TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

 あぶれもん弘明寺さんぽ

100本到達記念として、私の最も愛する麻雀漫画『あぶれもん』の舞台、弘明寺(ぐみょうじ)に2年ぶりに行ってきました。

『あぶれもん』あらすじ
娑婆世界の喜怒哀楽を十一世相にたとえた十一面観音に見守られた叙情豊かな弘明寺界隈の街並み。横浜の南に位置するこの小さな街にふたつのフリー雀荘があった。その名は「善元(ぜんげん)」、そして「かり田」。このふたつの雀荘から将来麻雀界に伝説を作るふたりの天才雀士が生まれるとは誰が予想しえたか。――最強の打ち手、轟健三と弘明寺の神童・新堂啓一は観音橋で出会い、対決の序章が始まった。


弘明寺の駅裏にある横浜市立南図書館で1980年代の弘明寺の様子がわかる資料を探しました*1。『あぶれもん』連載開始時、つまり「別冊近代麻雀」に第1話が掲載された1985年(昭和60年)12月を基準に弘明寺の地図を見て行くと、この作品は結構忠実に弘明寺の町を描いているように思います。背景が写真をまんまトレースしているみたいで、地図とつきあわせするとお店が実在しているんですよね。それでは、地図を左手に単行本を右手に、80年代の弘明寺を歩いてみましょう。




あぶれもん弘明寺マップ

※上記の地図は2009年の調査によるものです。2011年段階での最新情報をもとにした善元、かり田の場所は以下本文内の地図で改訂を行っています。



a 京急弘明寺
弘明寺は横浜から京急で10分くらい、横浜市営地下鉄だと15分くらいの小さな街。ここに日本一を争う雀荘が2軒……とはとても思えないウルトラのどかタウン。この駅舎は1984年に建て替えられたもので、連載開始当初はピンピンの新築だったはず。

↓かり田vs善元対決のシーンで出てくる弘明寺駅は建替前の駅舎。

↓啓一くんが旅打ちから帰ってきた時には駅舎が建て変わっている。日本中から弘明寺におしよせる勝負師たちもここを利用。

↓現在の京急弘明寺




b 弘明寺
京急の駅から急な坂を下っていくと「瑞應山」という板(…)がかかったの山門前に出る。正式な名前は瑞應山蓮華院弘明寺。横浜最古の寺で、本尊の十一面観世音菩薩立像は国指定重要文化財
山門をくぐると右手には小さな地蔵が並んでいる。かなり急な石段の途中にある京急が奉納したらしい身代わり地蔵を左手に見ながら登っていくと境内に出る。いまは小さな境内しか持たないお寺だが、たくさんの参拝客でにぎわっている。地域の人に愛されてるのがよくわかるとても雰囲気のいいお寺。片チンと来賀さんが今年も馬車馬のように働いてくれますようにと拝んでおいた(五円で)。

↓境内で行われた最終決戦。実際は4卓もおけないほど狭い。
 

↓境内から商店街を見下ろす。
 

↓山門
 




c 大成球殿

啓一くんが英ちゃんを待ち伏せしたり、吾郎さんに連れられてパチプロ探しをしたパチンコ屋。
「大成球殿」は弘明寺の山門前に実在したパチンコ屋で、現在もパチ屋。隣にちらりと見えるクリーニング屋「サン」は地図では確認できないが、大成球殿の2階が「サン」というレストランだったらしいので、その系列でやっていたお店かも。




d 商店街入り口
 
現在の弘明寺商店街は正式名称を「かんのん通り商店街」と言う。ただし、『あぶれもん』当時は「銀星会商店街」「弘明寺商店街」という名前だった。現在はアーケードが架け替えられているので、あのようなYES!昭和!という雰囲気ではない。戦後の闇市から出発し、はじめにアーケードができた当時は「東洋一のアーケード」と言われたらしい。引用画像で左端にあるビリヤード・ユタカは実在したお店。いまは建物自体も変わっており、このビリヤード場もなくなっている。




f 料亭 松井

甲斐一世により「かり田」対「善元」の対決の場が建てられた料亭。同名の料亭は実在しないが、1985年の時点で「旅館まつや」という建物が存在しており、かつ経営者の苗字が「松井」だったらしいことからこの旅館がモデルだったのではと考えられる。車が入れるような道路沿いにあり、近くに交差点のようなものが見えるという立地条件も一致。この旅館は1988年の地図を見るとなくなっていて、現存しない。




g 観音橋
 

弘明寺の商店街を東西にわける大岡川にかかる橋。啓一くんと健三さんが初めて出会ったり、熊彦さんや英ちゃんが欄干にもたれかかったり、吾郎さんがこどもを助けて事故にあったり、最終決戦の賭博券が売られたりと、常に物語のキーになっていた場所。現在でもなぜかフリーダムなトッツァンたちがたむろっていて、周辺住民憩いの場になっている。

↓観音橋から大岡川上流を望む
 
左側(京急弘明寺側)に見える「弘明寺会館」というパチンコ屋は実在。ただし1985年段階では屋号は「パチンコ・ジャイアント」となっている。1988年の地図では屋号が「弘明寺会館」になっているので、この間に屋号が変わった様子。ちなみに手前にちょっぴり写っているコーヒージャイアンツも実在した店。
2年前はたしか「弘明寺会館」という名前で作中と同じような昭和炸裂のパチ屋があったと思ったんだけど、いまは1円パチンコのパチ屋になっており、景色を見事にブチ壊している。


↓観音橋を鎌倉街道に向かって望む

奥に見えるふとん屋丸参も実在のお店。現在はない。観音橋はいつもドラマの舞台になる。おそらくこのあたりで啓一くんは草を喰っていた。啓一くん、そこの草は確実に犬の……。今に奴は天下を取るぜ。




i 新堂青果店

啓一くんの実家。
作中の描写を見るに、「商店街から少し離れたところにある」(アーケードがかかっていない)、「隣がクリーニング屋」という条件が浮かび出る。たしかに青果店などが密集している通りが鎌倉街道側にあるのだが、隣がクリーニング屋の青果店はない。ただ、「啓一は青柳賢治がモデル」ということを考えると「ここでは」と思われるお店があるのだが、以上の条件には合致しなくなる。なお、そのお店も現在ではもうなくなっている。というわけで、よくわかりませんでした。
※2010.2.6追記 竹書房から出た『雀狼たちの肖像』(2008年)という本に青柳賢治のインタビューが掲載されており、「実家は弘明寺商店街の乾物屋だった」という発言が掲載されていた。これで自分の推測の裏付けが取れた。上記で「ここでは」と思っていた店だった。地図でいうと商店街を京急弘明寺側から少し入って左側。上記の通り、この店は現在はもうない(いまは漬け物屋になっている。関連は不明)が、『あぶれもん』連載中までは営業していたようで、そのときは乾物屋から食料品店になっていたようだ。以上、さも自分の調査能力がすごいかのように書いているが、当時の弘明寺に「青柳」という家が一軒しかなかったので一発でわかってしまっただけ。また、阿佐田哲也『小説・麻雀新撰組』にも「青柳君は乾物屋さんの次男坊で……」とあるらしい。この本どこやったかな……。いますぐ見つからないので、『雀狼たちの肖像』の孫引きで許してチョーライッ!




j 弘明寺商店街出口 横浜市営地下鉄弘明寺駅付近
左側にある弘明堂書店は現在も営業中。
 
なお、弘明寺周辺はほとんどgoogle street viewが使えないが、ここだけは見ることができる。
google Map横浜市営地下鉄弘明寺駅








それでは、肝心要の「かり田」と「善元」について。



h かり田

主人公・啓一が通う雀荘で、熊彦さんがマスターを務める。「善元」と日本一の座を争うほどのレベルの高さを誇る。
作中では、商店街内の「ハマ商店」(商売内容不明、吾郎さんの主な仕事はガキと遊ぶこと)の2階にあることになっている。場所は作中からはかなりわかりにくいが、鎌倉街道側にあると推測される。当時の地図を見ても商店街内に雀荘は存在しない。商店街から少し外れたところに2軒あり、うち1軒が商店の2階にある(いずれも現在はなくなっている)。行ってみると建物は当時から建っていそうなものだったが、外観がちょっと違った。
ところが、実は対岸の京急弘明寺側の大岡川沿いに「とき田」という雀荘があったみたい。現在はマンションが建ってしまっていて当時の様子がまったくわからなくなっているが、地図上で隣にあった「紅琲苑」(現在のKOHIEN)は今もあり、「とき田」があったと推測されるところは現在は立ち飲み屋になっている。
※2010.2.6追記 『雀狼たちの肖像』青柳賢治インタビューにより、上記の裏付けが取れた。実際にその「とき田」という雀荘が青柳賢治行きつけの雀荘だったらしい。

子供の頃に通っていた駄菓子屋が、裏で麻雀屋をやっていたんだ。商店街の裏側で、遊び人の親父が女房に駄菓子屋をやらせ、自分は好きなことをやっていたんだろうね(笑)。それで、大人たちが打つのを見ていたんだけれど、高校生になってから、打ち始めちゃったんだ。うちは兄貴がいるんだけれど、兄貴と商店街の人たちが夜、店が終わってから、その店に行くのに付いていって、麻雀を覚えていった。
(中略)
普通に高校に進学したんだけど、二〜三ヶ月くらいしたら、通わなくなっちゃった(笑)。
(中略)
夏休みが終わる頃、学校へ通っていないことが、親にはバレていた。家は店をやっているし、近所の手前、あまり昼からうろうろもできないから、その雀荘へ通うようになったんだ。その頃になると、『ときた』という店名で正式に営業していたんだけどね。

なるほど、本業が駄菓子屋なら吾郎さんにガキがわんさかたかっていたのもよくわかる。駄菓子屋のオヤジだったのか。なお、「ときた」はアールシーアール麻雀の店だったらしい。はじめ青柳は全く勝てなかったが、打ち続けるうちにどうすれば勝てるかがわかるようになっていったという。このあたりの詳細は『雀狼たちの肖像』で読んでチョーライッ!




e 善元

健三さんがマスターをだまくらかして乗っ取った雀荘。悪の根源。
さらにどこにあるのかさっぱりわからないのが「善元」。作中の描写を見る限り、「京急弘明寺側」「商店街の中ではない」「建物の1階」で、「向かいが商家などではない、なにか柵?のようなものが見える場所」と推測される。当時の地図を見る限り、京急弘明寺側には前述の「とき田」を除き3軒の雀荘が確認できるが、「向かいが商家などではない、なにか柵?のようなものが見える場所」という条件を満たす店や名前が似ている店は見つけられなかった。商店街からかなり離れてた場所にあったのかも。それなら地図でいう左上、六ツ川という地域のほうかも。ここに示している場所は私の妄想。
※2010.2.6追記 『雀狼たちの肖像』青柳賢治インタビューに、「善元」のモデルとなったと思われる店「たかしま」の話が出てくる。

弘明寺には『たかしま』という雀荘もあったんだ。『ときた』は年寄りの客ばかりだったけれど、その店は活きのいい若いヤツらが多かった(*四方田註・1970年頃の弘明寺には横浜大学工学部のキャンパスがあり、学生街としても賑わっていた)。そいつらのボスが古川凱章だったんだけれど、そのなかに俺の中学時代の同級生がいて、古川さんと橋渡しをしてくれた。一遍、一緒に麻雀をやってよ、とね。

……ということは健三さんて古川凱章なの? 確かに1969年当時、青柳20歳、古川29歳、そして青柳は古川に東京に連れて行かれて阿佐田を紹介されることになるので、まあまあそんなもんかもしれない。で、肝腎の「たかしま」だが、82年頃の地図では「たかしま」という店は見つからず、「あぶれもん」連載開始時点ではなくなってしまっていたようだ。また今度弘明寺に行ったときに70年頃の地図を見せてもらおうと思うので、それまで待っててチョーライッ!


※2011.1.2追記 図書館が所蔵していた最も古い住宅地図、昭和43年(1968年)のものを見たところ、「麻雀 たかしま」という店の存在を確認することができた。当時の横浜国大の前(いまで言うと南警察署前)のT字路を商店街側に入り、少し歩いた先の右手の路地の中。「学生客が多かった」という証言とも一致する立地、ここで間違いないだろう。

↓「かり田」「善元」の場所 確定版

さて、存在を確認できたこと自体はさほど驚くに値しないのだが、私が驚いたのは、この店は『あぶれもん』のストーリーと同じように、経営者が途中で変わったらしいこと。昭和43年、47年の地図では「麻雀 たかしま」という屋号と隣に住んでいたらしき経営者?の名前「高島」が確認できるのだが、昭和50年の地図になると屋号が「麻雀 やまもと」になり、経営者の名前も「山本」になる。『あぶれもん』のストーリーはこれを参考に作られたのか、それとも偶然の一致か。「たかしま」があったところに行ってみると、当時の面影は影も形もなく、真新しいアパート(マンション?)が建っていた。






そのほかのあぶれもんスポット
┃ 野崎さんが啓一くんを見初めた喫茶店
地図を確認すると、商店街で「鎌倉街道側」「向いがカメラ屋」の喫茶店は1軒だけある。だたし、店が2階かどうかわからないし、カメラ屋がフジカラーかどうかはわからないし、しかもその隣の店の屋号は「くりはら」ではなかったりする……。


┃麻雀「中」、飲み屋
啓一くんがが野崎さんにつれて行かれた雀荘。京急の駅から商店街とは逆に行ったところ(地図でいうと左上)に同じ屋号の店がある。弘明寺からの帰宅後に気付いたので現地確認はしていない。また、野崎さんが啓一くんを連れ込んだ飲み屋の場所も判然としないが、鎌倉街道旧道入り口付近にはごちゃこちゃしたお店がたくさんあった様子。このあたりか?


┃浮浪者通り
作中で唯一場所のヒントが示される場所。これは地図を見ればある程度候補を絞れるが、明示しない。


┃その他の雀荘
参考までに、地図中にある緑の点は、1985年当時に弘明寺にあった雀荘の場所を示している。




地図を左手に『あぶれもん』単行本を右手に、弘明寺の街を歩くと、より一層『あぶれもん』を楽しく読むことができる。弘明寺は本当に雰囲気がよく、気持ちのいい街。80年代当時とは様子が変わった部分も多いが、なんとなく残り香を感じることができる。
『あぶれもん』は九州・四国・大阪を回る旅打ちパートもおもしろいけど、最初と最後の舞台となる弘明寺の魅力が作品に輝きを添えているし、物語は弘明寺の魅力を活かしている。『あぶれもん』を読んでいなければ弘明寺に行くことはなかったと思う、いやー、読んでてよかった。弘明寺は本当にいい街なので、近場の方は桜の季節にでもぜひ行ってみてください。




┃ 参考リンク

*1:レファレンス担当の司書さんが手伝ってくださいました。ありがとうございます。