TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 5月東京公演『彦山権現誓助剣』国立劇場小劇場

彦山と毛谷村がどこにあるかわかってない私ですが、大阪公演に続き東京公演も観に行きました。

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第二部、『彦山権現誓助剣』。 

今回は床の間際の席にしたため、太夫の声・三味線の音の生感を味わえてとてもよかった。床の直下は三味線の音の聞こえが違って、奏者それぞれの個性を感じ取れる……気がする。やはりなんだか錦糸さんは音の感じがちょっと違う気がするんだよね。楽器自体の個性なのか、調弦等なのか、演奏なのかはわからないけど……。

須磨浦・三輪さんは、合唱になる部分でも一本調子にせず、末尾の伸ばしの部分にまで声の調子の上下に気を使って語っていたり、わずかな声の強弱やニュアンスづけを言葉単位で行っていることに気づいた。太夫の真ん前の席だと合唱部分でも個々人がどう語っているのか聞き分けられるので、それがよくわかった。単独で語っているところもお菊の可愛らしさがよく出ていて、嘆き悲しむ鳥のような、あるいはまるで本当に女性が喋っているような語りで本当によかったのだけれど、今回はそこが印象に残った。

瓢箪棚の奥、津駒太夫さんはホント良い。津駒さんの少ししわがれたような声が、瓢箪棚のあの暗く妖しい雰囲気にすごく合っている。この段って、心情を吐露するような登場人物もなく、いかにも文楽らしい聴かせどころがあるわけじゃないと思うけど、振り絞るようなお園の気持ちが感じられて、しみじみとよかった。

あとは杉坂墓所の奥、靖太夫さんがよかった。どこがどういいとはうまく言えないけど、「きょうの靖さん、なんだかいつもとチガウ……(☆o☆)」って感じだった。声の響かせ方や、男性ばかりの登場人物のちょっとしたニュアンスの差とか……、がんばっておられた。

そして毛谷村奥、千歳さん&富助さんは超安定の良さ。春のやわらかい日差しや空気を感じさせる義太夫。一音一音のディティールが細やかで、日常の時間の流れから切り離されて、ユッタリした気分になる。しかしお園が「エエ〜わっけもないわっけもない、ナンの家来の一人や二人、どうなとしたがよいわいなっ❤️」と六助に迫るところを語る千歳さんが完全に乙女になっていたのには笑った。語りばかりか語っている姿勢(?)が乙女。周囲のお客さんがあまりに爆笑してたからなんだと思ったら、みなさんクネクネしている千歳さんを見てたのね。というのは別にしても、お園の「トウの立った」可愛らしさ現金さがとても良かった。千歳さん&富助さんはこないだNHKラジオでも毛谷村やってたけど、あれも人形が見えるようでほんとよかった。

 

 

そして今回は本当、人形が生きているみたいでびっくりしました(小学生の感想)。

ことに京極内匠〈吉田玉志〉がよくて、人形が表情を変える様子など、本当に人間の役者が演じているようだった。首を左右に続けて2度振る演技で、1度目と2度目で振り方のニュアンスが違うとか(1度目はわずかに下弦を描くように降り、2度目は大きく下弦を描いて速度を落として振るなど)、話に夢中になる前傾姿勢の微妙な身の乗り出し方、単なる前のめりにならない、目を見開いて前方をぐいっと見るような胴と首との関係値とか。杉坂墓所で六助を騙す誠実めいた強いメリハリのある演技、それに対してばあさんが座る前に石の上に笠を乗せてやったり着物の裾を払ってやる優しげな動きの芝居めき方も良い。いずれ人間の役者ならよく見るテクニックだと思うが、人形でもそれをやっている人がいるんだな〜と思った。本当細かいところまで洗練されていて、彦山権現ってケレンに目がいく演目だと思うけど、そこに乗っからないでよく考えられ練られた演技でとてもよかった。しかし瓢箪棚の段の棚の上で戦う場面では棚の端ぎりぎりまで人形を寄せるなど*1、派手にすべき部分は抑えられていて、演目上のスリルはキープされているのがよかった。

須磨の浦のお菊〈吉田勘彌〉のかわいらしさ。前半の亡父への思いを語る部分、はっと倒れ伏して泣くところは木蓮の花のような柔らかでふっくらとした花びらが春風に揺られて落ちるよう。後半、京極内匠が現れ靡く演技をする直前の、すこし外側に体を向けて座り、それこそ人形のようにシラっとした冷めた表情はそれと対極的であった。斬られて傷口を抑えてうずくまる姿が色っぽくてよかった。あっ、京極内匠の裾めくりはよく見ないとめくっているとわからない控えめさになっていました。

あとは和生さんのお園の娘ぶりが爆上がりしていて驚いた。六助が父の決めた許嫁だと気づいて「…………////」とうっとりと見とれるところ。人形の目が急にぼ〜っとなって、白い顔がほのかに桃色に染まっているようなうっとりぶり。お園のまわりだけ時間の進み方が変わったようだった。しかし最後、裃姿に改めた六助の膝に手をついて「油断なされな、こちの人」と言う部分は2ヶ月目なせいか人形太夫ともにかなり堂に入ってきていて、初々しい新妻感というよりラブラブ夫婦の奥さんになってきていた。でも、あそこの演技、いいですよね。普通、人形って客席から顔が見えるようにするけど、あのときのお園はぐっと後ろを向いて六助の顔をじっと見ていて、六助以外の誰もお園の顔を見ることができないのが、二人の世界って感じ。そのあとに紅梅を手折って六助に挿してやるところで親に遠慮して抱きつかないことになっているが、その直前にあの演技があるのがいい。しかしそれにしてもお園のかしら、とても可愛い。何か特別なかしらなのかと思わされる優しくふんわりとした可愛さがある。おそらくかしら自体に特別な作りがあるわけではなく、普通に老女方のかしらに眉を引いただけのもので、あの不思議な可愛さは和生さんの演技によるものだと思うけど……。和生さんは客を惑わせてくるんで……。

六助〈吉田玉男〉。六助は何があっても動じず、悠々とした動きでゆったりと構えているが、一味斎が闇討ちにされたことを聞いた後は怒りと悲しみをあらわにして、豪傑らしい演技になる。しかしわりと可愛いところもあって、京極内匠との立ち合いのあと、ハチマキを取ってツインテール(?)の左右のフサフサ髪をナデナデして直しているのが猫みたいだった。それと弥三松を寝かしつけながら肘をついて虚無僧(に化けたお園)を見ているところも図体のデカさに似合わずなんだか可愛い。お園が化けた虚無僧を偽と見破れるのに、なんで京極内匠の孝行芝居に騙されてんねんという気立ての良さぶりが謎な六助だけど、なぜか納得いく人物像になっているのはさすが玉男様……。アホなわけではなく相当賢くてまともなのにあそこまでピュアネスという掴めなさは、濃い味付けをしてわかりやすくするという手法では捌けないと思う。個人的に戯画的な「わかりやすいキャラ」に飽きてきているので、こういう役を見るのは面白かった。たぶん、あの独自の池部良的な「ぬぼ〜」オーラがマキシマムプラスに働いているんだと思いますが……。

細かい部分でよかったのは六助のファンその1・栗右衛門役の紋秀さん。細かいところまで気を遣った演技でとてもよかった。その役回り通りのコメディ的な愛らしい動きで、ところてんのようにプルンプルン首を振るのが可愛い。ディズニーアニメに出てきそうな、くにゃっとしたような、コテンとしたような仕草が楽しい。『美女と野獣』を文楽化したら、ルミエールは紋秀さんだね……。あと、『アナと雪の女王』の雪だるま(名前忘れた。突然全身バラバラになるのが文楽めいてた野郎)。かしらの動きに人間離れした文楽らしい味があって良かった。

そして謎の小道具ギミックシリーズ。大阪ではあんなにブクブクしていた瓢箪棚の池のブクブクがブクブクしないようになっていて爆笑した。あのブクブク、明智光秀の亡霊やなかったんかい。京極内匠が池と喋っている人になっていた。いや、ブクブクしていてもブクブクと話している人なんだけど。それと六助の家の前にあるあのドラム缶みたいなやつ。石だったんですね。なんかこう、枯葉燃やす用の一斗缶的なものかと思っていた(江戸時代に一斗缶はない)。そして京極内匠が持っている蛙丸。やはりこれだけ刀のつくりがほかの人形の持っているものと違うよね。刃が薄くて、スラリと抜いたときのその輝きが桁違い。模造刀を使っているのだろうか。細かいところだが、お園の刀の折れた刃先が瓢箪棚のヘリに刺さったのにはびっくりした。折れて刺さったようにしか見えなかったけど、ヘリに押し当ててから折っているのかしらん。一瞬のことだったので驚いた。

 

 

 

太夫・三味線・人形すべてすばらしい舞台だった。第二部は配役がとても良い。とにかく玉志さん、津駒さん、千歳さん&富助さんがよかった。本当にすばらしい、文楽観た〜っっっ!!て感じのパフォーマンスだった。この面々で是非文楽を代表するような大作をやって欲しい。今後の文楽を観る楽しみが増したように思った。

そして、やっぱり、丁寧にやっている人は丁寧にやっているんだなと思った。4・5月は2ヶ月連続で同じ演目になるため、それがより顕著になっているように感じた。さすが2ヶ月目ともなれば、丁寧にやっている人は当然技芸が向上する。大阪の初日より明らかに良かった。私は東西で同じ演目を興行することには反対だが、個々の技芸の向上という点では意味があることだと思う。当たり前だが、うまい人はうまい理由があると思った。客席からはいろんなことが結構見えるように思う。おそらく、ある意味、出演者ご本人方が思っている以上に見えているのではないだろうか。

 

 

 

 

今回の5月公演第二部では「アフター6 BUNRAKU」という特殊な当日券施策が行われている。予約で正規チケットも購入しているが、せっかくなのでこのアフター6に行ってみた。

「アフター6 BUNRAKU」チケットは、後半パート、18:35開演の杉坂墓所の段+毛谷村六助住家の段を4,000円で観られるというもの。指定日の5時30分から劇場のチケットカウンターのみで販売され、席は選べず一等席のいずれかの席に配席される。私が行った回だと元々席がかなり埋まっていたため、配席されたのは限りなく二等席に近い一等席だった。前列が空いていたとしても、極端な下手・上手等のような好みが出る席にはならないようになっているらしい。配席は決済・チケット発行後までわからない。6時05分の長休憩から入場可能。

一見、幕見席のような施策に感じられるが、安売りはしない正当な料金設定となっていて、また、実質毛谷村を聴くチケットになっているので、何度も観に行くようなかなりの玄人向けの施策、あるいは開演時間に間に合わず日によって都合のつく・つかないが事前にわからない勤め人向けの施策な気がする。私は後者なのでこのチケット使えるのはありがたいが、時間に余裕がある人は普通に正規料金で席を選んだ上で須磨浦か瓢箪棚から入ったほうが楽しいと思いました(素直すぎる意見)。

今後も空席がある場合はこの施策をするのだろうけど、仮にこれが菅原の半通しで出て、寺入り〜寺子屋が観られるのなら初めて文楽を観る人にもお勧めの超お得なチケットだと思う(その番組編成だと空席は出づらいと思うが)。というか、今回第二部に空席があるのは東西で同じ演目しかも地味なのを打っているからだと思う。出演者の技芸はぶっちゃけ第一部以上に秀でているのに大変にもったいない。せめて配役を東西でシャッフルしたり、若い技芸員さんにいい配役を回すならいいけど、してないし。制作の負担は私は客なんで知りません。技芸の保持や上演可能演目保持に意欲がないプログラム編成としか感じられない。同じプログラムやるならまず『義経千本桜』の通し上演を東西でやってくれ。

そんなこんなで初めて文楽観たときぶりに後列から見たけど、やっぱり後列から見てもうまい人はうまい。と思った。(突然の当たり前結論)

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ところで国立劇場インスタアカウントの人、玉志さん好きだよね。これは安全祈願に玉串を奉納する玉志さんの写真。「無」としか言いようのない玉志さんの表情が味わい深い。この次のページにある瓢箪棚に御幣を振る神主さんとその後ろにいる玉志さんの写真が最高で「あそこから飛び降りるのアナタですよっ!!!!」としか言えない「無」の表情の玉志さんが写っている。

 

 ■

こちらは玉男様スペシャル。なんだかお園に迫られ慣れてきている六助。

 

 

4月 大阪公演の感想、あらすじ入り。

 

 

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*1:突然の批判ですが、瓢箪棚の上では京極内匠の左遣いはしゃがんで遣って欲しい。人形が這いつくばる姿勢になるので人形より位置が高くなっていて、客席から見るとかなり悪目立ちしている。他の人形遣いやお園の左遣いはしゃがんでいるので、やってください。

能の予習に読む本 3シリーズ<初心者編>

能を見始めて2年。観に行く前の予習に、どんな本を参照したら良いかずっと困っていた。

初心者なのでまずは詞章の理解をしたいと思っていて、手探りでいろいろ調べてみたが(能の本ってほんといっぱいあるね)、『能を読む』『新編 日本古典文学全集』『謡曲大観』の3シリーズが良さそうであるとわかった。これらのシリーズには、原文、校注、現代語訳、装束・面や立ち居振る舞いが載っているのでニワトリ知性の私にでもわかりやすかった。今回の記事ではその3シリーズの特色を書きたい。

 

 

┃ 能を読む

全4巻/角川学芸出版/2013

能を読む(1) 翁と観阿弥  能の誕生 能を読む-2 世阿弥    神と修羅と恋 能を読む-3 元雅と禅竹  夢と死とエロス 能を読む-4 信光と世阿弥以後  異類とスペクタクル

初心者向け&舞台鑑賞向け。とりわけ上演前にさっと読むのに最適、すべての文章がきわめて平易なため、舞台鑑賞のおともに一番使いやすい。

とくに冒頭についた1ページ程度の小誌(作品解題)が丁寧でわかりやすく、大学1年生になって講義を受けている気分になる。詞章を読んだだけではわからないこと、たとえばどういう意図・時代背景でその曲が書かれているのかを手軽に知ることができる。

詞章ページは原文・現代語訳の二段組レイアウト。現代語訳が翻訳調でなく普通の文章のようななめらかな文体で書かれており、現代語訳単体でも違和感なく読める。現代語訳を読んでから原文に取り掛かる場合や現代語訳だけ知りたい場合に大変わかりやすい。注釈は末尾にまとめて掲載する方式で参照が面倒だが、初心者にわかる程度の内容にとどめられていて、注釈が高次元すぎて注釈の意味を別の辞書で引きその意味がわからなくてまた辞書をという無間地獄が発生しない(良くも悪くも)。しかしながら掛言葉は本文中にルビ(ふりがな)のように振られているので、中二病的においしいところは的確に摂取できる仕様。

本書は謡曲の詞章解説書というより能楽文化自体の初心者向け解説書のため、末尾に編者(研究者・文化人)による論考や能楽諸派の著名人との対談が掲載されている。このうち能楽師のインタビューは観能の上で大変参考になる。たとえば、ある曲でシテの役者が一番大切にしているのはどこなのか、など。おもしろかったのは4巻の大槻文藏さん(観世流)、友枝昭世さん(喜多流)の話。まだ全部読んでいないので、残りを読むのが楽しみ。そして、近刊なので最近の研究や意見が反映されているのも良いところか。

ただ、若干間違いが散見されるようだ。『朝長』のページに「平朝長」と表記があるとか……。これはやばすぎるので私にも気づけたけど、こういうトラップがあると初心者はかなり困る。『朝長』だけでもほかにひとつ誤りだろうと教えていただいた箇所があるし、少々つくりが甘いのかも。

有名曲を抜粋した廉価版として『能楽名作選』上下巻が刊行されている。こちらは校注がないのが残念だが、サイズ小さめ&ソフトカバー&軽量で能楽堂へ持っていくのに便利。Kindke版もあり。

 ┃掲載内容┃
舞台写真│あらすじ│小誌(カテゴリ、作者、成立年代、成立背景、特徴、出典など)│原文+現代語訳│校注│流儀による相違

┃その他の特徴┃
原文・現代語訳は場面ごとに区切ってあり、場面の冒頭に概要・面・装束・簡単な立ち居の解説付き
狂言の詞章掲載なし、概要のみ掲載
掛詞は本文中にルビ形式で併記

┃収録曲数┃
128曲

┃備考┃
廉価版にあたる『能楽名作選』はKADOKAWAより発行、校注類はなし(掛詞のみ表記あり)、全59曲

能楽名作選 上 原文・現代語訳 能楽名作選 下 原文・現代語訳

 

┃ 新編 日本古典文学全集 58〜59 謡曲集(1)〜(2)

全2巻/校注・訳=小山弘志、佐藤喜久雄、佐藤健一郎/小学館/1997-1998

新編日本古典文学全集 (58) 謡曲集 (1) 新編日本古典文学全集 (59) 謡曲集 (2)

個人的にはこれが一番使いやすいと思う。詳細な校注付きで観能の予習のみならず古文の勉強(?)に最適。

古典文学全集の一部なだけあって、詞章そのものをジックリ読みたい人向けに丁寧に作られている印象。校注・原文・現代語訳を三段組にしたレイアウト&スミ・朱の2色刷りの見易い仕様がありがたい。校注がかなり細かく、掛詞・序詞・縁語から和歌・古典等の引用部分、能楽には欠かせない仏教用語まで懇切丁寧に解説されている。ありがたかったのは、一見誰にでもわかりそうな「〇〇さす」という部分に注釈がついていて、「軍記物では使役の助動詞“さす”を受身の代わりに用いる場合がある」とあるなど、文法の解説もある点。古典の知識がない自分には勉強になる。現代語訳も真面目で、たとえば掛言葉の部分は二重に訳されていたりと『能を読む』に比べるとかなり厳密である。率直に言うと直訳すぎて読みづらいとも言えるが……。訳文としては正しいが、日常の日本語としてはそういう言い回しはしないという文があったりする。あくまで原文を読んでからの答え合わせ用という感じ。

詞章をジックリ読みたい人向けと書いたが、上演にあたって出演者がどういう動きをしているかの所作解説が詞章文中に差し挟まれている。その点、視覚的なイメージわいて良かった。

このシリーズは多くの図書館が所蔵しており、手に取りやすいのもありがたい。原文の行間がかなり開いたゆとりあるレイアウトは、コピーしたときに行間へメモを書き込みやすく、自分で調べたことを転記するのに便利だった。ただし判型が菊判のため、見開きをA4横でコピーしようとするとおさまりきらず最下部に掲載されている現代語訳が切れやすいので、コピーするときは十分ご注意ください(失敗した人)。

いままで古典文学全集って応接間の飾り用か特殊な人向けだと思っていたが、古典芸能を観るようになってその恩恵をひしひしと感じている。こういう本って本当に万人向けに出版されているんですね。いとありがたし……🙏
┃掲載内容┃
舞台写真│基礎情報(作者、梗概、登場人物・面・装束、底本、上演流儀・太鼓有無などの備考)│校注+原文+現代語訳

┃その他の特徴┃
本文中に立ち居の情報あり
狂言の原文・校注掲載あり(現代語訳はなし)
流儀による相違は校注にあり

┃収録曲数┃
81曲

┃備考┃
全集全体では88巻あるうち、謡曲は全2巻

 

 

謡曲大観

全7巻/明治書院/著=佐成謙太郎/1930-1931

謡曲大観 (第1巻)

現行曲すべてが収録された最後の手段。これさえあればなんとかなる。

校注・原文・現代語訳を三段組にしたレイアウトで読みやすい仕様。ただ、1930年に出版されたものを増刷し続けているようで、文章が旧字旧かななのが激渋。が、文章そのものは平易なので、見た目に反して読みづらくはない。訳文の言い回しがおじいちゃん風の若干渋めなのは可愛くて味がある。戦前生まれの一人称「ぼく」の上品なおじいちゃんが書いたって感じ。校注は適度に簡潔で情報を盛り込みすぎておらず、シンプルでわかりやすい。そんな本文解説に反して(?)、梗概に記された批評が容赦なく辛辣なのはちょっとうける。まるでジブリ時空でおじいちゃん先生の講義を受けているかのような気分になれる、そんな読後感がある本。

作品基礎情報などは現在研究が進んで否定されている説もあるようなので、そのあたりは近刊の能楽解説書と併読するのが良さそう。

どんな曲でも載っていて大変便利な本ではあるが、所蔵している図書館が少ないのが難。

┃掲載内容┃
かわいい舞台イラスト│上演流儀、カテゴリ、登場人物・面・装束、舞台、時代設定、作者、梗概、出典(伊勢物語平家物語を題材としているものなど、該当箇所の原文引用で超便利)、概評│校注+原文+現代語訳│流儀による相違、古謡本との相違、付記(校注で補いきれない詳細情報)

┃掲載内容┃
本文中に面・装束・立ち居の情報あり
狂言の原文・校注掲載あり(現代語訳はなし)

┃収録曲数┃
292曲

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文楽 『本朝廿四孝』全段のあらすじと整理

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今回の4月大阪〜5月東京公演第一部で上演される『本朝廿四孝』は大変に入り組んだ設定を持った作品であり、どんでん返しにつぐどんでん返しのミステリ作でもある。今回は三段目のみが出るが、三段目だけ観たのでは話がまじで意味不明だったため、全段のあらすじを読んで物語全体の内容を確認した。その結果、全段のうちで三段目が一番難しく、前後の段への理解がないとまじワケワカランことがわかった。まだ公演をご覧になっていない方や観劇後もストーリーが腑に落ちない方のために、以下に全段の情報を共有したい。

※あらすじの段名表記は仮。公演によって段名変更や区切り変更、カット等が行われている。

 

INDEX

 

 

┃ 登場人物

[甲斐 武田家]

武田晴信(信玄)
甲斐の国武田家の当主。将軍義晴暗殺事件に伴い、信玄と名乗る。勝頼のパパで勘助の主。自分の息子と家臣の息子が入れ替えられていることに気づいていたが、知らんぷりをしていた。「法性の兜」を越後長尾家に貸したら借りパクされ、謙信と仲が悪い。という偽装をしている。諏訪明神を信仰している。

武田勝頼(実は簑作)
武田家の嫡男。盲目で武士としての道をまっとうできないことを恥じている責任感の強い真面目な子。将軍暗殺事件での信玄の誓いにより近く切腹、首を差し出さなければならない。腰元・濡衣とはひそかに恋仲。実は赤ん坊のころすり替えられた板垣兵部の息子。

簑作(実は勝頼)
甲斐の国の車引き。ヨロ〜ッとした田舎もんの振りをしているが、正体は武田信玄の息子で真実の勝頼だった。以前からそれを聞かされ貴公子の自覚はある。長尾家に花作りとして入り込み、枯葉拾いにいそしむ。

濡衣
武田家の腰元、勝頼とは恋仲。実は越後の出身で長尾家に仕える花守関兵衛の娘。長尾家に腰元として入り込み八重垣姫に「法性の兜」を盗むようそそのかす。

常磐井御前
信玄の妻、勝頼のママ。息子と濡衣が恋仲であることを知り、逃がそうとしてくれる。

板垣兵部
武田家に仕える家老。信玄に逆意を持っており、同時期に生まれた自分の息子・簑作と信玄の息子・勝頼を密かにすり替えていた。

高坂弾正
武田家の執権。

唐織
高坂弾正の妻。得意技はイヤミ。乳がよく出る。

 

[越後 長尾家]

長尾謙信
越後の国長尾家の当主。景勝・八重垣姫のパパで山城之助の主。信玄から「法性の兜」を借りパクして屋敷の奥の殿に祀っているので信玄と仲が悪い。ということになっている。切腹しようとした山城之助を不義の罪の名目で逃したりと、心ある人。

長尾景勝
謙信の息子。すごく賢くて心がある人。山城之助の不義を見逃したり、越路に下駄を差し出したり、父親に自分の首を討つことを迫ったりと行動がやたらカッコいい。上司にしたい登場人物No.1。

八重垣姫
謙信の娘で景勝の妹。とても美人な超箱入り娘。妄想から行動への飛躍がすさまじく、許嫁と言い聞かせられていた勝頼を助けたいがために「法性の兜」を盗み、その霊力で凍結した諏訪湖を渡るというアグレッシブさを見せる。

花守関兵衛(斎藤道三
長尾家屋敷の花作りを担当しているじいさん。物怖じしない性格。しかしその正体はかつて将軍家に領地を奪われた太田道灌の末裔・斎藤道三で、北條氏時と組んで将軍義晴を暗殺した。復讐に凄まじい執念を燃やし、多勢に取り囲まれても臆しない孤高の士。諏訪明神の境内で横蔵と出会ったとき心を通じあわせたのはそのためか。

越名弾正
長尾家の執権。

入江
越名弾正の妻。得意技はイヤミ。唐織より年上。乳が出ない。

 

[山本家]

山本勘助(父)
故人。横蔵・慈悲蔵のパパ。誰もが知るほどの伝説的な在野の軍師で、軍法の巻物をどこかに残してこの世を去った。

越路(母)
故・山本勘助の妻で横蔵・慈悲蔵のママ。現在は亡夫に代わり「山本勘助」の名跡を守っている。横道者の兄・横蔵を甘やかしまくるが、孝行者の弟・慈悲蔵にはキツく当たる。しかし実は慈悲蔵の正体が直江山城之助であることを知っており、横蔵にはもうすぐ死んでもらわねばならないため優しくしていた。慈悲蔵が授かった「直江」の氏はこの母の氏。
※「越路」は慣例上の名前、浄瑠璃上には名前は出てこない。

横蔵(山本勘助
故・山本勘助の長男。長尾景勝にクリソツ。おそろしく我が強い。母や弟に非道を働くわ近所の女をおいかけまわすわ自分の子ども・次郎吉の世話をお種に押し付けるわのメチャクチャな行動をとりまくる荒くれ者だが、実は武田信玄に仕える軍師だった(自称は足利将軍家の家臣)。自分の子どもと偽っていた次郎吉は実は将軍の遺児・松寿君。将軍家への貢献を母に認められ、父の名跡を継ぐ。斎藤道三とは諏訪明神の境内で出会ったことがある。武田・長尾両家の不仲が偽装であることに気づいている。

慈悲蔵(直江山城之助)
故・山本勘助の次男。イケメン。異様に孝行心に篤く、母のために厳寒の川で魚を獲ったり雪の中でタケノコを掘ったりする。妻・お種を伴って数年前に帰ってきたという触れ込みだが、実は正体は長尾家(景勝)に仕える直江山城之助。上杉家の計らいにより不義の罪の名目で「追放」され、無事妻子とともに田舎で暮らすことができたのだった。長尾家のため、主君・景勝の身代わりにすべく兄を殺し、その引き換えに実の子を殺そうとしていた文楽の中でもかなりヤバイ人。

お種(八つ橋)
慈悲蔵の妻、正体は賤の方の腰元。将軍暗殺事件前に身籠もり、事件を機に山城之助とともに彼の実家へ帰り峰松を産む。義兄・横蔵に子どもの世話を押し付けられたり言い寄られたりしながらも家事に励んでいる。

峰松
慈悲蔵とお種の息子。野っ原に捨てられて取り合いをされたりと数奇な運命をたどるが、最終的に父親に殺される。

次郎吉(松寿君
横蔵がどこからともなく連れてきた息子で、お種に世話されている。実は将軍義晴の遺児・松寿君

 

足利将軍家

足利義晴
将軍。暗愚で素直。登場してすぐ射殺される。

手弱女御前
義晴の正室。万事に心配りができ、側室賤の方を妬むこともなく、我が身のように気遣いをしている。夫が殺された後もヨヨとならず一番最初に長刀を持って立ち向かい、諸大名を指揮した気丈な人。

賤の方
義晴の側室で、男の子を懐妊。手弱女御前に申し訳なく思っている。暗殺事件のおりに横蔵に館から連れ出され、松寿君を出産後亡くなる。

 

[相模 北條家]

北條氏時
将軍家転覆を目論み、義晴を暗殺した黒幕。ほとんどのシーンで延々高みの見物をしている。出勤だけは早いタイプのウザ野郎。

村上義清
北條氏時の腰巾着で和田の別邸を任されている。文楽によくいる素直なタイプのアホで、家臣にもアホだと思われている(けど慕われている)。八つ橋に横恋慕している。

 

 

 

┃ 初段(大序) 発端、将軍暗殺事件《京都》

  • 将軍義晴の暗殺、側室賤の方の誘拐
  • 謙信・信玄の犯人探し、嫡子の首を差し出す誓い
  • 山城之助・濡衣の旅立ち

将軍義晴の側室・賤の方が懐妊し、どうもそれが男の子らしいというので、京都に大名全員集合で宴が催されることになる。そこには普段不和である越後長尾家、甲斐武田家も呼ばれていた。長尾家は武田家から合戦に必勝をもたらすという諏訪明神の霊具「法性の兜」を借りパクしており、返却を求められていたが知らんぷりをしていたので仲最悪であった。と言っても武田の人々が長尾家をdisっていたのでおあいこというやつである。超早く出仕していた相模国の太守・北條氏時とその腰巾着・村上義晴は密かに武田・長尾を衝突させ漁夫の利をかすめる悪巧み。一方、義晴の正室・手弱女御前は両家を慮り、長尾家の息女で景勝の妹・八重垣姫と武田家の嫡子・勝頼に祝言を挙げさせて和睦を図るように言い渡す。

一方、賤の方は越後長尾家に仕える直江山城之助を護衛として安産祈願のため誓願寺参りをしていた。そこに賤の方の召使・八つ橋が別に指名もされていないのに密かについてきていた。八つ橋と山城助は恋仲であり、八つ橋は5ヶ月になる子を身ごもっている。そんな賤の方に、相模国太守・北條氏時の家臣・村上義清が氏時の恋心を伝えにくる。賤の方は邪悪であると退けるが、なおもゲヘゲヘ食いさがる村上を山城之助が追い払うのだった。八つ橋に横恋慕している村上は山城之助と八つ橋の関係を暴こうとするが、二人の仲を黙認している賤の方がうまくいい抜ける。

さて、手弱女御前は自分が正室にも関わらず、賤の方を心底思いやって介抱していた。賤の方はそれを申し訳なく思っており、義晴に見つかるような場所で突然山城之助に偽の恋を持ちかけ、不義を働いたとして夫に斬られようと画策する。目撃した義晴は激怒し氏時はドヤって山城之助を討首にすると言い出すが、賤の方の本心を見抜いた手弱女御前が取り成して将軍も納得し、二人は助かる。

諸大名が居並ぶ宴の席に、薩摩種子島から来たという浪人が祝いの品を持って現れる。広間に通された浪人は、海岸で拾ったという難破船の遺物「鉄砲」を披露するが、その取り扱いを見せるふりして突然義晴を射殺し、鉄砲を捨てて逃げていく。混乱の中、景勝は奥の殿から賤の方が何者かに連れ去られるのを目撃、追いかけるもそのまま走り去る。するとそこに長尾謙信、続いて武田晴信が姿を見せる。将軍暗殺現場に出仕していなかった二人は氏時から犯人と喚き立てられるが、手弱女御前は二人にその疑いを晴らすため、三回忌までに犯人を見つけ討ちとるように命じる。二人は犯人が見つからなければ自らの嫡子(勝頼、景勝)の首を差し出すことを申し出、晴信は姿だけでも冥途へ主君の供するとしてその場で髪を切り落とし「信玄」と名を改める。一方、目前で賤の方を誘拐され、景勝に嫌疑をかけることになった山城之助は責任を取って切腹しようとする。八つ橋も山城之助とともに自害しようとするが、前々から二人の仲を知っていた謙信は「不義の罪で追放する」として二人の命を助け、騒動から逃れさせるのだった。<足利館大広間の段〜足利館奥御殿の段>


┃ 二段目 諏訪明神参詣の人々と勝頼切腹《甲斐》

  • 横蔵と謎の老人の出会い
  • 勝頼の切腹
  • 勝頼と簑作の入れ替わり
  • 簑作(勝頼)と濡衣の旅立ち

甲斐の国・諏訪明神の境内には、力石という巨石があった。この石に腰かける者は、数人がかりでも持ち上げられないこの力石を持ち上げなくてはならないというのがお宮の掟。その力石に、簑作という土地の車引きがうっかり腰かけてしまう。見咎めた周囲の車引き(実はタカリ)はどう見ても体力なさげな優男の簑作に力石を持ち上げさせようとするが、通りかかった武田家の奥家老・板垣兵部が取り成して簑作は難を逃れる。そのかわりとして、板垣は簑作に秘密の話があるから来るようにと求めるのだった。

その夕方、諏訪明神の社殿。武田家の腰元・濡衣が必死にお百度参りをしている。それを見ていた大男・横蔵が彼女に何の願掛けかと尋ねると、これは主君の命乞いであると言う。ところが100回目の祈願で鈴綱が落下し、願いは届かなかったかと濡衣は悲嘆にくれる。しかし横蔵が鈴綱の落下は神が願いを聞き届けた吉相だと言うと、彼女は喜んで鈴綱を押し頂いて帰っていった。

誰もいなくなった社殿で横蔵が博奕の種銭に賽銭箱の金をくすねたり、景勝の奉納した太刀を盗んだりしていると、それを目撃していた長尾家の侍の一行に斬り捨てられそうになって反撃。が、その一行の主人・景勝は横蔵の姿を見ると、明らかに悪行を働き、その上家臣を殺した彼を何故か見逃がすという。横蔵が助かったわ〜とばかりに力石に腰掛けタバコを吸っていると、先ほどの車引きたちがやってきて横蔵をギャンギャン責め立てる。しかし横蔵はいとも簡単に車引きたちを退治して、見ていれば持ち上げるものをとばかりに力石をひとりで持ち上げる。すると石の下から不思議な老人が現れ、横蔵に家来になれと言うが、横蔵も逆に家来になれと返す。老人は蓑と「七重八重花は咲けども…」という不思議な歌を贈り、横蔵はその返しに力石を老人へ投げつけ、再会を約束して二人は別れ行く。諏訪明神百度石の段>

一方、ここは武田信玄の館。先の将軍暗殺事件により、武田家では間もなく嫡子・勝頼の首を差し出すことになっていた。勝頼の母・常盤井御前のもとに、濡衣がお百度参りの吉相を得たと鈴紐を持って帰ってくる。常磐井御前は家老の板垣が身代わりに心当たりがあると出かけたと話すが、残念ながらそこに切腹見届けの上使・村上義清が到着する。勝頼は盲目で弓矢の家に生れながらその道に行かれないことを恥じており、家のために切腹しようとするが、息子と濡衣との恋仲を知った常盤井御前は勝頼と濡衣を逃そうとする。濡衣の喜びも束の間、勝頼は二人の隙を見て切腹、村上に首を討たれるのだった。

そこに簑作を伴った板垣兵部がやってくる。板垣は勝頼の身代わりとしてクリソツ顔の簑作を連れてくるも間に合わなかったのである。ヤバい状況を察して逃げ出そうとする簑作、秘密を知られたからには生かしてはおけないと追う板垣。その板垣を突然現れた信玄が刺す。実は板垣は信玄に対し逆心を持っており、信玄と自分の子を赤ん坊の頃に入れ替えていた。つまり、いままで皆が勝頼と思っていたのは板垣の子・簑作、簑作だと思っていたこの若者が本当の勝頼だったのである。信玄はそれを知っていながら見逃しており、簑作すなわち真実の勝頼は密かにそれを伝えられて貴公子の身分を隠し田舎者のふりをして過ごしていた。濡衣は出身が長尾家領であることから、法性の兜を奪還すべく越後へ向かうことに。簑作もまた将軍暗殺の犯人を探るべく出立する。簑作実は勝頼、そして濡衣は連れ立って甲斐の国を旅立っていくのであった。武田信玄館の段〜村上義清上使の段〜勝頼切腹の段>

 

┃ 三段目 山本勘助名跡と秘伝《信州》

ここは越後と甲斐の国境・桔梗原。そこに赤ん坊を抱いた男・慈悲蔵が現れる。慈悲蔵は「孝行の為」と言って赤ん坊を置き去りにして去っていく。そこへ通りかかったのは甲斐の執権・高坂弾正とその妻・唐織。赤ん坊の下げ札に「山本勘助」とあるのを見て赤ん坊を連れ帰ろうとするが、そこに越後の執権・越名弾正とその妻・入江が現れて赤ん坊の取り合いになる。言い合いの末、赤ん坊は甲斐武田家が引き取ることになる。<桔梗原の段>

一方、雪深い山奥に、故・山本勘助の後家・越路が二人の息子、兄・横蔵と弟・慈悲蔵とともに暮らしていた。母は孝行心に篤い慈悲蔵に辛く当たっており、タケノコを掘ってこいと叱責した拍子に彼女の履いていた下駄が飛ぶ。それを拾ったのは、山本家の門口へ来ていた長尾景勝であった。景勝は越路に横蔵を家臣として迎えに来たと告げ、進物の箱を置いて帰っていく。<景勝下駄の段>

そうこうしているうちに横蔵が帰ってくる。横蔵は慈悲蔵とは真反対の横道者で、母に横暴を働くばかりか慈悲蔵の妻・お種に自分の息子・次郎吉の世話を押し付けているが、母は横蔵を甘やかし、慈悲蔵も兄に従順である。そこに峰松を抱いた唐織が現れる。唐織は峰松を餌に慈悲蔵へ武田家への仕官を迫るが、慈悲蔵は拒否してタケノコ掘りに出かけ、返答あるまで待つとして唐織は峰松を戸口に置いて去る。泣き叫ぶ子どもの声にお種は峰松を抱き上げるが、唐織はそれを盾に慈悲蔵は仕官を承諾したものと言い放つ。すると突然懐剣が飛んできて峰松は即死、横蔵が次郎吉を抱いて走り去るのを見たお種は狂乱して横蔵の後を追う。

家の裏の竹林で慈悲蔵がタケノコを掘っていると、鳩が群がってくる。父の残した兵法の秘伝書が埋まっていると思った慈悲蔵はそこを掘るが、横蔵が割り込んできて出てきた箱の取り合いになる。そこに母から「待て」の声がかかり、慈悲蔵は真実の孝行心を認められる一方、横蔵は先ほどの景勝の進物=白装束と腹切刀を授けられ、景勝に仕官しその身代わりとなって自害するよう言い渡される。が、横蔵は突然右目をえぐって身代わりを拒否、父の名跡山本勘助を名乗ることを宣言し「直江山城之助」を呼び出す。現れたのは姿を裃に改めた慈悲蔵だった。慈悲蔵の正体は長尾家に仕える軍師・直江山城之助だったのである。慈悲蔵の兄への孝行は、主君景勝のため実の兄の命を差し出すその引き換えであり、越路もまたそれを知っていたのだった。勘助は実は過去に武田信玄と主従の契りを結んでおり、義晴暗殺で混乱する館から賤の方を連れ出したのは勘助で、彼が我が子と偽っていたのは将軍の遺児・松寿君だったことを語る。母はこの器量を認めて勘助に父の秘伝書を授けようとするが、勘助は自らは名跡のみを受け継ぎ、秘伝書は孝行に篤い弟慈悲蔵に授けるように言う。兄弟は戦場での再会を約束し、それぞれ越後・甲斐に分かれいくのだった。<勘助住家の段>

 

┃ 四段目 謙信館、法性の兜奪還作戦《越後》

  • 簑作と濡衣のスパイ行動
  • 勝頼への恋に迷う八重垣姫と法性の兜の奇跡
  • 花守・関兵衛の正体とその最期

簑作と濡衣は薬を商いながら越後への道中を急ぐが、濡衣の心のうちは死んだ勝頼のことで一杯だった。<道行似合の女夫丸>

相模国太守・北條氏時の和田の別邸では、留守番の中間らが百物語で大盛り上がりしていた。そこへ主人・村上義清が狩りから帰還する。村上は信玄の信仰する諏訪明神の白狐を狩りとって氏時にご褒美をもらおうと山狩りをしていたのだった。そこへ近習が女の曲者を生け捕ったと報告に来る。見るとそれはあの恋い焦がれた八つ橋であった。村上が八つ橋にグヘっていると、信玄の使者・高坂弾正と謙信の使者・越名弾正がやってきて、それぞれ時氏と手を結ぶことを依願してくる。村上は二人に弓矢の勝負をさせ、氏時・村上ともに勝ったほうにつくと横柄に提案し、その的として全然言うことを聞かない八つ橋を突き出す。ところが高坂弾正・越名弾正が射たのは村上。しかし村上はその矢をまさかのダブルキャッチ、なおも向かってくる二人の弾正をアザヤカに始末する。ドヤった村上はおびえる八つ橋を無理やり寝所へ連れ込むが、家鳴りがして庭の植込がざわめき、燭台にはなぜか目鼻がついていた。さては山狩りの狸狐の復讐かと勇みいでる村上、あたりは百鬼夜行の様相となり妖怪どもをカッチョよくばったばったと斬っていた……つもりだったが、いつのまにか奥御殿や小脇に抱えていたはずの八つ橋は消え失せ、気づいたら山ン中で腰蓑姿になっていた。聞こえてくる「迷子の殿様〜!」の声にスワ武田信玄かと思い腰に差した刀……ではなく竹の棒を抜くも、声の主は草履取りの化助だった。さっきまでワシめっちゃかっこえかったんやけどな〜と言う村上に、化助は「殿様は昨日の山狩りから迷子になって、みんなで探してたんですよ!」と教える。なーんだとなった村上は、駕籠に乗って帰っていった。<和田別所化生屋敷の段>

ここは越後の国・長尾謙信の館。手弱女御前と松寿君は先頃よりこの館に預け置かれており、簑作は花作り、濡衣は腰元として館に潜入して、いつまで経っても景勝の首を差し出さない謙信の真意と法性の兜の行方を探っていた。そんな二人が相談しているところに花守の老人がやってきて濡衣をしきりに娘、娘と呼ぶ。濡衣はこの館に仕える花守の老人・関兵衛の娘なのであった。そうこうしているうちに館へ上使がやってくる。上使は謙信になぜ子息景勝の首を差し出さないのかと詰め寄るが、よく見るとその上使こそ景勝その人だった。自分の首を討つことを父・謙信に迫る景勝だったが、関兵衛が白菊の花をたずさえて歩み出で、侍の首は切っても活けられないが、花の首は切っても活けられると語る。その機知が気に入った謙信が早速花の活け方を教えるように言いつけると、関兵衛は簑作を呼び出す。謙信は簑作の姿を見て真実の勝頼だと見抜き、関兵衛に感心するのだった。謙信は関兵衛を見込んで将軍暗殺事件の現場に落ちていた鉄砲を見せ、日本にほとんど入ってきていない新しい武器である鉄砲の取り扱いに長けた者がいれば、それが将軍暗殺の犯人であるとして、関兵衛に捜索を命じる。<景勝上使の段〜鉄砲渡しの段>

一方、屋敷の奥深くでは息女・八重垣姫が切腹した許嫁・勝頼の絵姿に手を合わせている。濡衣もまた亡き恋人勝頼に回向を手向けており、部屋の外では謙信より与えられた裃に身を包んだ簑作が二人の不憫さに心を痛めていた。八重垣姫が濡衣の声に気づいて覗き見ると、死んだと聞かされていた許嫁にそっくりの男が目の前にいることに驚く。姫は思わず簑作に「勝頼様」と抱きつくも、簑作は新参の花作りの者であるとシラを切る。八重垣姫は彼と旧知の仲らしい濡衣に恋の仲立ちを頼むが、濡衣はそれと引き換えに法性の兜を要求、簑作の正体が真実の勝頼であることを明かす。そうこうしているうちに簑作は謙信に呼び出されて出て行ってしまう。にわかに騒々しくなる館、八重垣姫が父に尋ねると、法性の兜を狙う簑作すなわち勝頼に諏訪湖の対岸・塩尻への使者を言いつけ、その帰りを待って討ち取るのだという。そして濡衣もまた謙信に引っ立てられ館の奥へ消えてゆくのだった。<十種香の段>

館の奥御殿で八重垣姫は涙に暮れていた。勝頼に危機を知らせるため船を頼んで諏訪湖を渡ろうとするも湖は凍結し、船の交通はできなくなっている。陸路ではとても間に合わない、勝頼の危難を救って欲しいと法性の兜に祈っていると、池の水に白狐の姿が映る。もう一度覗くと水面の姿は姫に戻っていたが、姫が兜を手に再び覗き込むと、やはり確かに白狐の姿が映っている。諏訪明神の奇瑞を感じた姫が兜をかぶると、その姿は狐に変じ、狐火が燃え立ちはじめた。<奥庭狐火の段>

一方、その様子を見守っている手弱女御前を関兵衛が菊の間から鉄砲で狙っていた。銃声が響き渡ると同時に鉦太鼓の音が聞こえ、数多の雑兵たちが姿を見せる。関兵衛は屋敷の奥へ逃げ込むが、景勝・勝頼に前後を塞がれ「斎藤道三とどまれ」という声がかかる。本名を見抜かれ訝しむ関兵衛の目の前に武田家の軍師・山本勘助が現れる。勘助すなわち横蔵は以前関兵衛と諏訪明神の力石のもとで出会い、そのとき交わした一句から、彼がかつて上杉家に領地を奪われ将軍家に恨みを持つ美濃国太田道灌の末裔・斎藤道三であることを見抜いていたのだった。道三は開き直ってその恨みを晴らすために北條氏時に賄賂を贈り手を組んだ、この上は松寿君を人質にして謙信・信玄・氏時も皆殺しにしてやると嘯く。ところが松寿君がこの館にいるというのは勘助が仕組んだ芝居で、さきほど撃った手弱女御前の死顔をよく見てみろと勘助が女の首を投げ出すと、それはなんと濡衣であった。悔しがる道三を謙信の放った白矢が射抜く。道三は苦しい息の中、将軍暗殺事件の犯人をあぶり出すため不和を偽装した武田・長尾両家の計略を褒め称え、今際の際に心を改めて北條時氏の居城・小田原城の攻略法を勘助に授けるのだった。<道三最期の段>

 

┃ 五段目 最後の決戦《合戦場》

  • 将軍暗殺事件の黒幕を討つ

甲斐と越後の戦いが激しさを増すのを高みの見物している北條氏時と村上義清だったが、両軍の勢いに内心びびっていた。武田信玄と謙信は一騎討ちとなって剣を交え、戦術の限りを尽くして戦う。が、そこにもう一人の信玄が現れる。信玄が「誰かは知らないが、勝負は天に任せている」と断ると、現れた信玄が兜を脱ぐ。なんとその正体は山本勘助であった。勘助はこの合戦は北條氏時・村上義清を捕らえるための武田・長尾両家の計略であることを承知しているので、軍を回して氏時・村上を捕らえていたのだった。勝頼と景勝に引っ立てられた黒幕二人は刺し通され、ふたたび天下に平和が戻り、信玄・謙信と二人の弾正、そして山本勘助の名は今に語り伝えられている。<近年の文楽では上演実績なし。上演があった頃は「戦場の段」と呼ばれていた?>

 

 

 

┃ 考察 三段目に関しての整理

  1. 三段目の山本一家は、横蔵が山本勘助の名乗りをするまでは本心とは違う言動をしているので、発言をそのまま受け取ることはできない。個々の考えや事情で「芝居」を打っている。
  2. 物語全体の前提。長尾家・武田家の不和は将軍暗殺の黒幕を釣り出すための偽装だが、それは謙信・信玄の間の密約で、基本的にその他の人には知らされていない。これによって末端の人々が振り回される。
  3. 横蔵は慈悲蔵の正体を承知している。この段階では謙信・景勝の本心は知らないが、信玄が将軍家安泰を大義としていることは承知している。
  4. 慈悲蔵は景勝への忠義のため、兄の首を討とうとしている。そのために息子を犠牲にする。それが最優先事項であり、本心では父の名跡はどうでもよく巻物も目的ではない。兄の正体を知っているかについては、景勝から知らされてわかっている可能性はある。ただ、その場合、兄が突然連れてきた子どもを年齢から松寿君と気づくと思うので、景勝はとにかく身代わりにするから首を討ってこいとだけ命令しているのではないか(慈悲蔵は真面目なので理由の申し添えがなくとも実行するだろうという判断)。
  5. 母は慈悲蔵が長尾家の家臣となり兄の首を必要としていることは承知している。横蔵の正体には気づいていないが、行動に怪しさを感じている。母は「待て」と声をかけて以降が本心(横蔵向けに芝居はしている)。
  6. お種は慈悲蔵の事情を承知しているが、義理より感情が優っているため、峰松を助けに行ってしまう。
  7. 景勝は賤の方誘拐現場を目撃しているため、おそらく横蔵の正体=少なくとも賤の方誘拐犯であることに気づいている(事件の際に曲者から投げられた小柄を慈悲蔵に渡していることから)。諏訪明神で見逃しをしたことをあわせると、横蔵を偽首にするかどうかは実はさほど問題ではなく、まず泳がせてから捕らえようとしている(賤の方・松寿君の身柄の安全を確保しようとしている)のではないか。景勝は両家の不和が偽装であることを承知しているが、それとは関係なく長尾家自体にプライオリティを置いた行動を取る。
  8. その他の登場人物は、真実を知らない。

 

 

参考文献

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