TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 トークイベント:吉田玉男「『生写朝顔話』&近況について」文楽座話会

文楽座話会」はNPO法人人形浄瑠璃文楽座主催のトークイベント。「文楽座学」とは異なり、ホスト技芸員個人の芸談等が中心。以前、燕三さんの回に行ったときは燕三さんの弾き語りの会と化していたが*1、サテ、今回の玉男さんの話は一体どうなるのか……?

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┃ 宮城阿曾次郎の役について

  • (傍に置いた阿曾次郎の人形に目をやって)横に人形があると話せる……。
  • 宮城阿曾次郎は、遣っていて自分でも気持ちが良い。先代がよく遣っていた役。なんというかじっとしている役で、師匠は手数も使わない。いつもじっとしてるという気持ちで遣っていた。自分も足、左で遣っていて、その気持ちがわかった。
  • 阿曾次郎は動かない役だが、今日は暑くて……、目に汗が入って……、つらい……。目をぱちくりしてたと思うんですけど……(きゅっと目をつぶる仕草)。
  • 宿屋ではこう……、深雪がかわいそうだと思って遣っています……。深雪は目が見えなくて……、でも駒沢は名乗れなくて……、いい役やと思って遣っています……。お客さんには「名乗ればいいのに!」とよく言われる……。深雪は色々苦労があって……、輪抜吉兵衛に売り飛ばされて……、側にいて手を出したいけど……、ねえねえ。別れる芝居(話)で……、なんていうかこう……。最後の最後は……、会えるみたいですね……(注:最後の道行、「帰り咲吾妻の路草」のことらしい)
  • 駒沢のお兄さんが出る芝居(話)がある。駒沢が徳右衛門に渡す目薬はその兄貴=春次が中国から持ち帰ってきたもの。それは「麻耶岳の段」でわかる。通し狂言だと、そういうのが朝から晩まで続いてるんです。

 

┃ 笑い薬ではひたすらじ〜〜っとしている

  • 笑い薬の段では駒沢は動かないし、セリフもなくてつらい……。こないだ、祐仙(勘十郎さん)の左遣いが茶碗を取り落としてパリーーーンと割ってしまって……、びっくりしました……。ちょっと笑ったりしました……。
  • (司会からお客さんは演出だと思って大笑いしていましたねと振られ)簑助師匠が祐仙役を演じるときは、わざと茶碗を割る仕掛けを作っていた。拭いているうちに茶碗が割れるというもの。割ると、もういっこ用意してあった茶碗を茶箱から取り出す。そういうことをしているので簑助師匠はお茶を点てる演技が長くて、うちの師匠が「長い〜〜〜〜〜!!!!!!」と言っていた。
  • 駒沢役はそのお茶を点てるところをじ〜っと見て……、笑い転げているところを見て……、ほんとしんどいです……(心の底から大変そうに)。ずっとじっとしていなくてはならないので、左遣い、足遣いがつらい……。今回足は玉征、左は玉佳が遣っている。玉征はからだが大きいから大変……。足遣いがちょっとでも動くと「ん〜〜〜」(と腰をひねる仕草をして、動くなと指示する)。
  • ぼくの左はずっと玉佳、足は玉路か玉征。足遣いは体格で変えている。時代物の大きい人形のときは体の大きながっちりした子をつけている。そうでないと、「足に負ける」。大きな人形の足を安定してしっかり持って、がっちり遣えない(大型の人形の座り姿勢の足を持つ仕草)。いまは主に玉路にいかせている。世話物の二枚目は、(小柄な)玉延か玉峻にいかせている。

 

┃ 近松の男と世話物・時代物の違いについて

  • 最近は、近松物、『曾根崎』の徳兵衛、『冥途の飛脚』の忠兵衛の役を頂いている。時代物と比べ、世話物では様々な所作が必要になる。時代物は型が決まっているのである意味やりやすいが、近松になるとセリフが多く、ことばが多いと遣いにくい。世話物はサラサラと流れるように遣わなくてはならない。近松の男はナヨナヨして……、それがまあ……、上方の着流しの良いところやけど……。
  • 今年の2月東京公演では、忠兵衛と徳兵衛やらしてもらいましたけど、普通はこのように似たような世話物を続けて遣うということはない。通常なら「俊寛と忠兵衛」など、時代物が間に挟まれるので気分転換になるが、あれはちょっとしんどかったなあと……。時代物になると、人形が大きくて、大きく遣えるが、世話物だとダラっと長くなる。力を抜いて遣うのもそれはそれで苦労がある。どちらが好きか? 時代物のほうが好きかな……。でも、色々やってみたい……////

 

┃ 「玉男」の名跡について

  • 「玉男」の名前には、先代のイメージがあって、それが大きい。お客さんから「玉男さん」と呼ばれると、「ハイ❤️」となるが、ちょっと(ぴんと)こないときもある。先代の名前を継がせてもらうのは大きいことだと思う。
  • 「玉男」での駒沢、忠兵衛、徳兵衛、そしてつぎの大阪公演の加藤正清、半兵衛は「初役」。半兵衛は本当に初役で、ずっとやってみたいと思っていた。半兵衛は勘十郎さんとやります。大阪に来てください……。チケットありますので……(発売してないうちから売れ残り前提で話してしまう玉男様……😭)

 

┃ 女方配役と師匠の導きについて

  • 5月東京公演『加賀見山旧錦絵』での岩藤役は照れ臭かったですね……。立役でずっとやってきているので、お稽古から照れた。色気と品がないと大奥の女方の芝居はできない。「遣う」まではいかないが、この色気と品を出すのが難しかった。
  • 草履打ちは華やかな鶴ヶ岡八幡宮が舞台。ぼくが和生さん(尾上)をいじめる役。師匠が尾上を遣ったとき、2回くらい左に入ったことがあり、そのとき岩藤がどうやっているのかを見ていた。
  • この岩藤や先代萩の八汐は歌舞伎でも立役が演じる役。仁左衛門さんや吉右衛門さんがものすごいいじめるでしょ……。ぼくはこういう役しかできない。師匠は尾上を遣っていたが、自分には絶対できない……、遣えないと思います……。
  • (司会から今回の岩藤役もかなり悩んだと聞いていますがと振られ)10年前に大阪公演で遣ったときは、尾上役の紋壽兄さんから「もっといじめないかん」と言われた。今回はもっといじめたと思う。ああいうのはおもいっきりやらないと面白くない。お初役の勘十郎さんもかなりきつく叩いてました(びっくりした仕草、勘十郎さんも負けじとやり返してきたという意味か)。このときばかりはと……首筋をつかんで……ふだんはそんなことできませんから……(笑)。そういう役のときは楽しまないと……。大げさに「憎いな」「すごいな」と思っていただければ……。
  • 他に女方をやることはない。お七を一度遣ったことがあるが……(突然の仰天告白)。いろんな事情があって、お七と、『傾城阿波の鳴門』と、お園のサワリをイベントでちょっと遣わせてもらった。できなくはないんですけど……、照れ臭い。自分でも笑ってしまいそうになる。立役も女方も両方とも若い頃から遣っていればよかったが……。二十代では下女や遊女(『冥途の飛脚』の鳴戸瀬など)を遣わせてもらったが、三十代から人形遣いとしての方向が決まる。そのとき、「玉女は立役やな」と師匠が気づいてくれて……。(ぼくの遣う)女方の足が不器用やったから……(そう考えてくれだんだと思う)。
  • 勘十郎さんは本当に器用な人。ぼくは本当不器用やから……、もっともっと勉強したらできると……(思って頑張って修行を続けてきた)。師匠も「ぼくも不器用やったんやで」(←ものすご〜く優しい口調)と言っていた……。師匠から教えてもらい、注意を受け、だんだんできるようになってきたんかなあ……と思う……。
  • ぼくは今年で芸歴50年。勘十郎さんと和生さんも50年。勘十郎さんとは同い年で、勘十郎さんは3月生まれ、ぼくは10月生まれ。和生さんはちょっと年上です。

 

┃ 質疑応答

  • (『玉藻前曦袂』の金藤次の役について、気をつけているところ、どういう気持ちで遣っているか?)金藤次はあとの話に繋がる重要な役。道春館を上使として訪ね、そこで首を斬らなければいけない娘の片方がむかし生き別れた実の娘だったというのはいかにも芝居らしいが、即座に気づいた演技をしてしまうとお客さんに違和感を抱かせるので、すぐ変えたりしないようにしている。(このあと長々語り出そうとして、司会者にもう出番ですから!と打ち切られる)
  • (第一部の『生写朝顔話』ではなぜ白い着付なのか?)夏場の公演、夏らしい狂言は劇場からの依頼(指定)で白い着付を着る。でも、勘十郎さんや簑助師匠など、主役級の人は薄茶など、すこし色がついた良い着付を着る。若い人は化繊というか、ナイロンでできたみたいな真っ白な着付。これは出遣いが終わるとすぐ黒衣に着替えないといけないので、あまり良い着物を着ても意味がないから。(このあと長々語り出そうとして、司会者にもう出番ですから!と再び打ち切られる)

 

最後は阿曾次郎の人形をご自分で抱えて颯爽と去っていた玉男様(お弟子さん全員出演中のため自力回収)。ご出演のあいまでのトークイベントだったため、実際のお話は30分程度だったが、ニコニコしながらささやくようにお話しされる玉男さんのふんわり優しい空気感に会場全体がほわん……となった。舞台での勇壮さや覇気、ご自身の外見上からは玉男さんって武骨なかんじの方かなと思っていたけど、お話ぶりはとっても柔和、飾り気なく自然体で、ほんわか……しておられる。とっても癒し系で、舞台のお姿とオフとは真逆なんですね。玉男さんがいままでに見た中でMAX笑顔だったのも良かった。お孫さんでも生まれたのでしょうかというすごい笑顔だったが、会場に来ている方に心安い方が多かったのかしらん。とてもリラックスしてほわわん……とお話しされていた。

「玉男」という名前をとても大切にされているご様子が印象的だった。玉男という名前であらためて演じる役ひとつひとつを大切に思われているさまからは、お師匠様を本当に敬愛されていたんだなということが伝わってきた。そしてお若い頃お師匠様からかけられたという「ぼくも不器用やったんやで」ということばは玉男さんの中でとても大切なことばだったのだと思う。

 

最後に。トップに貼っている画像の写真は、お土産としてもらった渡邉肇さん撮影の舞台写真、玉男さんのサイン入り。これ、5月の赤坂文楽のときのものかな。白く輝くような知盛の人形の写りはすっごく良いんだけど、肝心の(?)玉男様がめっちゃ見切れてて、受付で受け取ったとき笑った。でも、「渡邉肇さん撮影の玉男様舞台写真、サイン入り」って、私がかねてより「欲しい〜!!!!!」と思っていたものなので、とてもとても嬉しかったです!!!!!

 

 

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*1:仮名手本忠臣蔵』の判官切腹をちょっとづつ弾き語りしながら詞章や弾き方のポイントを燕三さんが説明していくという外部運営ではまずありえないすごい回だった。燕三さんの弟子になった気分になれました……。燕三さんもとても自然体な方でした。

文楽 トークイベント:桐竹勘十郎「『玉藻前曦袂』について」文楽座学

文楽座学」は文楽東京公演会期中に開催されるNPO法人人形浄瑠璃文楽座主催の講義形式トークイベント。申し込めば賛助会員でなくとも参加できる。浄瑠璃等の研究者のほか技芸員による講義もあり、これは後者で、勘十郎さんがご自身で第二部『玉藻前曦袂』に関して解説するというもの。以下、トーク内容のまとめ。

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 ┃ キツネの役

  • 玉藻前の人形の髪や衣装を丁寧に整えてから客席を向き)大切にせんとね、怖いんです。
  • よく「玉藻前の役」と言われるが、わたしの役は妖狐なんです。妖狐ちゃんです。“ちゃん”をつけると可愛いですね。
  • 狐が大好きで、いままでたくさん遣ってきた。子どもの頃からキツネが好き。当時、小道具の白ギツネがうちにあった。触ったら怒られるので触らなかったが、母に連れられて劇場へ行ったとき、うちで見たときはモノだったキツネがいきいきと動き回るのを見て、好きになった。
  • 浄瑠璃には狐の役がたくさんある。『義経千本桜』の狐忠信、『本朝廿四孝』の八重垣姫、『芦屋道満大内鑑』の葛の葉など。
  • このうち『芦屋道満大内鑑』の葛の葉は本公演では遣っていない。あべの文楽で、玉男くんの保名で遣ったことはある。葛の葉の役は、歌舞伎では、残していく子どもへの置き手紙に大きな振りで空中に文字を書く演技があるが、浄瑠璃文楽)は太夫さんがどんどん語って進めていくので、そのような演技はなく、すでに文字が描いてある小道具を使う。
  • 芦屋道満大内鑑』は人形浄瑠璃史上でも重要な演目で、ここから三人遣いが始まったと言われている。「二人奴」という場面があり(信田森二人奴の段)、「与勘平(よかんべえ)」、「野干平(やかんぺえ)」というやっこさんが出てくる。この二人はそっくりな外見で、鏡写しに同じフリをする演技がある。当時の人形は一人遣いだったが、この大きな人形を三人で遣ったことから現在に続く三人遣いが生まれたらしい。人形はいっきに大きくなり、三人遣いがはじまって3年程度でいまくらいの大きさになったようだ。ちなみにこの「野干」というのはキツネのこと。上方よりも40年早く、江戸で三人遣いが興ったらしいが、その三人遣いは現在の文楽の遣い方とは異なり、「かしら」「両手」「両足」に別れての三人遣いだったそうだ。これはすぐに廃れてなくなったという。わたしが生きてたわけやありませんので、よそであったかもしれませんけど。
  • 八重垣姫について。今年は師匠に入門して50年の年なので、どこかで少しでもいいから師匠の相手役がやりたいなー❤️ と思ったら、正月公演(本朝廿四孝)で早速配役されて嬉しかった❤️ 数年前から師匠の病気のこともあり、『本朝廿四孝』の八重垣姫の役は、師匠が十種香、自分が奥庭を遣っていた。ところが配役を見たら両方とも自分が八重垣姫に配役されていて、師匠はその横にいる腰元濡衣だった。八重垣姫は三姫と呼ばれる難役で、十種香はとても難しい段。師匠がずっと横にいるのが気になる。師匠の視線が……、嬉しいんですけど……
  • 狐忠信は何度も遣った好きな役。
  • 有吉佐和子さん原作の新作『ゆきやこんこん』(とおっしゃったと思っていたけど、ごめん、有吉佐和子の話は別件で、高見順原作の『雪狐々姿湖』のことか)にもキツネが出てくる。主人公の奥さんになるキツネだけ白ギツネで、それ以外は普通の茶色のキツネ。「右コン(うこん)」と「左コン(さこん)」です。自分で作った新作の『鈴の音』『桜物語』にもキツネが出てきます。

  

 

┃ 金毛九尾のキツネ、化粧殺生石の段について

  • 芦屋道満大内鑑』『本朝廿四孝』『義経千本桜』ではキツネの色は白。今回の妖狐は「金毛九尾」のキツネ。小道具(ぬいぐるみ)は昭和49年、国立劇場での通し上演のために作られたもの。当時は先代の玉男師匠が妖狐の役を遣った。
  • 玉藻前曦袂』は天竺・唐土・日本を股にかけたスケールの大きい悪さををするキツネの話。天竺、唐土の場面ではインドや中国の衣装を使うが、人形遣いとしては中国等の衣装は遣いにくい。うちの師匠は大変嫌うんです。
  • 一昨年大阪で「化粧殺生石」が41年ぶりに上演されたのは、このキツネが見つかったところからはじまった。企画は東京(国立劇場)。昭和49年当時は文楽劇場がまだなく、通し上演は東京で行われた。キツネの小道具は収蔵庫にしまわれたまま長い時が流れたが、収蔵庫に入った人が金のキツネを見つけて「これは何?」となった。そこから再演の企画が持ち上がった。
  • 「化粧殺生石」は景事で振りつけが非常に多い。43年前の通し公演では、妖狐役の玉男師匠はヨーロッパ公演中に振り付けを覚え帰国したら即公演というスケジュールになってしまい、大変すぎて円形脱毛症になった。とお弟子さんから聞きました(突然のエビデンス)。外国でみんなあちこち行って楽しいのに、ひとりホテルでずっと踊ってるわけですから……。当時はDVDもないので、紙に書いた振りを見て覚えていた。自分も去年何度も踊った。すぐ忘れますので……忘れないと次覚えられませんからね。昭和49年に通し上演された後、昭和57年にも先代清十郎師匠が妖狐役で通し上演されたが、そのときは「化粧殺生石」は上演されなかった。大変すぎるからやないでしょうか。
  • 一昨年、玉藻前実は妖狐の役を演じるにあたり、那須殺生石へお参りに行った。演じる前と後の二回行っている。そこでお守りを2個授かってきた。そのうちひとつは自分が持っていて(懐から絵馬型の可愛いお守りを取り出す。金の糸でキツネが縫い取ってあるらしい)、もうひとつは金のキツネのおなかに埋め込んである。そういうのは結構信じてるんです。
  • 殺生石がある場所について。初めて行った時は、天気のこともあるが、この芝居の雰囲気がよくわかった(妖しく禍々しい雰囲気というニュアンス)。殺生石は近づいた生き物を殺し植物を枯れさせるというが、周囲には硫黄の匂いが漂っていて、実際、空気の流れによって鳥が落ちたり人が死んだりというのは本当のことらしい。

  • 帰りに蔵王のキツネ村に行った(唐突)。そこでは100匹くらいのキツネが放し飼いになっていて、エキノコックスなどの病気の心配もない。おとなしいキツネちゃんは抱っこさせてもらえる。抱っこするのに40分並んだ。蛍光色のジャンパーを着せられて、400円。可愛かった〜❤️ 初めて生きたキツネを抱っこできて嬉しかった。本当は大人のキツネを抱っこしたかったが、ぼくの手前で「疲れますから」と大きいキツネ抱っこが終わってしまい、子ギツネを抱っこさせてもらった。10月にまた行くので今度は大人のキツネを抱っこしたい。

  • 玉藻前を主人公にした話は17、8ある。インド・中国・日本の三国が舞台のものはほとんどない。お能の「殺生石」は石になったあとの話。キツネに関する物語は東日本に多く分布している。源氏が信仰していたのも稲荷。玉藻前は「獅子王の剣」だけが苦手で、剣を突きつけられて那須野が原へ飛んでいくが、実際、?????(聞き取れず、源氏の史料関係)の記録に三浦????(聞き取れず。今回上演されない段で獅子王の剣を持ち帰る三浦之助との名前の共通点の指摘の意)という名前が載っている。その人がキツネを射止めたのではないかと思うが、かわいそう。キツネはそっとしてあげておいてほしい。(突然の勘十郎様独自の感性のお話)
  • (今回の上演で使用するキツネの人形を実際に取り出す。客席大喜び)金毛九尾のキツネは、普通の白ギツネより頭ひとつぶんちょっと大きい。しっぽが9本あるので下半身が重い。しっかり持っていないと手首を痛めてしまう。一昨年の大阪公演ではあまりに重すぎて持てないので、2本しっぽを抜いたら、真面目に数える人がいて、9本ない〜!!!!!と騒がれたので、もとにもどした。そんなことはどうでもええんです!!!!!!
  • 玉藻前の人形は遣いにくい。赤の長袴をはいており、裾に「撥木」という板が取り付けてある。これに取手がついていて、足遣いはこれと袴の裾を持って、裾をさばきながら歩いているように見せている。
  • 化粧殺生石の段の七変化は、女方も立役も色々やりたいわたしにはぴったりの役。座頭→在所娘→雷さん→いなせな男→夜鷹→女郎→奴と人形を早変わりしていく。ここには主遣い以外に、21人の人形遣い、十数人の大道具さんが裏で動いている。あんまりころころ変わるので、お客さんのお連れさんなどが「あれは誰?全部おなじ人がやっているの?」と驚かれることもある。全部ぼくです。
  • 玉藻前曦袂』では道春館が一番有名で、ここのみの上演も多い。重く哀しい話だが、最後の「化粧殺生石」は歌謡ショー状態で景事。物語と関係ない。あんまり理屈を考えず見て欲しい。
  • いなせな男に変身するところで、「わたしに会いたかったら浅草三社の榎の木の下で葉っぱを拾いなさい」という浄瑠璃があるが、東京の王子狐の行列は榎の木の下で衣装を着替えるそうだ。ぼくも行列参加したいんですけどね、できないんです(開催が年末年始のため)。
  • やっこさんはさきほど話した与勘平のかしらを使う。
  • クライマックス、何度も観ているお客さんはここぞというところ(最後に玉藻前の人形が娘から狐面に変わるところ)で双眼鏡を取り出す。舞台から見ていると、ひとりやふたりやなく、けっこうたくさんの人がやっていて、野鳥の会みたい。(会場の期待に答え、玉藻前の人形をかまえて)一回しかやりませんからよう見といてください………(変化を実演)

 

 

┃ キツネ&文楽公演慣例Tips

  • キツネの役のときのみ、楽屋にキツネののれんをかける。キツネののれんは2つ持っていて、(ぽふぽふしっぽの見返り姿風のキツネが描かれた、森永キャラメルの箱のような黄色いのれんを取り出し)これは自分でキツネの絵を描いて、染物屋さんに作ってもらったもの。染物屋さんに「きつね色で」と注文すると、これで仕上がってくる。これを初めて楽屋にかけたときは大騒ぎされた。むかしは四つ足の生き物は劇場に連れてきてはいけなかった。「客が去ぬ(=いぬ、犬)」という縁起担ぎ。キツネは「客が来ん来ん(=コンコン)」と言われた。でも実際は去年の大阪公演はお客さんが増えたと聞いているのでええんです(突然のエビデンス)。もうひとつは、いま楽屋にかかっているので持って来られないが、いま歌舞伎座に出演されている絵が上手い歌舞伎役者さんに無理やり頼み込んで描いていただいたもの。
  • 毎回、公演の前に「道具調べ」といって、完成した大道具のチェックをぼく、和生さん、玉男さんでやっている。朝から晩まで、大道具に光を当たりして、ちゃんとできているか確認する。その日の朝に、楽屋入口に祀ってあるお稲荷さんをわけてもらった日枝神社の神主さんに来てもらって、安全祈願をしてもらう。今回は宙乗りがあるので、ワイヤーにも御幣を振ってもらうのだが、それがなんにもない舞台にワイヤーだけが吊ってあって、それに向かって振るのが……(笑)。国立劇場の役員さんとかえらいさんもみーんな真面目に頭下げてて……(笑)。いや、真面目にやってます!
  • 大阪ローカルメニュー。大阪には「きつねどんぶり」というメニューがある。薄揚げを卵でとじてあるもの。大阪のうどんやさんの符丁で「あまばけ」というのは、「甘いきつねそば」のこと。ばけ=そば(うどんから化けているの意)。「あまぎつね」は「甘いきつねうどん」です。

 

 

 

実際に玉藻前、金毛九尾のキツネも同席(?)しての1時間にわたるお話、充実だった。勘十郎さんのお話は優しくチャーミング。基本的に内部向けイベントのためか、ニコニコとリラックスして、嬉しそうにお話されていた。甘えん坊風の雰囲気がずるい。時々人形のほうを向いて、髪を整えたり衣装を直しておられたのも印象的。人形のほうをむいてお話しされたり。本当にお気に入りのお人形なんですね。

実演では、舞台では見られないブリッコギツネの演技がかわいかった。妖狐ちゃんには気品が必要なので、ブリッコはできませんからね。会場は国立劇場伝統芸能情報館のレクチャールーム(キャパ150人程度の講義室)というよくない環境だけど、やっぱり勘十郎さんが人形を遣うと雰囲気が変わる。玉藻前の人形実演で娘の顔が一瞬で狐面に変わるのは、「いまからやりますよー」と言われてもどうやっているのか全然わからず面白かった。もちろん、仕掛け自体は知っているのだが、なんであんな自然にできるのかが不思議だった。

 

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文楽 9月東京公演『生写朝顔話』国立劇場小劇場

パンフレットの技芸員紹介ページ、和生さんが上の段にあがっていて感動した。重要無形文化財保持者、芸術院会員、文化功労者のいずれかだと上の段にあがるんですね。f:id:yomota258:20170725180214j:plain

 

宇治川蛍狩りの段。

蛍の舞う宇治川で、大内家家臣・宮城阿曾次郎〈人形役割=吉田玉男〉と芸州岸戸家家老・秋月弓之助の娘・深雪〈吉田一輔〉が出会う。

手前に川、奥が長椅子の置かれた岸辺になっているセットの上手側に、障子の閉じられた御座船が停泊している。

いきなりロマンチックな話の筋と関係なくて恐縮だが、深雪の素直さ、酔っ払いのクソ野郎には「うわ……」みたいな感じで袖で顔を隠していたにもかかわらず、イケメンにはグイグイ追いすがるのが正直すぎて大変好感が持てた。この後の展開を予感させるものがある。あと、蛍が2匹しかいなくて絶滅しそうだった。

 

 

 

石浦船別れの段。

一度は立ち別れた二人だが、明石浦の船の上で再会する。深雪は阿曾次郎に連れて行ってと頼み彼もそれを承諾するが、深雪が親へ置き手紙を書くため自分の船に戻ると、にわかに吹き出した大風により深雪の船が出航することとなり、再び引き裂かれる。

人形が睦み合っているとき、男の人形が扇子を開いて二人の顔を隠す可愛らしい所作がよくあるが、あれは扇子のうしろで何をやっているのか?と思っていた。今回は船が設置されているのが上手側、自分の席が下手側だったため扇子のうしろが見えたのだが、顔を近づけているだけで特になにもやってないのね。ってそりゃそうか。でも、「宇治川蛍狩りの段」より「明石浦船別れの段」のそれのほうが顔が近かったことを書いておきます。私、イイ仕事する船頭〈桐竹勘介〉よりウオッチしてたので知ってます。

深雪が大きな船の甲板から投げる金の扇子を阿曾次郎がキャッチするところがプチ見所か。けなげな感じにキャッチしていた。それと深雪の乗っていた大きな船の障子に赤い稲光の模様が描かれているのが印象的だった。

 

 

 

浜松小屋の段。今回の上演はここが白眉だと思う。

袖乞いに身を落とした深雪〈吉田簑助〉は偶然通りかかった巡礼姿の乳母浅香〈吉田和生〉から声をかけられるが、我が身を恥じて自分こそが浅香の探し求める深雪だとは言い出せない。

浅香に不本意な嘘をつかざるを得ず苦しむ深雪がひたすら可憐。浅香から大きく顔を反らせ、顎を上げて細い首筋を見せるような仕草が色っぽい。そして、これまでの経緯を語る浅香の話を掛け小屋の入り口にかかったむしろの影から聞いて嘆き震えている所作。かなりむしろの影に隠れているので、大幅に顔を出すところ以外は一部の席の人からしか見えないのだが、その仕草のひそやかな美しさといったらおそろしいものだった。

文楽の人形ってヘンに首が見えると人形は人形でしかないということがバレてしまうから、普通はこういう首を強調する仕草はやらないんじゃないかと思うのだけど、簑助さんはよく首を見せつけるような演技をする。このけっこうギリギリまで首を見せたり傾げたりするのと、人間の動きにはないような体のひねり方や伸び上がり方。その極端な動きが浮世離れした独特の濃厚な可愛さになっている。そういえば、今回のパンフの勘十郎さんのインタビューに興味深いことが書かれていた。それは、人形の動きは人間の動きが基本だが、そこから人間ではありえないような動き、“ちょっと”だけはみだしを作る、そのはみだしに(笑い薬の)おかしさが出るという話だった。それでいうと簑助さんはかなりの部分が人間から逸脱している。しかし、そのありえなさに生命を感じる。文楽の人形はよく「生きているよう」と言われるが、それはかならずしも「人間のように」とは限らない。簑助さんは可愛いんだけど、魔性が宿ったなにか、人形がひとりでに動いている魔物に見える。

乳母浅香役の和生さんもすばらしかった。純粋で娘らしい深雪とは異なる、気品に溢れる姿。 とくに「宇治川蛍狩りの段」で酔いどれ浪人〈吉田簑之、吉田玉延〉に対処するくだりは御座船の主の身分の高さを一発で感じさせる見事なもの。私は時代劇(文楽は全部「時代劇」ですが)は身分の高低が表現できていないとはじまらないと思うので、この部分にはなるほどと思わされた。和生さんと簑助さんの共演は大変豪華で見応えのあるものだった。

 

 

嶋田宿笑い薬の段。

時は流れて阿曾次郎は駒沢家の家督を継ぎ、駒沢次郎左衛門と名を改めていた。その駒沢らが逗留する嶋田宿の宿・戎屋では、駒沢の留守に連れの岩代多喜太〈吉田玉志〉と医師・祐仙〈桐竹勘十郎〉が駒沢に飲ませる薄茶に痺れ薬を盛ろうと画策する。しかし宿の主人・徳右衛門〈桐竹勘壽〉がそれを影から見ていた。

冒頭で宿の手代松兵衛〈吉田玉翔〉が女中・お鍋〈桐竹紋臣〉らにセクハラをはたらく。文楽人形のセクハラ、キモ野郎がおなごのひざに顔を埋めてムギュムギュこすりつける仕草は愛らしいが(人間なら社会的に即死)、しつこくムギュムギュやりすぎて最後は叩かれてた。玉翔さんが。

祐仙がまったりとお茶を点てる仕草が可愛かった。やたらとゆっくりやるのがウザ可愛い。途中、ミスで道具を落としたのをちょっとチラ見するのもキュートだった。気になるよね。笑い転げすぎて手摺から転げ落ちそうになるのも可愛らしい、割り切った遊びの場面。

しかし祐仙が色々と演技しているあいだ岩代と駒沢はピクリとも動かない。じ〜〜〜〜〜〜っとしている。見事なんだけど、玉志さんも玉男さんも(-_-)(-_-)状態のままあまりに動かないのでおもしろくなってきて、笑いそうになった。岩代……というか玉志さんが妙にキビキビしているのもなんかおもしろい(失礼)。ターンが異様にビシッとしていて、あまりにキビキビしているので悪役と気づくのに少々時間がかかったが、悪役でも単なる暗愚ではないということなのね。最後は祐仙にキレていた。

この段、勘十郎さんほか人形は良かったんだけど、語りがちょっと大人しめなのはすこし残念だった。それとも祐仙ってもとからそんなに大笑いしないのかな。

しかしこの段、痺れ薬は解毒できるけど笑い薬には対抗できない下し薬や、「昨日松原で買うておいた笑い薬」ってなんで徳右衛門はそんな微妙なものを買っておいたのか、色々謎がある。とくに笑い薬のもとの用途が気になる。何をしようとしていたのか。今回上演しない笑い薬を買う段にその話が入っているのか

 

 

 

宿屋の段。

自室に戻った駒沢は徳右衛門から聞いた“朝顔”という瞽女を呼び出すが、果たしてそれは深雪〈豊松清十郎〉であった。自分を読んだのが恋する阿曾次郎とも知らず、朝顔は琴を弾きながらこれまでの苦労を唄い語る。

ここだけは昔観たことあるんだよね……。歌舞伎で……。いや歌舞伎の様子をそのまんま撮った状態の映画の映像で……。戦前のフィルムでサイレントだったので何をやってるか一切わからなかったが、こういう話だったのね……。長い時を経てやっと話を理解した。

 

 

 

大井川の段。

戎屋へ自分を呼び出したのが駒沢だとわかり、深雪は出立した彼のあとを追うが、おりしも雨が降り出し、駒沢の渡った大井川が川止めになってしまう。深雪は行く方を悲観し、増水した川へ身を投げようとする。

大井川へ身を投げようとした深雪が袖に詰める石がめちゃデカかった。人形の大きさからするとメガネケースくらいあるビッグな石であった。袖に詰める石、フリだけで小道具としてはないときもあるけど、あるときはお客さんに見せる用にデカイのね。マジで死ぬ気が伝わってきた。

そして、きょうは誰も死ななかったな〜と思っていたら、徳右衛門が突如腹を切ったのでびびった。なるほど駒沢の渡した妙薬を溶く甲子生まれの血の持ち主は爺さんだったのか。このすさまじい都合のよさが、良い。

ここまでわりとおとなしい展開だけど、ここのみ劇的な展開。最後なぜ靖太夫さん?と思ったけどなるほどね。

 

 

 

珍しく個人の気持ちが大きなストーリーを動かす話だった。重苦しい話ではないからか、開演から終演までがいつもより短く感じた。『君の名は』以前のすれ違い話の決定版とのことだったが、本当にすれ違う『君の名は』とは違い、顔を合わせていてもそうとは言えずふたたび別れるのが古典っぽい。この「そうとは言えず」が良いんだよね。『瞼の母』映画版も最後親子と言い合えず終わるパターンが味わいがあって好き。

朝顔は人形三交代だったが、どの方もそれぞれの可愛さがあって良かった。一輔さんは初々しく娘らしい可愛さ。簑助さんは匂い立つ百合の花のような恋を知った女の可愛さ。清十郎さんは儚げで悲壮な可愛さ。しかし清十郎さんのド悲惨感はすごい、正月の袖萩祭文でも目を疑うようなド悲惨感がすごかったけど、今回もド悲惨感がすごすぎてすごかった。何があの悲壮感のみなもとになっているのかはわからねど、あそこまでのド悲惨感をかもしてくる人はほかにいない。宿屋の深雪はもはや武家の娘の面影は薄れ、貧しい暮らしと先の見えない日々に心をやつれさせたあわれな女のようだった。しかし一転大井川では激情を見せ、あのままいくと本当に大井川へ身を投げかねないので、最後一応目が治るくだりがついていてよかったと思う。あの悲壮さが透明感を生んでいるとも言えるがとにかくすごい。最近は人形遣いさんの人による個性の違いがなんとなくわかってきたので、観ていて面白い。

簑助さんは先日の夏休み公演ではすこしお疲れのようで心配だったけど、この朝顔で拝見した簑助さんはとてもお顔色もよく、いきいきとしたご様子で安心した。終始、ふむ!って感じで、余裕ある印象だった。

玉男さんは『君の名は』でいうと佐田啓二の役だった(そのまんま)。よってとくになにかするわけではなく、出ずっぱりながらずっとじーっとしているんですが、まあこういうプリミティブなイケメン役はなかなか他の人にはできないから……(セルフ納得)。

あとはもうすこししっとり語れる太夫さんがもっといればと思う。「宇治川蛍狩りの段」奥・三輪さん、「明石船別れの段」津駒さん、「嶋田宿笑い薬の段」前・芳穂さんは良かった。津駒さんは出だしがよければもっと良かった、初日に近い日に行くと手探りがあるぶん、そういうところはちょっとソン?

 

 

 

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