TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

 代打ちたちの晩夏

土井泰昭[原作] + 嶺岸信明[作画] 竹書房 2009


┃あらすじ
1990年、時はバブル絶頂期。高レートのマンション麻雀や暴力団同士の麻雀による代理戦争もまた盛夏を迎え、数々の代打ちたちが活躍していた。しかし1991年にバブルが崩壊すると、マンション麻雀は生き残ったごく一部の超一流の代打ちたちが凌ぎを削る場となっていた。あるとき、そんな代打ちのひとりである剣城が菱山太陽という青年を連れてくる。彼は菱山組組長の子息であり、ある物件を巡る暴力団同士の代打ち戦争をコーディネートしようとしていたのだった。太陽の出現によって、バブル期を飾った代打ちたちの最後の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。




超王道ネオ麻雀劇画。
雑誌掲載時は「代打ちたちの晩夏 勝負師の条件III」というタイトルだった通り、本作は1987〜1989年に「近代麻雀ゴールド」に連載された『勝負師の条件』*1の世界観を引き継いでいる。
この作品の連載開始の予告が「近代麻雀」に載ったときは嬉しかったが、反面、前作頼りのしょぼいものになるのではと思っていた。しかしその期待は最もよい方向に裏切られた。2009年になってこんな麻雀劇画が読めるとは、麻雀以外の要素に一切依存せず、ここまで話を盛り上げている麻雀漫画が読めるとは思いもよらなかった。さすがです、土井泰昭&嶺岸信明。感服仕りました。




ゼロ年代の麻雀漫画では珍しく、本当にずっと麻雀している。
いやほんとにすごい。麻雀漫画でも麻雀以外の要素で盛り上げようとする作品が圧倒的に多いのに(別にそれが悪いってわけじゃないけど)、麻雀直球で勝負してくるとは、そしてそれがここまで漫画としてのおもしろさを持って表現できるとは、マジ驚いた。
麻雀以外の設定描写*2は省かれ、登場人物それぞれが麻雀で考えていること、頭のなかでシミュレートしていることをじっくり描く構成。登場人物は基本的に全員が受け身タイプであり、相手の出方を見て打牌選択をするため、その説明が異様に細かく描写されている。同じ嶺岸絵でも来賀原作とは原作者の違いを感じる。『天牌』とはまた違う現代麻雀劇画を見せて頂いた。




前述の通り、登場人物たちは「読み」に基づく戦術を基本としている。
「読み」をメインのモチーフにもってきているというのもすごい。読みというのは古い麻雀漫画のモチーフであり、今どきそんな麻雀漫画は存在しないと思っていた……が、この作品はそれをメインに持ってきている。土井原作ならではのモチーフかな。一歩間違うとうさんくさくなりそうだが、なぜそう読んだかが細かく説明されているため納得できる(結果的に読みが間違っていた場合の描写もある)。来賀友志や片山まさゆきは長くなってしまう細かい説明は回避している(というか、端折るor個人的な考えだからという設定で押す)ので、ここまで細かい説明は現代においてはかなり新鮮。この読みに関する描写は本当に濃厚というかしつこく、太陽/桂木/剣城クラスだけでなく広瀬の考えまでものすっごいちゃんと描写してあるのは驚いた。はじめ、広瀬は端役だと思っていたが、このような描写を重ねることでキャラが立ち、太陽/桂木/剣城と卓を囲んでいる説得力が出たと思う。




前作との関連性について
桂木、剣城、廣崎(桂木の代打ちエージェント)は前作から引き続き登場している人物。剣城のエージェントだった金田は登場しない。前作の最後の謎を解く一つのヒントなのかと深読みしそうになるが、前作の内容には一切触れらていない。桂木と剣城についても広瀬(前作には登場していない)の口から憧れ的存在だったことが語られるのみ。『勝負師の条件』は復刻されていないので(とは言っても90年代後半ごろまで増刷され続けてたみたいだけど)前作も読んでいる読者はごく一部とみて細かいことはぶった切ったのか。単行本裏表紙に書かれている剣城のキャッチコピー「一流のツモ」は前作終盤のエピソードに由来するが、登場人物紹介にある自分の有利になるよう局面を操作するという設定は今回の新設定。また、桂木が若者に講釈を垂れるはじめの2話の構成は『勝負師の条件』の初期のエピソードと構成が近い。前作ではここまで濃密な解説描写はないので、土井泰昭、いろいろな作品の原作提供の紆余曲折を経て、麻雀以外の要素をカットしたこの作風になったのだと思う。




ていうか、そんなことより桂木さんと剣城先生が絵的に若返っていることがたまげた。

桂木
1989年                2009年
 → 

剣城
1989年                2009年
 → 

左が前作終盤(1989年)、右が今作終盤(2009年)。
剣城先生のデコは順当に成長した感じですが、桂木さん、『ミナミの帝王 ヤング編』くらいヤングになってるんですけど……。危うく剣城先生派から桂木さん派に乗り換えるところでした。最後のほうは意味不明なまでのイケメン卓になっていて、いいぞ嶺岸もっとやれと思いました。また、今作のメインキャラの太陽クンはおよそ18年前の若者という設定にも関わらず、北岡チャンや遼チャン(@天牌)より今どきの男子っぽくて驚きました。いつもの細身のジャージだけでなく、白の開衿シャツに金ネックレスという服装のシーンもあるけど、これも昭和にならずちゃんと今風の若い男子のオシャレに見える。嶺岸先生、Hey! Say! ヤングが描けないわけじゃなくて、描いてなかっただけなんですね。





個人的には太陽クンがいつもちゃんと「よろしく!」って言ってるのがマジえらいと思った。こんなさわやかにあいさつできる男子ならそりゃ若頭もこの子に跡目をついで欲しいと思っちゃいますよ。前作『勝負師の条件』でも個人宅の麻雀ルームなのに(なぜか)立会人が「ラスト!」と言っているのが謎だったが、土井世界では「あいさつは人間関係の基本」というのが徹底されている様子。土井世界では登場人物がみんな人間としてちゃんとしてて、すごい。なんでかわからんけどほんとにちゃんとしてるんですよ、みんな。謎です。

*1:『勝負師の条件』というのはあとづけ?のシリーズタイトルで、雑誌掲載当時は「麻雀稼業物語」「赤と青の風」というタイトルだったらしい。

*2:なんで代打ち戦争に参戦する他所の組の代打ちまで太陽が決めているのかとか、細部は??だがまあそのへんはもうどうでもいいですわ……。