TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 3月地方公演『桂川連理柵』『曾根崎心中』府中の森芸術劇場

地方公演へ行くと、開演前にロビーでお人形との記念撮影が開催されているが、今回はそのお人形が赤い着物のお姫様で、すんごいモッコモコに分厚い座布団の上にチョコンと座っておられた。咲さんや燕三さんが座っている座布団より分厚い超豪華柄入りモフ座布団。さすが姫、と思った。

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桂川連理柵』。

いちばん最初、六角堂。出だしのところで、ピーンと張り詰めた三味線の音にちょっと感動してしまった。三味線の音ってやっぱりとても綺麗だなぁと。古い日本映画で、津軽三味線が流行っていたころ(高橋竹山がブームだったころ)の作品だと太棹三味線の独奏が入っている映画が時々あるけど、そういった映画の場合、その演奏の上手い下手に関係なく、終映後にお客さんが「三味線すごかったねえ」と話していることがよくある。あれってやっぱり、邦楽を聞き慣れていない人の耳や心にも太棹三味線の音は届くってことなんだなあと思う。よく聞いていると、一段の中でも「同じ楽器? 持ち替えた?」と思うほど、三味線の音の響き方が違っていて不思議である。太夫の語りが入り始めると少し抑えたような音になったり。すごいな〜。ということを突然思った錦糸さんの演奏だった。

 

人形の見所はやっぱり帯屋で、中でも儀兵衛役の玉也さん。六角堂の段、帯屋の段ともにキレにキレたウザ番頭ぶりだった。ウザキャラながら長吉の話をちゃんと聞いてあげるあたりは立派。こういう役も玉也さんがやると滑稽なだけじゃなくて、クレバーそうに見えてなんだかカッコいいよねえ。こういうウザ番頭お約束の謎の踊り?もビシバシ決まっていた。漫画なら外伝が出てしまいそうなキャラ。カイジ文楽化したら利根川役は絶対玉也さんだと思う。

そしてお隣のアホ丁稚、長吉〈吉田玉佳〉。一度鼻水をすすった後も、時々、手に持ったはたきの影で一瞬鼻水を垂らしていて怖かった。今回は双眼鏡を持参したので長吉の鼻水をじっくり観察してみたが、やっぱりキュウリかシシトウが鼻の穴に刺さっているみたいで不気味だと思った。一仕事終えたあとはそこらじゅうをはたきでぱたぱたとしていて可愛らしかった。

玉志さんの繁斎も良かった。背筋のぴっと通った上品なお爺さんで、茶道とか華道とかのお師匠さんみたいだった。なんかこういうのこないだも観たな。玉志さんは12月の酒屋でも同じようにものわかりgoodで優しくてかっこいいお園パパ・宗岸役だった。あの話でお園のある意味でのおめでたさとは別の意味でヤベーなと思うのが半七パパで、羽織を脱いだら緊縛されてるって、半七の代わりに縛られているという事情を知らない人だったら「特殊な性癖の方かな?」って思っちゃうよね。あそこで宗岸が大人にスルーしたのはえらいと私は思った。

と、話がそれたが、あと文昇さんのお絹、六角堂のお高祖頭巾を被っているところはかしらの動きが微妙すぎて何やってるかよくわからん???と思ったけど、手元を丁寧に演技されていたのが良かった。手元の演技のほうが得意な方なのだろうか。長右衛門役の清十郎さんは確かに責任とって心中しそうな感じだった。でもいざとなったらやっぱり逃げそう。

 

道行。配役表を見て「大丈夫かよ……」と思っていた、お半役の人形=簑二郎さんと太夫=織太夫さん。お二人ともとてもじゃないがロリキャラじゃないだろ……どうすんだ……と思っていたら、なんと意外なことに(失礼?)お二人ともとてもロリロリされていて仰天した。お半が小娘に見える。しかも予想外の方向に。いわゆる文楽人形ならではの華麗かつ可憐な可愛さではなく、年相応の小娘としてのポップなかわいらしさがあるというか……。ある意味での洗練や作り込みがないからだろうか? 女方人形遣いさんでもポップな可愛さがある人はあまりいないと思うので、びっくり。例えば簑助さんなら妖艶な可愛さ、勘十郎さんならサイコな可愛さ、勘彌さんならヴァンプな可愛さ、清十郎さんなら凄惨な可愛さ、一輔さんならおぼこい可愛さとか、普段良い役をされる方ならそれぞれ独自の可愛さがあると思う。簑二郎さんはそれがよくわからなかったが、意外なところに武器を持っておられるのかもしれないと思った。織太夫さんに関しては、あんまり小細工をせず、力まずにすっといったほうが可愛さが表現できる人なんだなと思った。後述の『曾根崎心中』の道行のお初より、こちらのお半のほうがよかった。

 

↓ 昨年10月地方公演での『桂川連理柵』感想。

 

 

 

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『曾根崎心中』。

こちらは人形お初=吉田和生、徳兵衛=吉田玉男天満屋の床が竹本千歳太夫・豊澤富助でまさに本公演並みの超豪華公演。

天満屋は人形も床もすごく良かった。千歳さんの語り出しが良い。とても丁寧でひとつひとつの音に情景を感じる。私が文楽に慣れてきたためなのか、それとも千歳さんご自身の変化なのかはわからないけど、最近、千歳さんが出演されるたび、語り出しのところではっとさせられる。会場の雰囲気が塗り替わるというか……。いつだったか、口上の黒衣さんが千歳さんが出るところで「ただいまの切」と言ったように聞こえたことがあって、ホントは奥なんだけど、まあそうだよねえと思ったな。

和生さんのお初は明治期の美人画のように美しかった。日本画のように奥行きのある、優しく曇った雰囲気。仕草のひとつひとつがなめらかな曲線で構成されていた。微妙に姉さん女房風でありながら、徳兵衛の胸に顔をうずめる仕草には小鳥のような健気な愛らしさがあった。縁の下に隠した徳兵衛を足先で制する場面ではごくわずかにチョンと着物の裾を動かして徳兵衛をつっつくのが可愛らしい。道行で印象的だったのは「……冥途にござる父母にそなたを逢はせ嫁姑、必ず添ふと抱きしむれば」の部分。お初が客席に背中を向けて徳兵衛に抱かれる場面で、お初がちょっと体を斜めに傾けて腰をひねっているのがとても美しくて感動した。終始たおやかで清楚な美しさのお初だったが、しかし、徳兵衛に抱きつく勢いがすごい。その速度だけはすごすぎた。

移動のある地方公演のせいか、天満屋の屋体が本公演とは違う不思議な構造で面白かった。天満屋の見所はいうまでもなく、お初が店の上り口に腰掛け、打掛で縁の下に忍んだ徳兵衛を隠す場面だが、文楽劇場のような船底+通常ステージの2層の設備がない通常の会場でそれを見せるために、天満屋の屋体の中には高めの段が作られていて、室内は一段上がっている構造になっていた。屋体下部の中央の一部が人形が出入りするための引き戸になっていて、お初が徳兵衛を発見して外に出るときや九平次天満屋にやってきたときにはそこを開閉させて人形遣いを通していた。屋体の中はかなり高めの段になっているようで、おもしろいことにその扉をあけたときには屋体の中に立っている人形遣いの足元まで見える状態になる。人形のサイズが大きい男役の人形遣いが履いている舞台下駄は高くて、人形が小さい女役のそれは低い、と話では聞いたことがあるけど、九平次役の玉也さんや、お初役の和生さん、遊女役の玉翔さんらの足元が見えて、舞台下駄の高さが違うのはほんとなんだなと目で見てわかった。それにしても玉翔さん、めちゃデカい。

あとは下女のお玉〈吉田清五郎〉がメッチャ眠そうだった。旦那に起こされ、顔をまくらにぐいぐい当てて「ねむ〜い!!ねむ〜!!」としているのが可愛らしかった。

今回の地方公演、照明がなんだか露骨すぎて微妙?と思ったけど(生玉社前の後半で露骨に徳兵衛にだけスポットライトとか品がない)、壁が紅殻色に塗られた薄暗い天満屋内で極彩色の衣装を着た遊女たちが動き回る場面は良かった。ドールハウスを覗き込んでいるようだった。こういう場面ならこれくらい嘘っぽくても良い。

 

道行の床は徳兵衛役の睦さんがすごく頑張っておられて良かった。始さんの代役でのご出演だけど、こんなに道行うまい人だったっけ!?と思った。控えめなビブラートのかかり方にほのかな品があって、儚く優しい雰囲気の徳兵衛に合っている。もうちょっとパワーのある役が似合う方だとは思うけど、力技に頼らずこういった役にもまっすぐに挑戦されているところ、とてもいいなと思った。あと三味線のみなさん、清志郎さん清𠀋さん燕二郎さんが良かった。それぞれの個性で頑張っておられた。清志郎さんはぼのぼののようだった。

天神森の人魂は火力低めだった。本公演だと緑色の大きな炎を上げている人魂だが、火が見えないくらい可憐な人魂だった。わずかに白く光っている程度。消防法的理由からだろうか。

 

印象的だったのは徳兵衛のたおやかさ。やわらかな雰囲気の中にも弓の弦のようなピンと張ったものがあって、みずみずしい芝居だった。鮮やかなライトグリーンの茎を持った春の野の花のよう。生玉社前の段で九平次の横暴に抵抗してピョコン!と立ち上がるところなどが殊によく、優しいだけが取り柄のヘタレ感がにじみ出ていていた。玉男様この2ヵ月、ヘタレ三連発。

今思い出したが、昨年の夏、恵比寿ガーデンプレイスで行われた映像イベントに、写真家の渡邉肇さんが出されていた『曾根崎心中』のショートフィルム(映像作家堀部公嗣さんとのコラボ作品)を観に行ったんだけど、それは徳兵衛役が勘十郎さんで、玉男さんとは別の意味で印象深い徳兵衛だった。特殊な映像で、(1)通常通り人形あり、(2)人形はなしで人形遣い(全員出遣い)が人形を持っているのと同じ振りで演じる、という2部構成で道行を見せるものだった。その中の後者でまさに心中しようとするシーンでお初の目線アングルから見た徳兵衛、という映像があって、しかし徳兵衛の人形はないから脇差を振り上げた人形遣い(勘十郎さん)を仰角で撮ってる映像なんだけど、抱かれている設定なのですごい距離が近いのと、その勘十郎さんの目が「マジ」で、とても怖かった。まったく何の感情も読み取れない表情で、人間って人を殺すときこういう目をするんだな〜……と思った。玉男さんの徳兵衛は正直恋人を刺せそうもないんだけど(刺すの失敗しそうで怖い)、勘十郎さんは絶対一撃必殺で刺してくると思った。

 

 

 

そんなこんなでシュロ箒が大活躍の心中二本立て地方公演だった。両方とも人形の配役が良くて、個人的にかなり満足感高かった。あと、道行の太夫配役がなんというか若干野太い感じでそこは本公演ではまずない配役でちょっとおもしろかった。

ところで、以前、「人形の上手い下手は初心者には滅多にわからないが、太夫は間違えるとすぐバレる」と聞いたことがあるが、そうなのかな、人形遣いさんが小道具を取り落とすとか手間取ってテンポがずれるとかは何度も見たことがあるけど、太夫さんが間違えるのって聞いたことないな。おもいっきり何行かすっ飛ばしてて素人には気付かないような間違いなのかな。と思っていたけど、きょう、それがわかった。ある太夫さんが言い間違えをされてたのだ。即座に気づいて言い直してたけど、なるほどこういうことね、と勉強になった。確かにこれはバレる。

それと、公演そのものには関係のないことだが、技芸員さんたちってみんなお互い助け合って舞台を支えているんだなと思うことがあり、胸がジンとした。

 

 

 

おまけ。

実はこの前日、大田区民プラザの夜公演にも行ってきた。当日券で入ったのでかなりの後列席だったが、遠方から見ているとお人形さんが本当にちっちゃくて可愛くて、あんなちっちゃなおててで一生懸命生きてる……(ToT)と感動した。あと玉男さんとか玉也さんはキリリと締まった止めが綺麗なので遠方から見ても映える芝居で、十全に伝わってくると感じた。前列で見るのと遜色ない。むしろ後ろから見たほうが綺麗さがわかるまである。いや嘘。できるだけ前列で見たいです。

 

 

 

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文楽 『女殺油地獄』を3回観る

技芸員さんのインタビューでは「1公演を1回だけでなく、3回見て欲しい」という談話がよくある。

いままで2回観た公演は何度かあれども、チケット手配の都合などで観劇日が近接していて、人形の偶発性に左右される演技の失敗成功等はあれど、パフォーマンスそのものにそこまでの変化は感じなかった。別にいつもうまいじゃん!みたいな。しかし鑑賞日程を離してみたらどうなるだろう。今回は玉男さんが与兵衛初役なので、結構変化を見られるかもしれない。いっぺん、1公演を3回観るっていうのをやってみたい。

というわけで、今回は2月公演第3部『女殺油地獄』を初週、2週目、3週目と、だいたい1週間おきに合計3回観に行ってみた。

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与兵衛〈吉田玉男〉。玉男さんは与兵衛初役とのことだが、私は『女殺油地獄』を観たことがないので誰かと比較ということはできない。なので素直に「へーおもしろーい♪」というのが1回目に観たときの感想。初回で一番印象に残ったのは与兵衛の青く固い野生の植物の茎のような雰囲気。演技そのものじゃなくて、演技が表現している役割上の性格が。ぱっと見何を考えているかまったくわからない若者の姿で、みずみずしいが固い、植物の青い茎のように思われた。それ以外には率直に言うと徳庵堤はちょっと不安定だなと感じたけど、河内屋内、豊島屋と進むうちに次第にそういったノイズがなくなっていくように感じ、短時間でも向上していくもんなんだなーと驚かされた(実際には左遣いや足遣いの人が違う等あるんだと思いますが)。

※『女殺油地獄』の詳細自体に関しては ↓ の感想が1回目観劇後のものなので、こちらをお読みください。

そして2回目を観てまじびっくり。1回目とかなり違っていた。見た目として一番違うのが豊島屋でお吉を追い回して油で滑るシーン。1回目に観たときはわりと物静かにスーッと滑っていくスケートのような印象だったのだが、このときは「確かに玉男さんてこんな感じだった!!!!今思い出したわ!!!!!」と思った。なめらかに流麗というより、かなり力強い、線の太い印象。単に激しいだけでなく「確かに玉男さんの演技」って感じだった。与兵衛は3回ほど上手から下手へ向かって滑ると思うんだけど、2度目に滑るときには思いっきり下手の門扉にぶつかっていた。玉男さんが。あの門扉ってあれくらいの体格の人が思いっきりぶつかってもグラグラ揺れる程度で、土台はしっかり舞台上に固定してあるんだなと感動✨……ではなく、初回は滑る演技そのものの加減を見ている状態だったのねと思わされた。2週目には演技自体のこつを掴まれて、その中にご自分らしさを出しておられたんだと思う。なるほど、文楽はシステム的に初役であっても演技ができないわけではないけど、回を重ねると「その人の考えるその役」というものがどんどん出てきて、役にピントが合ってくるんだなと感じた。1回目に観たとき感じた「こんなもんかな???」というふわっとした印象が消えて、ああ〜!!!なるほど!!!!!と思わされた。

3回目に観たときには荒々しさのバランスがうまくとれて、玉男さんらしい雰囲気になっていて感動。いや「玉男さんらしい雰囲気」ってなんだよと言われると思いますが、3回観て、やっと役の中に出るその人の「らしさ」がわかったのだ。うーん、確かに玉男さんって静動のピッとしたメリハリあるわ。みたいな。奥から手前への移動でのよろめきもすばらしかった。横移動のときのブレーキのよろめきだけでなく、これがあると、床一面が油まみれであることと与兵衛の心の焦りがよくわかる。さすがに3回目だと自分が見慣れてきていることもあって一挙一動をじっくり観察することができて、ブレや不意のアウトフォーカスがなくなり、自分自身もクリアにピントが合って十全に楽しめた。

こういった与兵衛の演技によってクライマックスがはっきりしたことで、しんみりと聴かせてくれる前半とのコントラストが明確になり、ひとつの段として立体的になったように思う。玉男さんが事前インタビューで答えておられた「愛のある人」というのもわかった。親の言葉を聞いて彼なりに改心したということおっしゃりたかったのね。普通に考えたらかなりヤバイ人の思考回路だけどなんか納得する演技だった。いや本当にそういう解釈をされているのかは知らんけど、私はそう受け取った。そして、最後まで青い雰囲気は残したままなのは良かったな。1回目は笹だったのが3回目は竹になった感じで、青く苦い雰囲気やしなやかさはありつつも、芯が太く強くしっかりした、とでも言えばいいだろうか。玉男さんらしい、って感じでした。玉男さんてなんか自然物っぽいよね。

演技内容の向上だけでなく、演技の細部の研究もされているようで、徳庵堤で小菊〈吉田清五郎〉に機嫌を取られる与兵衛のくだりも1回目と3回目で異なっていた。1、2回目に観たときだと小菊に擦り寄られて「いやあ……」のような首の後ろに手をやるイケメン風のポーズをとっていたけど、3回目にはそうはしていなかった。さすがに他の客に連れ出されるのを出先まで押しかけるくらいの相手なので、そこで突然照れるか!?ってことなんでしょうか。照れるのも何も考えていないアホ丸出しで私は好きだけど。友達2人が北関東のヤンキーみたいな格好してる中(大阪のヤンキーです)、ひとりだけ育ちのよさ(?)丸出しのちゃんとした服装でチョロチョロしてるのとも合ってるし。

 

与兵衛の変化に伴って印象が変わったのはお吉〈吉田和生〉。

はじめに見た時は、おせっかいは焼いてくれるけど、本質的には与兵衛に対して無関心な、あくまで隣人という立場の人なのかなと思っていた。特に「不義になつて貸してくだされ」と迫られた後、お吉は「ぴょこん!」と立ち上がって拒絶を示すが、これが初めは無関心ゆえに振り払っている、冷めた態度のように思われたのだけど、与兵衛に対応してか回を重ねるごとにその仕草が熱を帯びるようで、2回目は感情的、3回目には怒りをにじませて「ぴょこんっ!!!」と立ち上がっているように思われた。

そしてもうひとつ。これは自分自身が何度も観ることで気づけたことなんだけど、最後に与兵衛に対抗して次々と油桶を倒し、柄杓等を投げていくくだり。あれってどれも威勢よくやっているわけではなく、一番下手の油桶を最初に倒すこときはそれこそ威勢がいいけれど、2つ目、3つ目と倒すうちに弱ってきて動きが不安定になり、最後には力なく押し出すという感じになっているのね。本当に細かいところまで考えて遣ってらっしゃるんだなあと思わされた。

しかしお吉、本当良かったわ〜。商家のおかみさんらしく楚々といているんだけど、なまめかしい雰囲気もあって……。じ〜っと見つめていると頭がぼーっとしてきて、よく手入れされたあの白い肌……、あの頰には熟れた桃の実のようにこまかく透明な産毛が生えていて、まだ若い彼女の情熱でしっとりいてるんじゃないかしらと思わされた。別にお人形自体がリアルな人間の顔をしているわけじゃないんだけど、人間と変わらず艶やかな髪を潤んだ瞳を持ち、少し肩を上下させて息をしている彼ら彼女らにはとてつもなく生々しい雰囲気がある。時折大道具や手すりに腕がぶつかってカラリと音をたてるときだけ、彼ら彼女らはやっぱり肉体を持たない木の彫り物だったんだと知る。

 

ほかに「おお」と思わされたのは、河内屋内の段に登場するおかち役の簑助さん。何度か観たことで、簑助さんほどのベテランでも色々やってるんだなー!とよくわかった。与兵衛が父徳兵衛〈吉田玉也〉を踏みつけにするのを止めようとする演技で、舞台上手の寝床から下手側(与兵衛、徳兵衛の左側)へどのタイミングで移動するのかを回ごとに計っておられるようだった。1回目に見たときは与兵衛が踏みつけてからあわてて移動という演技にされていて、その一生懸命ぶりに観客もおかち&簑助さんが心配💦って感じだったんだけど、2回目は与兵衛と徳兵衛が言い合いになった時点で「ああ……!」と下手側を気にしてよろよろと這い出す演技。しかし3回目はあわてて止めに入る方式に戻されていた。動き出すのがあんまり早いと、余計な情報がお客の目に入るからだろうか。それとも1回目や3回目も私が気づかなかっただけで、早めに移動してた?

それはともかく、1回目と3回目、おかち、与兵衛の人形じゃなくて、与兵衛を遣ってる玉男さん本人におもいっきりしがみついていたのがめちゃめちゃインパクトあった。距離的に与兵衛の人形に届かないからか、(なぜか)玉男さんにしがみつくのだが、ことに1回目は猛烈な勢いでぎゅーっと抱きついていてビビった。2回目は早めに下手に移動していらしたので、玉男さんを土台(?)にして与兵衛に接近して流麗な印象にされていたが、タイミングを元に戻した3回目は玉男さんの後ろに回り込んだ時点で玉男さんにタックルしていて、闘志(?)がすごかった。確かにそこを攻撃するのが一番有効ではありますが……!? しかしながら、3回目が一番自然な流れで与兵衛に接近してすがりついておられたと思う。玉男さんもそっと微妙に簑助さんのほうに寄っていっていてちょっと可愛かった。

簑助さんがおかち役なのは体力を考慮しての配役だと思うんだけど、とにかく簑助さんの出番があれだけしかないというのは完全に正しい意味での「役不足」で、おかちの役に対してやる気と技術が大幅にはみ出して異空間になっていた。うしろのほうにいても父や兄の様子を気にしてまごまごする、クルクルした仕草がどの回も大変に愛らしかった。はちゃめちゃに可愛すぎて、ありがたさがはんぱなく、3回分チケット買っといてよかったと思った。かわいすぎ。まじ、国宝。(本来の目的を見失った)

 

3回観たことでじっくり演技を見られてよかったなーと思ったのはお吉の夫・七左衛門〈吉田玉志〉。登場する場面が少なく、人物描写もあまりないが、なるほどお吉が与兵衛をまったく相手にしないのもわかるという凛々しい男前ぶりだった。与兵衛はボーヤだね(その生硬な雰囲気が良いんだけど)。たぶん、玉志さんも役に対してやる気がにょろっとはみ出ておられるんだと思うが、ただならぬや!る!気!オーラを感じた。徳庵堤で勝手に拡大解釈&誤解して茶屋ののれんの前へ走っていく(でもキュッと立ち止まる)勢いが最高だった。

 

 

 

もちろん人形のみなさんだけでなく、床のみなさんもとても良かった。特に徳庵堤のヤングのみなさんは1回目はかなり不安定な様子で心配だったが(2日目だったし、大変なことがあった直後なので無理もないと思うが……)、翌週聴いたときにはなんとかまとまりができて、3回目には結構安定しておられた。出だしが舟唄風?で雰囲気づくりが難しいと思うけど、靖さんお疲れ様でした。そして森右衛門役の小住さんはめっちゃ良かったです。最終週に聴いたときにはほんとすごいと思った。森右衛門の剛毅な雰囲気がとてもよく出ていた。時代物のジジイ武士役もやってほしいな。

そして本当とっても良かったのは河内屋内の津駒太夫さん。津駒さんはどの回も大変にすばらしかった。キモ山伏、優しすぎる義父、可憐で儚い妹、強気な母、不孝者のドラ息子、それぞれの心情がしみじみとにじみ出ていて素浄瑠璃ででも聞きたいくらいに良くて、3回分買っといてよかった〜と思った。第一部の『心中宵庚申』も2回観たけど、第一部の千歳さん、第三部の津駒さんはお二人とも「二部を挟んで火花を散らし合ってるのでは!?」という力の入り具合で、そのドキドキ感も同時に楽しめてとても良かった。去年12月の新口村でも火花が散っていたお二人だが、このお二人には通常の公演でも一段まるごとで語ってほしいな〜。と思う。

 

 

 

同じ演目を3回観るというのは、私にとって大変にスリリングな体験だった。

演技の向上というのは、人形であれば流れのスムーズさ等の演技そのものに対する熟練もさることながら、その人らしさをどう出していくかというのも大きいのだなと感じたのが一番。よく考えれば当たり前のことなんだけど、実感としてそれを知ることができてよかったと思う。出演者の技芸の向上は当然のことながら、自分自身の鑑賞眼の向上も感じられた。……とえらそうに言うほどオツムは向上しなかったが、さすがに2回目以降は落ち着いて見られるので、1回のみ鑑賞よりも「実は出演者はものすごーく細かいところまで配慮した芝居をしている!」と気づけたことが大きかったと思う。古典芸能だと毎回内容にそこまで変化がなさそうに思えるがそうでもないし、逆に古典芸能は基本的に「ネタバレ」したからといってつまらなくなるような話ではなく、何回見ても楽しめる強度を持ったストーリーであり、出演者の芸が主眼ということがよくわかった。芸……本当は「藝」と書くべきか、それってとてもわかりづらくて一部の好事家だけが理解できる概念のように思っていたけれど、なんとなくだがその鱗片に触れられたような気がした。

席は1回目上手、2回目中央、3回目下手(いずれも前方席)と変えてみたけど、いろんな席で観て聴いたというのも自分にとってはとても良い経験だった。太夫の声や三味線の音の聞こえる聞こえない、人形の演技は角度によって見える見えないもあるので。しかし人形観るなら下手寄り結構良いですね。視界にすべての人形と人形遣いが入るから……(そのまんますぎる結論)。

と、いろいろ書いたけれど、実は3回とも「わーい😇わーい😇」というピュアネスすぎる気持ちで観てしまったので、頭にはほとんど何も入りませんでした。その最たるものが逮夜の段で突然登場する、紋秀さんが遣っている爺さん。3回観てもあの爺さんが誰なのかわかりませんでした。近所の人でしょうか。

 

 

 

番外編、面白かったこと。

2回目に観たとき、徳庵堤の段で口上の黒衣サンが5人並んだ太夫さんのお名前を途中からド忘れしてしまって大ピンチになったのがおかしかった。

コール中に妙に開く間!!
俺!俺!と言わんばかりのコスミさん!!
ひとまずは思い出した順(?)に言って緊急回避するも、もう次は言うしかない!!!
「たけもとぉ… ぉ…… …… ……😭」と弱々しくなる声!!!!
緊迫する客席!!!!!!
どうなる黒衣サン!!!!!!!!!

でも最終的には無事思い出されて、全員のお名前を口上して大拍手でした。大ピンチ丸出しなのが可愛かったです。黒衣さん、あとからコスミさんに追いかけ回されなければいいですが、コスミさんより黒衣サンのほうがお兄さんかな? お兄さん権限で逃げ切ってほしいです。

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文楽 2月東京公演『花競四季寿』『摂州合邦辻』国立劇場小劇場

合邦の家の前に置いてある木彫りの閻魔様は、なぜ首しかないのだろう? 経済的事由? いまから作るのかな??

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配役等、基本的には1月大阪公演と同じなので、ストーリー等自体への感想は先の投稿分に任せ、今回は差分や新たに気づいたことを中心に書こうと思う。

↓ 1月大阪公演での同演目感想

 

 

 

『花競四季寿』万才。

大阪公演の回にも書いたが、ここに紋臣さんが出ているおかげで、本当贅沢なもの見せていただいててという感じ。大阪初日でもやっぱりうまいなーと思ったけど、東京公演の最終週ではより一層の磨きがかかっておられて大変に素晴らしかった。ちょっとした袂の扱いも優しく美しく、無駄のない、流れるようになめらかな仕草の愛らしい才蔵で本当に可愛かった。生真面目げで精悍な雰囲気の太夫〈吉田玉勢〉との対比も良い。で〜も〜、紋臣さんには〜、もっと〜、良い役で〜、出てほしかった〜〜〜〜〜。勿体ないことです。役に対してやる気がはみ出てる。6月の鑑賞教室公演の配役に期待ですね。


続いて鷺娘。

ははあ、こうしたかったのね。早変わり。大阪では初日、2日目とも傘の影で早変わりしていたけど、本当は傘の上でやりたかったんだね。と思った。

 

 

 

八代目竹本綱太夫五十回忌追善/豊竹咲甫太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露 口上。口上の内容が基本的な筋は同じながら、大阪と少し変わっていて、オッ咲さん工夫があるねって感じだった。

 

 

 

『摂州合邦辻』合邦住家の段。

大阪で疑問だった「勘十郎さんは前半の玉手御前を本当の恋として演じているか」について、やっぱり演技、嘘の恋でやってるんだろうなと思った。玉手御前をどうするかは語りに合わせて造形しているのか、ツン!プイ!イーッ!といった誇張した表情や、極端に作ったしなは通常の恋する乙女モードの勘十郎さんにはないものだと思うので……。勘十郎さんの恋する乙女ぶりって、増村保造の映画に出てくるようなある意味目がイッてるヤバい女感溢れてると思うので、そういう狂気がこれにはないから……。マジ恋なら地獄の果てまで追ってきてもっとヤバイ女房ヅラをしそうだもん。ほかの人ならどうするかを観てみたい(たとえば和生さんとか)。あと浅香姫に入れるキックは速度と鋭さを増していた。でも一番良いと思ったのは実家の閉ざされた木扉の前で母を静かに呼ぶところ。情緒があってとても良かった。ほかには合邦に刺されて髪をさばくときの顔の伏せ方や髪の垂れ方が綺麗だった。

和生さんの合邦は変わらず良くて、女房〈桐竹勘壽〉が玉手御前を家に入れたあとにひとり上手に歩いて行ってちょこんと座り、まゆをひゅっと下げる姿など、普通のパパで良い。

浅香姫〈吉田簑二郎〉は2ヶ月の時を経て強気になっていた。玉手御前と俊徳丸〈吉田一輔〉の間に割り入る仕草が御簾内のお姫様とは思えない勢いで、しかしこの姫、家出して死のうとしていた俊徳丸を探すために出奔し、天王寺の下層世界にまで行って見つけて介護してたんだから相当根性入ってるはず(摂州合邦辻でもあらすじこれで合ってる?説経節の『信徳丸』だとこのあらすじ)。これくらいの勢いはあるわなと思った。浅香姫は浄瑠璃の上では特にこれと言って見せ場がない登場人物ではあるが、その分の勢いが込められたチョップで割り入っていた。

入平の玉佳さんは笠をかかげて一旦退出するときなど、ほんの少しの仕草でもとても丁寧な芝居、凛とした雰囲気で、大阪よりもかなり良かった。入平って図体がでかいわりに「はわわ〜💦」ってしてるのが可愛らしくて、木戸に耳をくっつけて家の中を伺っているときに騒ぎにびっくりしてキャッと飛びのいたり、扉を破ろうと一生懸命になったり、しまいには合邦から娘にとどめを刺してくれ!と頼まれて超固辞したり、良い役どころである(玉佳さんも頼まれたら超固辞しそうなのが最高だった)。最後の場面、後ろのほうで入平と合邦女房がずっと数珠をモミモミしていたのがとても可愛かった。浅香姫は悲しさ?のあまりか、モミモミしていなかった。

あと、合邦の家にかかっているのれんは、よくあるゼンマイ柄ではなかった。在所のボロ屋ではいつもゼンマイが渦巻いてるわけじゃないんだ……。小菊柄?のような細かい模様だった。のれんの柄の理由が知りたい。

 

 

 

しかしなんというか、大阪、東京と2ヶ月同じ演目をやり続けていても、磨きがかかっていく人と、慣れでやっちゃうようになる人がいるんだなーと思った。東京の最終週が大阪の初日より雑というのは客としては悲しい。今回は一部と三部の出演者の気迫に気圧されただけに、それが気になった。

最後になりましたが、燕三さんは本当にすごい、やっぱり信用できると思ったこの二ヶ月だった。それが今回、大阪・東京を両方観た上での最大の収穫である。

 

 

 

この公演で文楽を観るようになって丸2年。わからなかったことが少しずつわかったり、わからないことがもっとたくさんあることに気づいたりしつつ、楽しく観に行き続けられていることをありがたく思う。そしてなにより願うのは公演の無事と技芸員さんたちのご健康である。

 

 

 

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国立劇場のインスタより。この写真、なんかみなさんすごく男前。いやっ、もともとの男前さが写っとる!!!(駒が泣いとる!的な感じで)

  

 

 

追善壇。

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