TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

 麻雀放浪記 凌ぎの哲

原恵一郎[作画]+阿佐田哲也[原作]+朽葉狂介[脚色] 竹書房
近代麻雀 2001.8〜2006.5連載
全7巻(未完)

つい最近まで『近代麻雀』に連載していた、『麻雀放浪記』原作の麻雀漫画。阿佐田哲也の『麻雀放浪記』については名作中のちょう名作なので、また後日詳しく述べますが、この『凌ぎの哲』は、その原作にかなり雰囲気の近い麻雀放浪記漫画であると言えます。


麻雀放浪記』の漫画化作品として大変有名なのは、マガジンで連載していた『哲也』でしょう。あれはあれでまあナイス画風がどえらいおもしろかったですが、麻雀漫画としては平均値を下回る出来だという評価が通説です。というのも麻雀のルールが滅茶苦茶、イカサマのトリックがあまりにもトンデモすぎ、絵がどう見ても日野日出志の末裔など色々あると思いますが、少年誌での連載ゆえ、麻雀や原作小説のおもしろさを活かした話にしにくかったのでしょう。まあ、ルールが無茶苦茶なのはいくらなんでもひどいけど。


さて、『凌ぎの哲』は青年っていうか中年っていうか成人向けである意味専門誌の『近代麻雀』連載であったため、話がすでに『麻雀放浪記』読んでることを前提として展開してゆきます。キンマ系雑誌でも『麻雀放浪記』は何度か漫画化されており、『天牌』の嶺岸信明さんが作画されたものも存在していますが、マガジンの『哲也』より、嶺岸版『哲也十番勝負』より、私はこの『凌ぎの哲』が原作の雰囲気をいちばんよく出していると思います。


私が何よりも阿佐田哲也色川武大)の小説で好きなところは、全体に漂う「やるせない雰囲気」です。『麻雀放浪記』の主人公(哲)は、周囲を惹き付ける正義漢でも無敗の悪漢でもなく、脱力感漂う、どーしょーもない人物です。展開はいつも哲に有利に働くわけではなく、ほとんどの場合ろくなエンドにならず、哲にはグッドエンドに向かうプラス思考や積極性がありません。全体的に、言葉では説明しにくい「やるせなさ」や「どうしようもなさ」「虚脱感」が漂っています。絶望しか入っていないパンドラの箱の中で体育座りしているような、そんな感覚です。一応青春ものでありながらここまでやるせなさが漂ってるのが『麻雀放浪記』のおもしろさであるならば、そのやるせなさが継承されている『凌ぎの哲』はある意味原作に忠実な漫画です。『凌ぎの哲』の哲は負けそうになるとトイレから逃げようとしたり、ひとりで壁とお話したり、常にちょっと困った顔をしていたり、原作のやるせなさ爆発具合が継承されています。これは「雀荘争奪編」と呼ばれる『凌ぎの哲』最後のエピソードで顕著となります。


まあそのやるせなさ爆発具合も大好きなんですけど、『凌ぎの哲』の何と言ってもスゴイ点は、作画の原先生の暴走具合です。作画とかいう肩書きはついていますが、実質阿佐田原作は原案程度でしかなく、話はほとんど原先生のオリジナルです。トンだら鐘楼の鐘に縛り付けられて腕を打ち潰される「権々会(ごんごんえ)編」やトンだら列車からも飛び下りろな「博打列車編」など、話が『麻雀放浪記』から逸脱して原先生が大暴走しています。ていうか、タンクロウがなぜか色っぽいイケメンになっていたり、達磨ハンが異様にパワフルだったり、無意味なまでに美形の三井や、口から五寸釘吐いて人にブッ刺して神になっちゃった大九郎、原作以上に精神的にキツイ李さんやふたこぶアフロのドサ健(嶺岸版ではSO COOL GUYだったのに…)など、キャラクターがかなりぶっとんでいます。しかし、阿佐田原作でも、様々な芸を持った個性的なバイニンたちとの様々な状況での勝負の連続がおもしろかったので、その点がはっきりと出ている と取ることにしましょう。


この漫画、限度を超えてマイナーなので、内容をひとつ具体的に紹介します。
『凌ぎの哲』で特におもしろいのが「権々会編」と呼ばれるエピソードです。


主人公・哲は、ポン中で破滅しそうになっていたところを元バイニンのヤクザ・タンクロウに救われ、彼に連れられて大阪に向かう。その時、関西のバイニンたちは、大恩寺という寺院で行われる「権々会」で沸き返っていた。権々会とは、麻雀狂いの和尚が主宰する3日間に渡る超高レートの麻雀勝負。権々会には多くのバイニン・ダンベェらが参加し、もし勝ち残れば莫大な金を手に入れることが出来、しかし負け分が払えなければ、体で払わされる=寺の鐘楼の鐘に縛り付けられて腕を打ち潰され、ダンベェたちの見せ物にされるという狂気の博打(鷲巣麻雀に張るステキルール)。今年の権々会には、大阪の雀荘・白楼を仕切る凄腕の打ち手・達磨、過去に権々会で唯一勝ち抜いたことのある伝説のバイニン・飛び甚、単騎待ちを確実にあがる芸を持つタンクロウ、飛び甚の息子にして××××のゲンなど、様々なバイニン達が参加していた。また、寺側では飛び甚に恨みを持つ和尚とその弟子の定恩がガン牌を仕込み、バイニンたちをひとり残らず鐘に吊るそうと画策していた。しかし、その裏では関西の博徒系のヤクザ・三角会が博打の場をかっさらう為、権々会を潰そうと暗躍していた…。

そして権々会の第1夜が始まる…


「権々会」は、原作ではそこまで長くない話で、哲が権々会に入り込み、そこに哲に引き込まれて来た白楼の主・タンクロウらが寺を食いつぶして終わる話ですが、『凌ぎの哲』では天下一武道会並の盛り上がりを見せます。



というわけで、『凌ぎの哲』は、話は全く原作とは違えど、原作の持つおもしろさ「やるせなさ」「さまざまな登場人物・状況が入り乱れる勝負」が十分に味わえる漫画です。ですが、大変残念なことに、コミックの刊行が権々会第三夜の途中までで止まっており、今から全てを読むことはまず無理である状況です。この辺、飯田橋竹書房の前を通るたびに

「たのもう〜〜〜ッ!!!」

といきたくなりますが、ほんと、ペーパーバック版でもいいので、コミックを出してもらいたいです。