TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

 白-HAKU-

渋沢さつき 竹書房 (1992〜1994)

闘牌は馬場裕一による。



┃あらすじ
ヤー公絡みな麻雀に「マネージャー」に連れられて現われた少年「白」。イカサマを使うヤクザをも圧倒する彼の正体は――
満たされない思いを抱く高校生・水野義江はいつものようにゲーセンで学校をさぼっていたところを教師・窪田にとっちめられる。麻雀ゲームで遊んでいた彼を見込んだ窪田は「白(ハク)」という名前を与えてトウシを教え、彼をやさぐれ雀荘へ連れ込む。しかし、白はマネージャー・窪田の指示を無視して自分のおもしろいと思う麻雀を打ち、その才能を開花させた。
――さてそのとき、白に対抗しようとさらにイカサマを使おうとしたヤクザの腕を掴んだ男がいた。彼の名は十字猛夫。杖をついたその男はヤクザの代打ちだった。白はヤクザにかわって卓についた十字に振り込み、たった一局で逆転されて破れる。打っても安いだろうと思って切った牌が甘かったのだ。負けん気の強い彼は、初めて出会った「自分を圧倒する男」十字を追いはじめる……。それは白と十字の長い物語のはじまりの夜の出来事だった。






女性向け『SHOICHI』のイメージ。劇画チックな話で、絵が綺麗で雰囲気があるのがすばらしい。
画力はキンマ系麻雀漫画トップクラス。はじめは年齢層高め向け少女漫画絵で敬遠していたのですが、読んでみればむしろこの絵でよかった!と思います。少女漫画絵の人だとオジサンの絵が下手だったり描き分けができていなかったりすることが多くがっかりするのですが、この作品はむしろオジサンの徹底した描き分けが見どころ。キャラかぶってる奴はいません。ていうか、主人公の白以外、登場人物は基本的におじさんだけというのがすばらしいです。


また、雀荘などの物語の舞台がどういう雰囲気の場所なのかわかる情景の細やかな描き込みも素敵です。キャラの服装にも凝ってます。それは男性作家がよくやらかしちゃってるような、資料見て描きました的突拍子ないとってつけたようなものではなく、作者が「漫画に描いて映えるか」を考えた上での丁寧な描き込みによるものなので、作品にしっくりなじんでいます。
ファッションだけでなく、その美意識は細部にまでいきわたっています。たとえば「爛柯(らんか)」という名前の雀荘が出てきますが、「爛柯」というのは谷崎潤一郎の小説『細雪』に出てくる「爛柯亭」という建物の名前。なのですが、それ以前に、爛柯というのは中国の故事成語です。晋の時代、山中で木こりが四人の童子が碁を打っているのを夢中で見ていると、いつのまにか斧の柯(え)が爛(くさ)っていて、帰ってみると誰もいなかった。碁に夢中になっているうちに、いつのまにかとてつもなく長い時間が流れていた。つまり、爛柯とは囲碁に夢中になって時間を忘れること、転じて遊びに夢中になって時を忘れることをいいます。ものすごくぴったりの名前じゃないですか。雀荘の名前一つでもこのこだわり。この言葉自体は一般教養の範囲内ですが、ここぞというときに有効に使っているのがすばらしいんですよ。語感も非常にいいですしね。もし同じ意味を表す言葉が「ひでぶ」とか「あべし」だったら使えませんからね……。私はモトネタ探しの謎ときには興味ありませんが、徹底したこだわりと静かな教養に裏打ちされた描き込みというものはやはり素晴らしいと思います。


描写の細やかさを長く述べましたが、なによりの見どころは白の青春っぷりでしょう。
前半は少年・高校生編、後半は青年・代打ち編になっています。様々な人に出会い、様々な勝負を経ることで変わっていく男の子のうつろいが本当にうまく描かれていて、やはり少女漫画スピリッツのある方ならではだと感じます*1
白が最後に言う台詞は浮いていて青臭いですが、その浮いた青臭さがすばらしいです。いやあ、青いって本当にいいもんですよ。現実で青いことを言う男の子が目の前にいると、パンダ柄のハツカネズミを観察するような目で見てしまう私ですが、この漫画には素直に引き込まれます。本当、いいですわ、青いって。



ブックオフ等の100円棚にしょっちゅう落ちているので、ぜひ読んでいただきたい一作です。
ところで、渋沢サツキ先生のHPに「白と十字はアヤしいという手紙をもらって慌てました」と書かれていますが、すなわち渋沢先生がマジになったら天地がひっくりかえることが起こるということでスナ*2

*1:いや、ほんとにあるかどうかは存じ上げません

*2:白と十字がどれくらい出来ているかと申しますと、少なくともミーコと師匠以上はススンでまスナ!