできないくせにウサギ相手にデカイ態度取ってるんだから馬鹿としか言いようがない。そんな渡瀬だったが、組織が南九州へ進出するという話が持ち上がり、かれがその先陣を切る「鉄砲玉」に選出される。一挺の拳銃と見返りの100万円を手にしたかれは、上等のスーツを仕立てて札ビラをやたらと切りまくりつつ意気揚々と宮崎へ乗り込む。

本作が企画段階で主演俳優未定だったとき、その話をかぎつけた渡瀬恒彦が中島監督に「絶対おれじゃなきゃダメだよ♥」と頼み込んで主演におさまったらしいが、渡瀬はそのかわいい図々しさを作中でもいかんなく発揮する。

ナリは一流になって態度もデカくなっても、中身はパーのまんま。タクシーを乗りつけた宮崎イチの高級ホテルの部屋の姿見で、「わいは天佑会の小池清や……!(キリッ☆)」と格好つけの練習をする。渡瀬は宮崎の市街を存分にエラソーに歩き回るが、そこにかれを付け回す影。元来ハートがスモールに出来ているかれはびびりまくるが、その影は川谷拓三だった。渡瀬はクズの直感で拓ぼん→自分より弱そう!と判断、速攻マウントして叩きのめす。宮崎を仕切る南九会の幹部・小池朝雄の経営するクラブへ川谷を突き出すと、小池は川谷に渡瀬がドン引きしするくらいの凄まじい制裁を加える。よくあるヤクザの手口にびびりまくる渡瀬だったが、小池から拓ぼんの“詫び”として“特別な接待”を受ける。それは“女”。渡瀬は小池から情婦の杉本美樹をあてがわれ、彼女ともも都城の観光ホテルへ向かう。彼女にお風呂で体を洗ってもらってご満悦の表情を浮かべる渡瀬。ま〜これが馬鹿っぽくていいんですわ。頭の中身なにも入ってなさそう……。ところがそれもつかの間、かれの脳裏にド最悪だった過去がフラッシュバックする。かれはかつてつまらない料理人で、街行く女子大生をまぶしそうに見ているばかりのまったくモテない野郎だった。あまりにモテなさすぎて、休憩時間に便所の壁に死ぬほどドヘタなエロ絵を一生懸命落書きし、それを見て自家発電……。その一生懸命落書きしているときの表情があまりにピュアネスすぎて涙がこぼれる。しかも絵がもうむしろ描かないほうがいいんじゃないかというか、本当哀れとしかいいようのないヘタクソさ。あまりに悲惨すぎて目も当てられないそんな過去を思い出して我に返ったかれは、衝動的に杉本美樹をいたぶり、気分次第で自分より下だと思っている存在に対して粗暴な態度を取るというドクズの真価を発揮する。

 

 

 

かれはドクズはドクズなんだけど、ただ、思っていること自体は普通の若者。

たいした人間じゃないくせに、「自分の真価はこんなもんじゃない、自分はまだ本気を出していないだけ、まわりの評価が間違っている」と思い込んでいて、そう自分で思っているだけならまだ良かったが、これをうまく利用しようとする組織は、手前からしたらはした金、しかしかれからしたら大金である100万円でかれを使い捨てようとする。正確に言えば、使い捨てというよりも、ダメでもともと、うまくいったら儲け物。

かれはそもそも鉄砲玉とは何なのか、わかっていないのだ。なにか格好つけられるものと勘違いしている。当然そんなもやっと抽象的なものであるはずがなく、作中でも解説されるが、鉄砲玉とは、敵の懐中で派手にはじけ、事態を引っ掻き回す役割。そのとき、鉄砲玉の生き死には関係ない。っていうか、実は死んでくれたほうが有り難い。そしてかれがそれに気づいたときはもう手遅れだった。

「その日」はかれの誕生日で、元料理人のかれは自分で自分のバースデーパーティーのごちそうを用意する。街へ買い出しに行き、ホテルの厨房を借りて大きなローストチキンを作る。ルンルンで部屋へチキンを運んでくると……杉本は姿を消していた。

かれがだらだらして何もしてないうちに小池朝雄が立ち回り、天佑会は南九会と手打ちをしてしまっていたのだ。かれは宮崎に来てから関係した女たちに片っ端から電話をかけまくり、パーティーに来るよう言うのだが、手打ちの話がまわってしまっていて誰も相手にしない。もうここからのシーンがかわいそうすぎて観ていられない。直前までニコニコ笑っているのでなおさらだ。

呼んでないけど勝手に宮崎へ来た元々の情婦・森みつるの言葉でかれは状況を知るが、それでもまだ事態を認めたくないかれは彼女を罵倒し、かつて助けた女でいまは宮崎で主婦をしている美しい素人女のところへ走る。もちろんこれは鉄砲玉の仕事とは関係ない。ここにきてまだ変なしょぼい見栄のほうによりどころを求めるのだ。そしてここで致命的な失敗をして……

 

 

 

本作は「失敗する人間」にシンパシーを抱けないと意味がわからない話なのかもしれない。

能力オーバーの分不相応な仕事を振られ、舞い上がっているうちはいいが、なんせそんな能力なんて元々ないから、やがて収集がつかなくなり、取り返しのつかない状況になってはじめて事態に気づく。そのおそろしい惨めさ。

先述の通り、本作は時々名画座でも上映するのだが、私の場合、本作が上映されるときはたいてい仕事が忙しすぎて余裕がないときだった。休日出勤のあいまを縫って観に行ったら、そのときおかれているのとまったく同じ地獄がスクリーン上に展開している。それで渡瀬恒彦に感情移入して、何度泣いてしまったことか。もちろん自分の現実は「収集がつかなくなり」くらいのところなのだが、あまりに追いつめられすぎていて被害者意識でいっぱいだからそんな気持ちにもなってくる。

特に数年前のラピュタ阿佐ヶ谷のATG特集で観たときはかなり仕事が立て込んでいて、まったく休みが取れなかった。それでもなんとか少しは映画が観たくて、休日出勤中に時間をやりくりして観に行ったのが新藤兼人『鉄輪』*1とこの『鉄砲玉の美学』。いま考えると完全に気が狂ってた……。

惨めな気持ちとか、そこから急に(しかも偶然に)脱して舞い上がる気持ちとか、どうしたらいいのかわからない焦りの気持ちとか、迷いの気持ちとか、あるいはひどすぎる過去とそれを思い出したくもない気持ちとか、取り返しがつかないと気づいてさーっと血の気の引く感じとか……、渡瀬恒彦に共感し感情移入できないと本作は地味な話だ。ショボいヤツがショボさゆえにショボく破滅する話だから……。ダイナミックなのはかれの心の動きのみである。そのダイナミックさが感じられなかったら、意味わからん地味な作品、『仁義なき戦い 代理戦争』のほうが派手なアクションという意味では役者を活かしているという解釈で仕方ないだろうな……。鹿島茂はなんだかんだ言ってもリア充だったということで許してやるか(突然の上から目線)。いや、あまりに感情移入しすぎて現実ではありえない成功やそれをヒロイズムと錯覚する夢を見たかったのかもしれないが……。

本作における演出や脚本の目的としては「貧しい若者は権力サイドからスポイルされる」というのがあると思うんだけど(これは東映ヤクザ映画の王道骨子)、私はこれを「問題提起」と大上段に取りすぎると主人公個人へのフォーカスが薄まってくると思うし、それ自体には感情移入的なことは出来ない。私個人としては本作を観るときには「惨め」という感情がキーワードになっている。昔はひどく惨めだった。ちょっと前も惨めだった。いまは違う。もうその過去には戻りたくない。それで我を失う。しかしそれによってより一層惨めな事態に陥る。惨めさそれ自体には物理的な被害はないけど、メンタルに来るから……。

 

 

 

話だけ聞くとあまりに悲惨すぎる筋書きの本作が単なる殺伐話に堕ちていないのは、主演の渡瀬恒彦の魅力によるものだろう。

主人公はもうどうしようもない最低のドクズにも関わらず、なんだか愛しいバカのような感じがする。これは共感以上に、おそらく渡瀬恒彦自身のよさなんだよね。結構かわいく撮ってあるんだよね。撮り方が東映ヤクザ映画とはちょっと違っていて、かなり渡瀬の表情やしぐさそのものにフォーカスした主観的な見せ方(FPSという意味ではなく、感情に沿うイメージづくりという意味)になっている。先述のホテルの姿見のシーンのキメ顔、杉本美樹に体を洗ってもらうシーンのご満悦スマイルに加え、ホテルでいつの間にか眠ってしまっていたシーンではあどけない寝顔(またの名を馬鹿面)を見せ、濡れ場なども何故かすんごい一生懸命な渡瀬恒彦の顔アップ。ATGはATGだからってやたらと濡れ場でハッスルする監督もいるのに、サダオちゃん、言いたいことはわかるけどある意味間違ってる。かわいいからいいけど。こういっためまぐるしい表情の変化、言ってみればアイドル映画風の見せ方がおもしろい。この頃は年齢的にまだ若く(当時28歳)、地が童顔なせいもあって少年みたいでかわいらしい。

中島貞夫監督は当時の渡瀬恒彦を「誠実であり、折り目正しく、清潔感があり、突っ張って見えてもナイーブである」と評している。このうち「清潔感があり、突っ張って見えてもナイーブである」という部分が本作ではよく作用していると思う。たしかに、こんなゴミ野郎を演じていてもなおくすまない清潔感を感じる。本作に登場するキャストの中で唯一清潔感があると言い換えてもいい。ときどき素のような表情も見せて、粗暴でありながら単なる真性の馬鹿ではなく、ナイーブな雰囲気をちゃんとおさえた上でのそれになっている。

渡瀬の兄の渡哲也は日活において天皇と呼ばれた(そうなの!?)舛田利雄監督から大変な寵愛を受け、舛田監督の作品ではキャラクターも容姿もやたらとかわいく撮られていたが、東映所属の渡瀬恒彦の場合、中島貞夫監督から高く買われ、愛されていたんだろうな。とくに本作や『唐獅子警察』のような、単純粗暴に見えても本当は純粋でナイーブなかれの魅力を強調する撮り方は、ほかの監督とはあきらかに違う。東映の場合、スタークラスには色気のある男優が多い=大人の男性の色気を重視する印象があるので、容姿がかわいらしい、少年的であるということ自体、東映所属の男優としてある意味損なことだったのかもしれないが、中島貞夫監督の作品においては少年風の弟キャラを上手く活かしてもらっていると思う。

 

 

 

本作にはその裏焼きのような作品が存在する。監督と脚本家が同じ『現代やくざ 血桜三兄弟』。まったく予備知識なく観たので、かなり衝撃を受けた。こちらについてはまた今度書きたいと思う。

 

 

 

おまけ。数年前、ある名画座で渡瀬恒彦・中島貞夫ゲストで『鉄砲玉の美学』を上映・トークショーがあったときの渡瀬恒彦の本作へのコメントは「恥ずかしい……///」だった。演技等が若く気張りすぎで、ご自身からすると恥ずかしいらしかった。そこまではわかるが、恒さん、スーツのジャケットの裏地が赤なことにも妙に恥じらっていた。派手すぎ///衣装だからいいけど自分ではぜったい着ないモン///ということらしいが、そこか? 作中で出てくるイエローのクルマ、恒さんの私物なんだよね?*2 そっちのほうが派手じゃないか? 恒さんの恥じらい基準が謎。

*1:能の演目『鉄輪』を題材に、嫉妬に狂った女が夫の浮気相手を呪殺すべく丑の刻参りを繰り返す話。設定とか以上に仕上がりが完全に狂ってる。

*2:予算なさすぎて主人公の持っているカバンも渡瀬恒彦私物