TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

 ギアな風牌(かぜ)

来賀友志[原作] + 市川智茂[作画]

┃ あらすじ
東京にやってきた天真爛漫明朗快活少女・橘南月。求人誌を見て入った雀荘にて心筋梗塞で倒れた常連客を助けたことがきっかけとなり、池袋の雀荘「パラダイス」で働くことになる。全く麻雀が打てない初心者の南月だったが、同僚や雀荘初心者客・藤崎の助けで少しずつ麻雀を学び、成長してゆく。
一方、南月の直前に「パラダイス」の面接を受けていた東原詩音は麻雀玄人。男と金を掴むという目標を達成するため、不良ホストの紹介で高レート麻雀とキャバクラの世界に足を踏み入れる。
そして女流名聖三連覇を成し遂げた一流プロ、北川まき。強さ、技術、人気、美しさすべてを兼ね備えた彼女だったが、麻雀業界の重鎮・板倉先生は女流麻雀界には彼女以外のスターも必要だと考えていた。
この三人の運命が交わるとき、女流麻雀界に何かが起こる!?




女流もの麻雀漫画。
あけすけに言ってしまえば、来賀版『オバカミーコ』。
単行本未刊で打ち切りになったと聞いていたのでどうなってるのかと思っていたが、普通におもしろいじゃないですか!!! 打ち切りがメッチャ惜しまれる!!!!




南月は本当に麻雀が全く出来ない状態から、バイト先の雀荘の店長や同僚、客らの教えを受け、鍛練を積んでだんだんと麻雀が打てるようになってくる。彼女は麻雀の天賦の才があるタイプなのだが、その成長の過程の描き方が爽やかで気持良い。誰もが同じように通る道での努力の大切さを丁寧に教えてくれると同時に、南月が麻雀を覚えていく過程の喜びも短い中に上手く表現されている。すごいよ。だっていちばんはじめのレクチャーが牌積みと牌拭きなんだもん。牌拭きはともかく、全自動卓がある今、なぜ店長が南月に手積みの練習をさせるのか? 最近、約10年前の「プロ麻雀」をチェックしていたら、そこに来賀先生の "初級麻雀講座" と銘打たれたコラムが載っていた。その最初のレクチャーも「とにかく牌に触れ」で、配牌を取る練習、牌を立てる練習、手牌を理牌する練習、摸打の練習を繰り返すようにと書かれている。「最近、麻雀マナーのことがとやかく言われているが、牌の扱いの稚拙さほどマナー違反はない。こんなこと、他人と麻雀をやる前に、自分一人できっちりと身につけておくべき最低限のマナーである。」とコラムにはあるが、コラムで書いても漫画で本当にここからレクチャーしはじめるというのはそうそう出来るものではなく、一本芯が通っていらっしゃるというか……。店長が教えるのは主に精神論だが、その教え方が上手い(『平成ヘタ殺し』より読みやすい)。読んでいて素直にうなずける。対して具体的な技術面のレクチャーの機会があまりないのは少し残念。始まる前に打ち切り食らったってことだろうか……。

すごいのは褒め言葉。この作品に出てくるのは、「ここでウンチャラを切れる打ち手はこいつしかいない!」等の麻雀の技術に対する賞賛ではない。牌捌きを褒めるのだ。「牌捌きがきれい、うまい」。時代にもなにごとにも左右されない、最上級の褒め言葉



一応女流麻雀ものというテーマではじまった連載のようだが、実際女流はどうこう、女流だからどうこうという問題提起の物語ではない。
北川はもちろん、端役でしかない女流プロやキャバ嬢までもが自分の矜持と信念に基づいて行動している。正直ここまで誇り高く男前な女流プロ(及びその予備軍)が存在するなら、女流プロ業界は批判やテコ入れするまでもなく十分に魅力的で、名実ともに確立された業界になっている気が……。というか、この作品の中では女流プロ業界は北川の活躍で名実ともに確立されていて、そこにどう+αしていくかになっている。その点においてはある意味ミーコより問題と目的が自覚的で明確なだが、とにかくモロ打ち切りなせいで、中途半端に終わってしまったのが本当に残念。




あと、やっぱり「お姉さま……(ぽッv)」となっている。
天牌』の登場人物の性別をひっくり返すと百合漫画になってしまうとこは想像に難くないが、それをホントにやっちゃっている。ボーイッシュな詩音*1と北川はその超男前ぶりで、女子を「ぽッv」とさせている。ヒロインたちがみな作画の漫画家さんの絵柄と合うサバサバ女子で、読後感がサッパリしているのが良い。
ただ、ここまでサバサバ&強気っつか男前な女子だらけというのは掲載誌に合っていなかったのでは……。私が余計な心配をすることではないが、レクチャーが結構若いコ向けな内容ということもあってプレイコミック読者のニーズに合ってないかも……。ヤング男子向けの青年誌ではサバサバしたヒロインのほうが人気があると思うので、もっとヤング向けの青年誌や女性読者比率が高い雑誌だったらもうちょっと長続きしただろうに。残念。




ところでこの作品、なぜかパンチラがないんですが、なぜですか? なんでこんなこと言い出すかと言うと、明らかに見えなくてはおかしいシーンでも見えないんですよ。南月は超ミニスカでおもっきり頭を下げて礼をするので後ろに回れば絶対パンツが見えるはずだが、彼女のスカートの中が描かれることはついになく、作中で南月のパンツを拝むことは出来ない。おもっきり足を上げている格闘シーン(南月は空手道場の娘)でもパンチラなし。シャワーシーンはあるのに。それよか、南月が第1話で雀荘「パラダイス」の常連オヤジにファーストキスを捧げたのは一体何だったんですか? プレイコミック読者に夢を与えようとしたんですか?

この作画の方、女性のファッションや髪型を描くのが上手い。現実で言うところのオシャレというわけではないが、着ていて心身ともに気持良い服装になっている。適当な雑誌の引き写しでなく、自分なりに考えて描いているのかな。



掲載誌「プレイコミック」には当時同時に来賀先生のラーメンコラム×2が載っていた。片方は「ラーメン喰いてぇ〜!!」という1ページのラーメンコラム、もう片方はラーメン食べ歩きエッセイマンガ「素人のナマ舌」(漫画・いがらし惠)の中に入っているコラム(ページの1/4サイズ×2本)で、マンガにも "マッチョ来賀" (ウロ覚え)として登場。当時のプレイコミックはなんでそんなにラーメンをプッシュしていたのか。さすがに内容や文体(と一人称)は変えてあったが、同一ライターによる同一テーマのコラムがひとつの雑誌に同時に載ってるってどういう事態なのか。で、ウチの近所(荻窪)のラーメン屋は載ってねえかと血眼で探したが、残念なことに私が読めた範囲(「ギアな風牌」と同時掲載の範囲)では見つけられなかった。また今度バックナンバーを遡ってみようと思う。

*1:一人称が「俺」なのが衝撃でした。